彼らが消えた夜




 トウキョウ租界メインストリートでの戦勝パレードで、“悪逆皇帝”ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは復活したゼロによって刺し殺された。
 パレードは中止され、皇帝の騎士であるジェレミアの指示により政庁へと急ぎ引き返した。
 玉座の下、殺され倒れたルルーシュと、その姿に取りすがって泣いているルルーシュの妹ナナリー。
 だがジェレミアは無情にもルルーシュからナナリーの躰を引き離した。
「ゴットバルト卿、何を! お兄さまをどこへ連れていくの!? お兄さまを返して!!」
 ナナリーの叫び声に耳を貸すこともなく、ジェレミアは大切そうにルルーシュの躰を抱き上げると、他の者には待機しているようにと告げて去っていった。
 ジェレミアはルルーシュの躰を政庁内の臨時のルルーシュの執務室となっていた総督執務室に繋がる寝室へと運び、ベッドの上に丁寧に横たわらせた。
 それは、賭け、だった。
 魔女── C.C.── は言った。
「ルルーシュにはもしかしたらシャルルの持っていたコードが移譲されているかもしれない」と。
 コードは一度死なねば発動しない。だから実際に一度死んでみなければ分からないのだと。
 魔女の言葉通りなら、ルルーシュはほどなく今の死から目覚めるだろう。
 ジェレミアは魔女の言葉に一縷の望みを賭けた。
 誰が唯一の主と定めた者を失いたいものか。たとえそれが主の望んだことであったとしても。
 ジェレミアはただ、主の瞳が再び開かれるのを願い、待った。
 そうこうしていると、廊下が騒がしくなった。
 ゼロがナナリーを抱きかかえて寝室へと入ってきたのだ。
「ジェレミア、どういうつもりだ。予定では……」
「予定が少し変わる可能性が出てきたのでな」
 ゼロの言葉の途中で、ジェレミアはその先を遮って答えた。
「変わる可能性? どういうことだ?」
「C.C.が言っていた。シャルル陛下の持っていたコードがルルーシュ様に移譲している可能性があると」
「コードが?」
「コード? それは何ですか?」
 何も知らないナナリーが問いかけた。
「詳しいことは分かりません。ただ、コードを持つ者は不老不死になると」
「それをお父さまが持っていたというのですか? そしてそれがお兄さまに移譲されたと?」
「あくまでも可能性ですが」
「もしそれが本当だったら、どうなるのですか?」
「ルルーシュ様は息を吹き返されるでしょう」
「お兄さまが、生き返る?」
 ジェレミアの言葉に、ナナリーの顔が上気した。
「だが、そうなったらどうするつもりだ。ルルーシュは間違いなく僕、いや、私が殺したのを大勢が目の前で、あるいはスクリーンで見ている。それが生き返り、あまつさえ不老不死だなどということが知れたら……」
 傍らの椅子にナナリーを座らせたゼロがジェレミアを問い詰める。
「……ん……っ……」
 ベッドの上から声が上がった。
「ルルーシュ様!」
 ジェレミアがルルーシュの顔を見下ろす。
 ゆっくりと、その紫電の瞳が姿を現した。
「……ジェレ、ミア……?」
 ルルーシュの唇がゆっくりとジェレミアの名前を綴る。
「ルルーシュ様!」
「ルルーシュ」
「お兄さま!」
 三者三様の己を呼ぶ声に、ルルーシュは、
「……どうして? 俺はスザクに殺されたはずじゃ……?」
「ルルーシュ様にシャルル陛下の持っていたコードが移譲されていたのです」
「コードが?」
「はい、C.C.はあくまで可能性でしかないが、と言っていたのですが、こうして息を吹き返されたということは、C.C.の言っていたことが正しかったと」
「そうか……」
 一旦躰を起こそうとしたルルーシュだったが、ジェレミアの答えを聞いて再びベッドの上に横になった。
「コードか」
 そう一言告げて、ルルーシュは大きく息を吐き出した。
「お兄さま、お兄さま、私……」
 少し離れた位置にある椅子に座ったナナリーは、両の瞳から涙を溢れさせながら兄を呼んだ。
 そんなナナリーの様子を見て、ルルーシュは困ったような笑みを浮かべた。
「済まないが、暫くジェレミアと二人にしてくれないか。二人きりで話がある」
「分かった。だがこちらとしても今後のことをどうすべきか改めて話したい、後でいいから時間を取ってくれ。会議室にいる」
 スザクは今だ泣き続けているナナリーを抱き上げて寝室を後にした。
「ルルーシュ様」
「コードか……、考えてもみなかったな」
 ルルーシュは右手を額に当てて大きく溜息を吐いた。
「ジェレミア、C.C.は?」
「今日は一日、町外れの教会にいると」
「そうか」



 日が暮れ始めても、ルルーシュもジェレミアも会議室に姿を現さなかった。
「スザクさん……」
 不安になってナナリーが声をかけてきたのに、ゼロことスザクは様子を見てくるといって会議室を出ようとしたが、ナナリーは自分も連れていってくれと頼んだ。
 その頼みを断りきれず、結局スザクはナナリーを抱きかかえてルルーシュのいる寝室へと戻ったが、ドアをノックしても応えは返ってこなかった。
 不信に思ってそのままドアを開けて中に入ると、そこには誰もいなかった。ルルーシュも、もちろんジェレミアも。
 ベッドの上に紙が一枚あるのに気付いたナナリーが、それをスザクに告げる。スザクはその紙を取り上げた。その紙には、
『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは死んだ。後は全て予定通りに』
 とだけ記されていた。
「お兄さま……」
 再びナナリーの頬を涙が伝う。
 何時の間に二人が出ていったのか、何処へ行ったのか、何も分からなかった。政庁内に詰めている者たちに聞いても答えは出なかった。
 ただ確かなのは、その日を境に、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアも、ジェレミア・ゴットバルトも、そしてC.C.と呼ばれた魔女も、人々の前から完全に姿を消したことだけだ。誰も彼らの姿を見た者はいない。

── The End




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