ゼロ・レクイエムの終わり




“悪逆皇帝”ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがゼロの剣によって刺し殺された。
 途端、沿道の民衆は歓喜に酔いしれた。
 皇帝の騎士、ジェレミア・ゴットバルトは直ちに隊列を政庁に戻すように指示を下した。民衆の手が主である皇帝に伸びないうちにと。
 そして政庁に戻った後、ジェレミアはまるで前もって指示を受けていたかのように、ルルーシュの遺体を大事そうに抱きかかえると、一人、他の者には分からぬように── ゼロやナナリーにさえも── そっと政庁から運び出した。そのことにゼロこと枢木スザクが気付いた時にはすでに遅く、ジェレミアの足取りを追うのは最早不可能だった。
 ジェレミアが向かったのは一つの教会。そこではライトグリーンの髪と琥珀色の瞳を持った一人の魔女が待っていた。
「誰にもつけられなかったか?」
「それは大丈夫だ」
「なら行こう、用意はしてある」
 魔女── C.C.── の言葉に従い、彼女の後ろについていくと、教会の裏手に1台の車があった。
 後部座席に大切そうに抱えてきたルルーシュの遺体を横たわらせ、二人は前の座席に座ると車を発進させた。



“悪逆皇帝”が殺されてから1ヵ月余り、世界は落ち着きを取り戻し、神聖ブリタニア帝国は合衆国ブリタニアと名を変え、新しい国家元首を迎えた。ナナリー・ヴィ・ブリタニアである。
 本人が望み、そして最後まで“悪逆皇帝”に抵抗した彼女こそが新しい代表に相応しいと、ゼロをはじめ、超合集国連合に加盟している多くの国が後押しをした。
 しかし皆が皆、それに賛同しているわけではない。ことにペンドラゴンにフレイヤ弾頭を投下され家族や親族を失った者たちの怨嗟の声は止むことはない。しかしそれはナナリーを押す声に比べれば小さくて、聞こえてはいなかった。それが不幸の始まりだった。
 帝政、専制主義国家から民主主義国家にすべく、ブリタニア初めての選挙が実施された。
 しかし立候補したのは選挙資金が豊富な元貴族たちや財閥の当主たちがそのほとんどを占めていた。フレイヤの件から反ナナリーの者たちも幾許かの立候補はしていたものの、彼らは“悪逆皇帝”の支持派と受け止められた。
 結果として当選したのは、選挙資金が豊富な、主に元貴族たちがほとんどだった。代表であるナナリーを取り巻く者たちが以前と変わらぬ貴族だと、その時は気付く者はほとんどいなかった。ただ、これでブリタニアは変わる、新しい国家になるのだと、一般民衆は心躍らせていた。
 しかし次々と可決される政策は、ルルーシュによって搾取された財産の返還と財閥の再編、そして何よりも、ナンバーズ制度こそ廃止されたままであったが、エリア開放はなされなかった。
 上院議長曰く、ルルーシュ皇帝はエリアの順次解放を唱えはしたが、それはまだ実行に移されてはいなかった。そして現在はルルーシュ皇帝治世下の神聖ブリタニア帝国ではなく、合衆国ブリタニアである。合衆国ブリタニアはエリアの解放を約束などしていない。つまり、エリアはエリアのままであるのだと。
 超合集国連合に動揺が走った。超合衆国連合は、ブリタニアはエリアを解放するものとそう思っていたのだ。超合衆国連合に属する国家だけではない。世界の人々が、特にエリアの民がそう考えていた。だが肝心のブリタニアがそうではないと言う。
 ブリタニアは変わったのではないのか。それとも変わったのは見せかけだけだというのか。
 ブリタニアは各国から、世界の人々から不信の目で見られるようになった。
 閣僚たちは揃ってナナリー代表に言う。
「エリアはブリタニアのエリアだからこそ繁栄しているのです。ましてやナンバーズ制度はすでに廃止され、皆同じブリタニア国民なのですから、なんの不満がありましょう」
 そして当のエリアの民の声はナナリーには届かない。
 超合衆国連合の最高評議会でも、そのことが取り上げられると、ナナリーは閣僚たちの言葉を信じて同じことを言い、それに他国から不平の声があがると
「内政干渉はやめてください」
 と答えるに至る。
 ここに至って、超合衆国連合各国は、世界の人々は思う。
 結局ブリタニアは変わっていないのだと。むしろ民主主義国家という衣を被っただけ現在の方が性質(たち)が悪いと。
 しかしナナリーにその声は届かない。ナナリーの耳に届く前に止められているからだ。
 国民の声が届くからこその民主主義国家であるのに、その前に元貴族である国会議員たちによってそれが止められてしまう。日々、ナナリー政権に対する不信と不満が大きく膨らんでいく。それでもナナリー本人は気が付かない。周囲の者にうまくいっていると思わされ、自分自身もそう思い込んでいる。
 そうしてナナリーの気付かないところで静かに火の手が上がる。
 様々なメディアを通して、ナナリーのしてきたこと── エリア11での無謀な、失敗に終わった“行政特区日本”の再建。第2次トウキョウ決戦でのトウキョウ租界への、更には帝都ペンドラゴンへの、フレイヤ弾頭の投下。第2次トウキョウ決戦でフレイヤが投下された後は、混乱するトウキョウ租界を、エリア11を、総督として率先して指示を出すなどして纏めなければならないところを、逆に何もせずに見捨てて死亡を偽装して身を隠した。ペンドラゴンについては、されてもいない避難勧告をしたと繰り返すばかり。そして元貴族ばかりで構成される国会。しなかったこと── なんといっても、エリアの解放。それらが流れていく。取り締まっても取り締まりが追い付かないほどに広がりを見せる。
 ナナリー政権へのデモ行進、抗議行動、その取締りに対する抵抗運動、それは本国だけではなく、エリアでも火の手はどんどん広がっていく。
 漸くゼロがその有り様に気付いた頃には、遅きに失していた。すでにゼロ一人が動いてどうこうなる状態ではなかった。ゼロ自身も民主主義国家になったということに安堵し、大丈夫だと思い込んでいたのだ。ゼロの下、影の参謀として付いているシュナイゼルにも打開策は見い出せなかった。それほどまでにナナリー政権が取ってきた政策はマイナス面ばかりが大きかったのだ。そして今、ゼロが動いてブリタニアに行っても何もできない。ナナリーのために動こうとすれば、ゼロの行動も不信を募らせるだけだ。最早身動きが取れなかった。
 ナナリーにはわけが分からなかった。閣僚たちは全てうまくいっていると言っているのに、何故こんなことになるのか。一体国民がどんな不満を抱えているのか。民主主義国家になって国民の声が上に届くようになって、かつての帝政時代のような弱肉強食の時代ではなくなったというのに、一体何が不満だというのか。
 結局、ナナリーは周りの者に担がれているだけで真実が何も見えていない、聞こえていないのだ。
 超合衆国連合に属する各国も、ブリタニア政府ではなく、国民を支持している。
 内政干渉ととられるような行動はしていないが、各国首脳は明らかに国民を支持していると取れる発言をしている。
 遂にはナナリーは自分の何が間違っているのか分からないまま、代表公邸は抗議する民衆によって何重にも取り囲まれた。
 さすがにここまで来ると、閣僚や議員になっている元貴族たちは我先にと首都を逃げ出した。取り残されたのはナナリー一人。
 コーネリアの指揮する部隊が代表公邸を守ってはいたが、それもどこまで()つかしれなかった。
 コーネリア自身も国民の批難の対象なのだ。シャルル治世下において“ブリタニアの魔女”の異名を取り、エリア搾取に貢献した女傑。そしてナナリーと同じく、ペンドラゴンへのフレイヤ投下に組した一人。
 威嚇のために発された銃弾に、公邸の周囲を取り囲んでいた民衆は怒り、怒涛のように押し寄せ、コーネリアも彼らに捕らわれた。公邸の中に入り込んだ民衆は、奥の執務室にナナリーを見つけ拘束した。
「捕えたぞ、ブリタニアを食い物にした魔女どもを捕えたぞ!」
 一人の人間のその叫ぶような声に大きな歓声が上がる。



「このまま放っておいていいのか?」
 ブリタニアの田舎町の外れにある一軒屋で、一人の魔女が己の共犯者たる魔王に問う。
「いまさら何ができると? 全てはナナリーが、スザクが選んだ道だ。いまさら俺が出る幕ではない」
「あれほどの妹思いのおまえがそんなにも突き放した言い方をするとは思わなかったぞ」
「今の俺は以前の俺じゃない、おまえの共犯者たる魔王でしかない、我が魔女よ」
「そうだったな、私のただ一人の魔王」
 魔王は思う。
 ゼロ・レクイエムは破綻した。やはり無理があったのか、無駄なことだったのかと。

── The End




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