俺── リヴァル・カルデモンド── の一番の友人は、このアッシュフォード学園でもっとも人気のある、高等部生徒会の副会長、ルルーシュ・ランペルージだ。いや、友人、というのとは違う。普通の友人だったら、賭け事に誘ったりはしない。だからこの場合は、悪友、というのが正しい。
友情の定義はともかく、とにかくルルーシュともっとも親しいのは俺だと自負している。現に俺の愛しのバイクのサイドカーには基本的にはルルーシュしか乗せたことがない。
ルルーシュには、ナナリーという名の目と足の不自由な妹が一人いる。ルルーシュのシスコンは学内では知らない者がいないくらい有名だ。そのために、寮ではなく特別にクラブハウスの居住棟に住んでいる。ただ、どうやらそれは妹のことだけではなく、ルルーシュたち兄妹の母親とアッシュフォード家の関係もあるようだ。ようだというのは、俺はその内容は知らないからだ。別段知ろうとも思わないが。
ルルーシュが友人と認めている範囲はとても狭い。
まず第一が、友人ではないが、妹のナナリー。彼女はルルーシュにとって聖域と言ってもいい存在のようだ。
次が、俺と生徒会長のミレイ・アッシュフォード。俺と会長では、ルルーシュの中での立ち位置は違うと思う。ルルーシュのことで会長が知っていることの中には俺の知らないこともある。逆に、俺が知っていて会長が知らないこともあると思う。
その次が、俺たち以外の生徒会メンバーである、シャーリーとニーナの二人。あと最近入ったカレン。この三人は、友人というよりも同じ生徒会メンバーという、仲間、だろうか。
それからクラスメイトたち、そしてその他大勢。彼の中では、そんなふうに区分けされているらしい。
つまり、彼が友人と認めているのは極端に少ないのだ。だが少ないのが悪いというわけでもなければ、多ければいいというのでもないわけで、彼がそれでいいと思っているのなら、それに口出しは無用だ。
そんな中に一人のイレギュラーが現れた。
その人物の名は枢木スザク。名誉ブリタニア人でしかも軍人だ。そしてなんと、ルルーシュの幼馴染であり、親友だという。
別に、俺より親しい人物が現れたからといって、その人物、枢木スザクに嫉妬なんてものをしているわけじゃない。ただ不思議なだけだ。幼馴染であり親友であるというその枢木スザクが、名誉、つまり元日本人であるということが。
しかも会長筋の情報だと、どうやら彼は皇族── ユーフェミア皇女殿下── の口利きで編入してきたらしい。一介の名誉ブリタニア人がどうやって皇族の口利きなどで編入してきたのか、大いに謎だ。
実はこれは本当に身近な人間しか知らないが、ルルーシュは皇族嫌いだ。皇族だけではなく、貴族も、そして軍人も。
だから幼馴染の親友が名誉となって軍人になっているのには、いささか蟠りがあるらしい。それでも親友として接しているが。
猫を追いかけて屋根から落ちそうになったのをスザクが助けたのが縁で、彼を生徒会のメンバー入りに誘う。そうやって彼が学園で少しでも過ごしやすくなるように配慮してやっている。
その前後からルルーシュの行動に変化が現れた。以前のように賭け事に興味を示さなくなり── それはそれで健全になったと言えなくはないが── よく一人で外出するようになった。
そしてその間にスザクが軍人であることに対する蟠りも大きくなっていったのだろう。スザクが第7世代KMFのデヴァイサーであることが知れた日から、ルルーシュは明らかにスザクに対して一線を引いた。 ましてや、それがきっかけとなってスザクがエリア11副総督たるユーフェミア皇女殿下の騎士に任命されてからは、それは一層顕著なものになった。
それでもそれは、ごく親しい、つまり俺と会長くらいにしか分からない程度のものではあったが。
つまりそれは当事者であるスザクにすら分からないほどのものであったということだ。それほどにルルーシュの言動は巧みだった。
だが物には限度がある。
スザクが学園に来れるのは毎日ではないし、来れたとしても一日中ずっといられるとは限らない。それでも可能な限り、生徒会には顔を出している。俺の見たところ、それはルルーシュの顔を見て安心するためとも取れる行動だった。
スザクはそうして顔を出した生徒会室で、如何にユーフェミア様が素晴らしい方か、テロリストのゼロが間違っているか、飽きもせずに繰り返し繰り返し、それを聞かされている周りの者がどう思っているか── 正直なところ、もううんざりしている── も気にせずにひたすら繰り返す。
果てはユーフェミア皇女殿下を愛称の“ユフィ”と呼んでさえいる。こんなことが他の者に知れたらどうなるか、考えていないのだろうか。皇女殿下が自ら望まれたとはいえ、いくら選任騎士に任命されたとはいえ、所詮名誉ブリタニア人に過ぎない身が、皇族を愛称で呼ぶなどと、純血派にでも知られたらどうなることか。
それにもまして、皇族、貴族、軍人嫌いのルルーシュのことを思えば、おまえ少しは空気読め! と叫びたくなる。
しかしそれでもルルーシュはスザクを親友と言い、表面だけはその親友の仮面を被って、だが確実に一歩も二歩も、本人にはそうと知られぬようにスザクから離れていた。
そしてそれも、学園祭において行われたユーフェミア皇女殿下の“行政特区日本”設立宣言によって決定的なものとなった。
宣言から数日後の放課後の生徒会室。そこには宣言以来、皇女の騎士として忙しく任務についているスザクが、放課後だけとはいえ久しぶりに学園に顔を出した。
その時、生徒会室にいたのは、ルルーシュ一人。ある意味、スザクには話をするのに好都合のタイミングと言えた。
「ユフィの特区に参加して手伝ってくれないか?」
「スザク、おまえは俺の言ったことを聞いていなかったのか? 俺は「アッシュフォードに匿ってもらっている」と、そう言ったはずだ。その意味が分からないのか!?」
「それは分かってるよ。だけど……」
「いいや、分かってない! 分かっていればそんなことは言えないはずだ。特区に参加するのは日本人だけだろう。そんな中にブリタニア人の俺たち兄妹が参加して目立たないはずがない! 目立ったらどうなるか、それを考えれば参加なんかできっこないんだよ!!」
「そんなことないよ! ブリタニアの人だって……」
スザクが言いかけた時、生徒会室の扉が開いて、会長のミレイとリヴァルが姿を見せた。
「なーに言い合ってるのかな、廊下にまで聞こえてるわよ」
「すみません」
スザクが殊勝に頭を下げる。
「で、スザク君、今日、君が来たってことは、今度こそ預けた書類を持ってきてくれたってことかしら?」
── 預けた書類?
リヴァルが疑問に思う。ルルーシュは知っているのだろう、表情に変化はない。
「いえ、それは……」
「いい加減、はっきりして欲しいのよね。確かに皇族様のお願いという名の命令で君を入学させたけど、本人が退学します、と言えば、皇族様もそれ以上は仰られないでしょう」
「確かにあまり満足に通えてないけど、ユフィはいいと言ってくれていますし、特区も始まって落ち着けば……」
「こっちはいい迷惑してるのよ、君の存在にしろ、あんな宣言をこともあろうにこの学園でしてくれたことにしろ。だから素直に出してくれないかしら、退学届」
そう言って、ミレイはスザクに向かって右手を差し出す。
「ですから、僕は退学するつもりは……」
「こっちは迷惑だって言ってるでしょう! ああ、それと、いくら本人がいいといったからって、素直に皇族を愛称で呼ぶものじゃないわよ、ボク」
迷惑と、全く思っていないと言えば嘘になるが、リヴァルはミレイがそこまで迷惑だと言い切る理由が見えなかった。
端でルルーシュが大きな溜息を吐いたのが分かった。
「会長、もういいですよ。本人は何も分かってないみたいですし」
「とにかく俺とナナリーは特区には参加しない、これだけははっきり言っておく」
そう言って、ルルーシュはその他大勢に向ける微笑みをスザクに見せた。
「後はもういいから今日は帰れ、退学するかしないかはおまえが自分で判断すればいいことだ」
その他大勢、つまり、どうでもいい相手に見せる笑みを、仮面を、親友だと言っていたスザクにルルーシュが見せたことで、リヴァルはルルーシュが完全にスザクを切ったのだと理解した。
── The End
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