「人間は、死ぬと星になるんだって。母さんが死ぬ前にそう言ってた。だから母さんも、死んだら星になって俺を見守ってる、って」
ナナリーは夜空を見上げながら、子供の頃、まだブリタニアとの開戦前の日本にいた時に、滞在先の枢木神社で親しくなったスザクから聞いた話を思い出していた。
その話を聞いたナナリーは、兄に、「じゃあ、お母さまもお星さまになって私たちを見守ってくださっていらっしゃるのかしら」と尋ねたりしたものだ。そして兄はそれに「そうだね、きっとそうだよ」と答えてくれた。
子供の頃は純粋にそれを信じることができた。そして母に見守ってもらえているのだと、そう思えて嬉しかったものだった。だが今のナナリーは分かっている。人間は死んでも星になることなどないと。
けれどナナリーは今、子供の頃のようにその言葉を信じたくなっていた。その言葉通りであればいいと、縋ってしまうほどに。
母が殺され、ナナリーが身体障害を負い、その後、ナナリーは兄と共に日本に送られた。それが、当時は友好親善のための留学ということになっていたが、実際には自分たちは日本を油断させるための人質だったのだということを知っている。
日本に送られてから、エリア11となった日本で起きたブラック・リベリオンと呼ばれる一斉蜂起の際に兄から引き離され、一人ブリタニア皇室に戻されるまで、ナナリーはずっと兄に守られていた。3歳違いで兄自身もまだまだ子供だったにもかかわらず、その時からずっと、兄は常に自分自身よりも妹であるナナリーを優先し、愛し慈しみ、献身的に尽くしてくれていた。その頃はそれが当然のこと、当たり前のことだと思っていた。我知らず、驕っていたのだ。それが兄にとってどれほどの負担となっていたか、何も知らなかった。知ろうともしなかった。兄は身体障害を負っているナナリーの世話をするのは当然のことで、何一つ負担だなどと感じさせていなかったから。それを思うと、ナナリーは自分はなんと傲慢だったのだろうと思う。
けれどナナリーは、そんな兄を信じられなかった。
馴染み深いかつての日本であるエリア11のことを思い、少しでもイレブンと呼ばれるようになった日本人たちに過ごしやすい場所になるように、自分がそれを為したいと、そして今は亡き異母姉ユーフェミアの意思を継ぎたいと、その思いからエリア11の総督となることを望んだナナリーの願いを受け入れ、その後押しを、ナナリーがエリアの総督となるために力を貸してくれた帝国宰相である異母兄シュナイゼルの言葉を信じた。
唯一人母を同じくする兄は、ギアスという不思議な、人の心を歪めて、自分の思うように操ることのできる怪しい力を得て変わってしまったのだと。兄こそが仮面のテロリスト、黒の騎士団の司令官たるゼロであり、異母姉ユーフェミアに汚名を被せてその命を奪い、己の望みを叶えるためだけに実父を殺して皇帝となり、ブリタニアを自分の思うように、望むままに作り替えているのだ、とのシュナイゼルの言葉を。そして兄と敵対したのだ。シュナイゼルに言われるまま、帝都ペンドラゴンに大量破壊兵器フレイヤを落とすことを認め、ナナリーこそが正式な皇帝であると宣言した。兄を「鬼、悪魔」とまで罵りもした。
どうして兄を信じることができなかったのだろうと、ナナリーは自分のしたことでありながら不思議でならない。あれほどに常に自分よりもナナリーのことを思い、献身的に尽くしてくれた兄を、何故信じられなかったのかと。
兄の真意を知ることができたのは、兄が死に瀕した時だった。
兄と戦ったフジ決戦。ナナリーはシュナイゼルが造り上げた天空要塞ダモクレスを中心に、ゼロであった兄を追放した黒の騎士団とも共闘し、フレイヤをも使用して、兄の率いるブリタニア正規軍と戦ったが、兄側曰く、旧帝国派であるナナリーたちを兄は破り、捕らえた。ちなみにその戦いの最中、ナナリーは取り落としてしまったフレイヤの発射装置であるダモクレスの鍵を探すために必死になり、その際、母の死以来ずっと閉ざされていた瞳を開くことができ、光を取り戻していた。
事が起きたのは、敗残者であるナナリーたちを処刑するためのパレードの最中だった。ナナリーは鎖で繋がれ、兄はナナリーよりも高みにしつらえられた玉座に座していた。そこに、パレードの列の前に、ゼロが姿を現したのだ。ゼロは兄のはず、そしてその兄は、ナナリーの目の先にいる。ではあのゼロは一体誰なのだ。それとも、兄がゼロだったというのは何かの間違いだったとでもいうのか。
ナナリーがあれこれと考えを巡らせている間に、ゼロは自分を襲う銃弾を避け、兄に迫った。細身の剣を抜き、兄が手にした小銃をはじくと、剣でそのルルーシュの心臓を刺し貫いた。そして血に塗れた兄の躰がナナリーの元まで滑り落ちてきた。
死にいこうとしている兄の躰に、ナナリーは恐る恐る手を伸ばして、触れた。その時、兄の思考がナナリーの中に流れ込んできたのだ。
── ……ナナリー、愛しているよ。俺がこの世界の全ての負を背負っていく。そうしたら、おまえが望んだ優しい世界が創られるだろう。
そうだ、俺は、世界を壊し、そして……、新しい世界の始まりのために、俺は、逝く……。
ナナリー、愛しい妹よ、おまえの幸せと、おまえの望みが叶うことだけを、祈っているよ……。
「……お、おに、さま……、お兄さま! 愛しています。愛しています、お兄さま! お兄さまさえいえれば、それだけで私は……!」
自分の中に流れ込んできた兄の真意に、ナナリーは、自分は一体何をしたのかと、ずっと傍にいた兄の何を見ていたのかと、何故兄を信じなかったのかと、兄の躰に取り縋って泣いた。
そして、ナナリーは兄の意思を継ぐために、自分に優しい世界を遺そうとしてくれた兄のために、神聖ブリタニア帝国の代表たる第100代皇帝となった。
それから知った。兄は本当に全ての負を持って逝ったのだと。兄は“悪逆皇帝”と呼ばれ、ナナリーが犯した罪までも持ち去ったのだと。
ナナリーは己の愚かさを嘆いた。誰よりも愛していたはずの兄を信ずることができず、自分のために死なせてしまった兄の死を、兄を失ったことを嘆いた。
けれど死んでしまった兄には、もうナナリーの思いは届かない。
だから思うのだ、昔、スザクから聞いたように、兄が星になって自分を見守ってくれていればいいと。そうしたら、もしかしたら自分の思いも兄に届くかもしれないと。
夢だと、叶わぬ望みだと、有り得ないことだと分かってはいたが、それでもナナリーはそう思ってしまうのを止められない。
そして見えるようになった瞳で、夜空に輝く数多の星を見つめ続ける。
── The End
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