神聖ブリタニア帝国は、幼い二人の皇族の兄妹がいることも無視して、日本に対して宣戦布告と同時に開戦した。ブリタニアは、その戦いにおいて、初めてKMFと呼ばれる人型二足歩行兵器を実戦投入。その機動力の前に、日本は敗戦を重ねた。唯一の例外は、後に“厳島の奇跡”と呼ばれることになる、藤堂鏡志朗の指揮した戦闘のみである。 徹底抗戦を唱えていた枢木ゲンブ首相の死をきっかけとして、日本は余力を残したままブリタニアに正式に敗戦を告げ、結果、日本と日本人という名を奪われ、新たに与えられたのは、ブリタニアの11番目の植民地たるエリア11とイレブンという名だった。日本は失われたのだ。
そんな中、まだ戦後の混乱期にある時、枢木首相の元に親善のための留学生という名目で預けられていた二人の皇族のうち、兄であるルルーシュは、親しくなっていた枢木首相の息子であるスザクの傍らで誓った。「ブリタニアをぶっ壊す」と。
その後、ルルーシュとその妹ナナリー、そしてスザクは別れて、それぞれの道を歩み始めた。
スザクと別れてほどなく、ルルーシュはナナリーに尋ねた。「ブリタニアに帰りたいか?」と。
「はい、やはり生まれ育った祖国ですから」
「僕たちをその祖国から追い出し、人質として日本に送り込み、そして僕たちがいるのを知りながら、それを意識することなく戦争を仕掛けてくるような国であっても? 戦前も、戦争が始まってからも、そして終わった今もまだ、誰も捜しに来てもくれないのに?」
「それは……お父さまにはお父さまなりのお考えがあってのことだと思います。それに、ユフィお異母姉さまやコーネリアお異母姉さま、クロヴィスお異母兄さまにお会いしたいです。国にいた頃は、とても親切に、優しくしてくださいましたから。迎えに来てくださらないのは、何らかの事情があるからだと思います」
「そうか……。おまえはブリタニアに、あの国に帰りたいんだね」
「お兄さまは違うのですか?」
「僕は帰りたいとは思わない。ブリタニアは弱肉強食を謳っている国だ。僕たち兄妹にとって最大の盾であった母さんが殺され、後見してくれていたアッシュフォードは爵位を剥奪されて没落した。そしておまえは目が見えず足も動かないという身体障害を抱えている。つまり、ブリタニアにおいて、おまえは弱者以外の何者でもない。そんなおまえがブリタニアに帰っても無事に過ごせるとは到底思えない。そして何よりも、僕はあの男のあの言葉を決して許すことはできない」
「お兄さま、お父さまのことを「あの男」だなんて、そんな呼び方はいけないと思います。それに、お兄さまのご心配される理由は分からないではありませんけど、それでも、私たちはブリタニアの皇族です。ならば帰国するのが正しいのではないですか?」
「そうか……。おまえがそこまで言うのなら、仕方ないね」
ルルーシュは深い溜息を吐いた。ルルーシュのその言葉に、ナナリーはルルーシュも共にブリタニアに帰国することを納得したと考えたように思えた。
しかしそれは違う。
ナナリーは覚えてはいないのだろうが、枢木神社で過ごしていた間、ナナリーは何度も夢でうなされていた。そして意識を取り戻すと、ルルーシュを責めていたのだ。
「お兄さまがお父さまに対して余計なことをしなければ、ずっとブリタニアにいられたのに! こんな辛い思いをしなくて済んだのに!」
そう責め続けていた。
だからルルーシュはナナリーに尋ねたのだ。ブリタニアに帰りたいかと。
そして案の定、ナナリーはブリタニアに帰りたいと言う。しかしルルーシュ自身はブリタニアに帰りたいとは思わない。スザクに告げたように、何時かあの国をぶっ壊してやりたいとすら思っているのだ。
だがナナリーが帰りたいと言っている以上、それを叶えてやらずにいることもできない。ルルーシュが帰らない以上、ナナリーがあのブリタニアでたった一人で無事にやっていけるなどとは到底思えないが、何よりも本人が帰りたいというのを無理に己の意思で引き留めることもまたできない。そうなれば、ルルーシュにとれる方法は一つだけだ。
ナナリーだけをブリタニアに帰国させ、自分はエリア11となったこの地に残る。己の年齢を考えれば、無事に生き延びることができるかどうかも怪しいというところではあるが、それでも、ルルーシュ自身にはどうしてもブリタニアに帰国するという選択をすることはできなかったから。
数日後、日本は敗戦しエリア11となったとはいえ、ブリタニア人の居住地となる、エリア11を支配するための中心となる租界は建設の途についたばかりであり、まだ、そちらこちらに軍の駐屯地があるだけといっていい状態である。
そんな中で、ルルーシュは自分たちがいる所から一番身近な場所にある駐屯地の入口の前に、兵士の見回りの隙をついてナナリーを連れていった。
「此処で待っておいで。直ぐに迎えが来るから」
「お兄さまは?」
ルルーシュの言葉に、ふと疑問と不安を感じて、ナナリーは尋ねた。
「人を呼んでくるよ。そしたら直ぐに戻るから」
ルルーシュはナナリーを安心させるようにそう告げると、足早にその場を立ち去った。
程なく、兵士の一人がナナリーの存在に気が付いて、近付いてくると声をかけた。
「お嬢ちゃん、こんな所で一人で何をしているんだい?」
その髪や肌の色などから日本人、否、イレブンではなくブリタニア人だろうと判断したのだろう、その兵士はブリタニア語でナナリーに問いかけた。
「お兄さまに此処で待っているようにと言われたんです」
「お嬢ちゃんの名前は?」
見えない目を、それでも声のする方に顔ごと向けてナナリーは答えた。
「ナナリーです。ナナリー・ヴィ・ブリタニア」
「えっ!?」
名を聞いた兵士は、「大変だっ!!」そう叫びながら、駐屯地の中に戻っていき、直ぐ、上官と思しき人物たち数名と共に戻ってきた。
「ナナリー皇女殿下であらせられますか?」
「はい」
戻ってきた人々の中で最も高位にあると思われる人物がナナリーに尋ね、ナナリーは頷いた。
「確か、兄君のルルーシュ殿下がご一緒だったと思うのですが、兄君は如何されました?」
「それが、人を呼んですぐに戻ってくるから、私に此処で待っているようにと言ったまま、まだ戻ってこられないんです」
そう答えながら、ナナリーの心の中の不安が増した。ルルーシュは帰国する気はないと言っていたのだから。
「そうですか。ともかく、何時までもここに留まっておられるわけにはまいりませんでしょう。君、皇女殿下を中へ」
傍らの副官にそう告げると、言われた副官はナナリーを「失礼致します」と一言声をかけて抱き上げた。
「あの、お兄さまは……?」
「近くにいらっしゃると思いますので、お捜し致します。ひとまずは、皇女殿下にはこのような場所ではありますが、ともかくも中にお入りいただいてお休みくださいますよう。本国に連絡も入れねばなりませんから」
「は、はい」
告げられる言葉に、ナナリーは頷くことしかできなかった。
その様子を、ルルーシュは近くの木陰からそっと見続けていた。
この後、彼らは本国にナナリーを無事に保護したことを伝えるだろう。それから先、ナナリーがどうなるのかは分からない。ただ、ナナリーの意思を無視することはできない、帰国したいというなら、その意思を叶えてやるのが一番なのだろうと判断したまでだ。しかし自分自身は決して帰国しようとは思わない。例えこの先、このエリア11となった日本で何が待ち構えていようと、自分のこれから先がどうなろうとも。もっとも、それは帰国を望んだナナリーにも言えることなのではあるが。
ルルーシュとナナリーの道は完全に別たれた。これから先、二人にどんな未来が待っているのか、それはまだ誰も知らない。そう、当事者たるルルーシュやナナリーすらも。
何があろうとこのエリアに残ること、というよりも、ブリタニアに帰国しない道を選んだルルーシュにできるのは、自分はどういうことになろうとも、ただ、これから先のナナリーの無事を祈ることしかないのだから。
── The End
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