La querelle d'un amants




 その日、快斗は白馬と共に阿笠邸を訪れていた。
 その二人を居間に残し、志保はキッチンに立っている。今日の茶請けは快斗の好物であるチョコレートケーキである。それもつい昨日開店したばかりの店で開店記念セールをやっていたところを狙って購入してきた物で、いつも購入するサイズより2号程大きいサイズだ。とはいえ、快斗にかかればたちどころに消費されてしまうだろう。気を付けねばならないのは阿笠だと志保は思う。メタボリックシンドロームのことを考えれば、このケーキは阿笠が留守の今日のうちに快斗に消費していってもらいたいと考えている。
 お湯も沸いたことで、紅茶の用意をして、トレイに紅茶の入ったカップと、快斗用にミルクと砂糖も用意して、そしてケーキの入った箱を持って居間に入った。
「お待たせ。今日は特売してたからいつもより大きめの物を買って来たのだけど、快斗君なら大丈夫でしょう?」
 そう言いながら、志保はカップを二人それぞれと自分の前に、砂糖とミルクを快斗の前に置き、その後で問題のケーキの箱を開けた。
「わー、確かにいつもよりでっかい! 嬉しー、志保さん、有難う!!」
「白馬君は一切れでいいのよね」
「ええ」
 念のために確認してからケーキにナイフを入れて、16分の1サイズに切ったケーキを、紅茶と一緒にトレイに乗せて持って来た皿に乗せて白馬の前に置いた。
 16分の1とはいえ、元がでかいだけに白馬にとっては結構いつもより大きいものだ。
 志保も自分用に同じサイズを切り分けて、残りは全て快斗の前へと差し出された。
 「昨日開店したばかりの新しいところで購入したの。味が合えばいいけど」
 その店での購入は初めてだっただけに、それだけが気がかりだ。
 確かに快斗は甘い物好きで、甘い物なら何でもOKというが、できるなら美味しい物をと思うのは、用意する側としては当然の思いである。
「んー」まずは一口、口に入れて咀嚼した快斗は、OKと言うように、フォークを持っていない左の親指と人差し指でマルを描いた。
「気に入ってくれたみたいね」
 2口目を口にしながら、快斗はうんうんと頷く。
「良かったわ。初めて買うお店だから味の方が分からなくて、正直不安だったのよ、貴方の口にあうかどうか」
「黒羽君は甘ければそれだけでもいいんじゃないですか?」
 ふとかねがね気になっていたことを白馬はつい口にしてしまった。
 「そんなことねーよ。そりゃ甘い物なら何でも好きだけど、どうせなら美味い物食いたいじゃん」
 ケーキの攻略に勤しみながらも、ミルクと砂糖をたっぷり入れた紅茶を飲んで、快斗はそう言った。
 「ですがそんなに甘い物ばかり摂っていないで、栄養のことも考えてたまには何とか君の嫌いと言うか苦手としているサカ……」
「ダ── ッ!!」
 白馬の言葉を最後まで聞くまいと、快斗は思わず叫んでいた。
「君が苦手にしているのは重々承知しています。ですが栄養面のバランスを考えた場合ですね、どうしてもサ……」
「ダ── ッ!! だから、その名前を口にするなって言ってるだろうが!! 白馬の馬鹿、白馬の意地悪!!」
「僕は君の健康を気にしてるんです。甘い物ばかり摂っている割には痩せ過ぎですし、これはやはり栄養のバランスが……」
「今までだってこれで過ごしてきたんだから大丈夫だ!」
「そうは言ってもこれから先の長い人生のことを考えたら、苦手な物を克服する努力もしませんと……」
「他の物はともかく、アレだけは駄目! 絶対駄目だ!!」
「しかしですね、……」
 涙目で、聞く耳持たないというように、快斗は右手にフォークを持ったまま、両手で両方の耳を抑えた。
「黒羽君……」
 思わずそこまで駄目なのか、と分かっていつつもつい呆れたように白馬は快斗の名を呼んだ。
「白馬君、快斗君にとっては何かトラウマがあるらしいから、本当に無理のようよ。諦めた方がいいわ」
「宮野さんまで……」
 志保まで快斗の肩を持つのかと、白馬は些か非難がましく志保を見やった。
「出会った頃にはそうだったんですもの。しかも本物ばかりか、映像や絵でも駄目なのよね。去年なんか5月の節句に飾られるアレすら駄目で、歩く時も下を向いたきりでどれだけ危険だったことか」
「あんなデフォルメされた物まで駄目だったんですか!?」
「らしいのよね」
 そこまで駄目だったとまでは認識していなかった白馬は、驚いたように目を見開いた。
「だからあの時期はKIDも現れなかったでしょう?」
「……そういえば確かに」
 志保に指摘された事実に、単に目的の物が無かったわけではなく、アレが駄目だったのが理由と聞いて、白馬は思わず深い溜息を吐いた。白馬にしてみれば、何だか確保不能と言われた怪盗KIDの知られざる一面をいまさらながらに知ってしまい、ある意味、KIDに対する幻想がぶち壊れた気分だ。
「黒羽君、ここはせめて見るだけでも大丈夫なようにしましょう! そうでなければ、あの時期はいつも君が事故らないかと不安でなりません!」
「だーかーらー、今まで大丈夫だったんだから、平気だって!」
「今まで大丈夫だったからって、これからも無事とは限らないじゃありませんか」
「志保さーん、白馬が苛める〜」
 思わず志保に泣きつく快斗だった。
「僕としては当然のことを言っているだけです。食べろとは言いません、せめて見るのくらいは大丈夫なようにですね、少しでも努力して……」
「イーヤーだ! あんなもん、見たくもねー」
「白馬君、アレに関してだけは諦めた方が賢明よ」
 とことん見ることまで拒絶する快斗に、白馬は志保が言うように諦めて、あとは自分が注意を払ってやるしかないのかと思うのだった。

── Fine




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