『我が子』に寄せて




 ルルーシュはシャーリーから絵画の展示即売会に一緒に行かないかと誘われた。
 いつもは父親と行っているのだが、今回は父親の都合がつかないらしい。でも好きな作家が来場するので是非行きたいけれど、一人で行くのは気が引ける。だから一緒に、との誘いに、ルルーシュは特に用もないし、絵画に興味があるわけではないが、たまにはいいか、と思って同行を快諾した。
 その展示即売会は、政庁から少し離れた所にある大きなビルの展示ホールを使って行われていた。
 シャーリーが父親から送って貰った招待状を見せると、受付の係りの人間が、「担当者を呼びますので、そちらのウェイティングスペースでお待ちください」と言う。
 言われた通りに受付の傍にあるテーブルと椅子のセットが幾つか置いてあるスペースで、空いているテーブルについて待っていると、やがて20代後半くらいの男性がやってきた。
「いらっしゃいませ、シャーリーさん」
「こんにちは」
「今日はお父さまと一緒ではないんですね。シャーリーさんのボーイフレンドですか?」
 男が、一緒にいるルルーシュをちらりと見ながら問いかける。
 シャーリーは顔を少し赤らめて答えた。
「クラスメイトです。生徒会でも一緒で。今回は父がどうしても都合がつかなくて、でも一人ではなんだか来づらくて、頼んで付いてきてもらったんです」
「そうですか。先生の来場は3時の予定ですから、それまでゆっくり観て回ってください」
 受付でもらった案内図を見ながら、二人して中に足を進めた。
 案内図を見ると、作家毎にスペースを区切って展示してあるらしい。
 担当の男性は最初は一緒だったが、そのうち携帯で連絡が入って、
「何かありましたらすぐに呼んでください」
 と言い残して去っていった。また新たな彼の担当する人間が来場でもしたのだろう。
 シャーリーとルルーシュは、とりあえず案内図の端から観て回ることにして、歩を進めた。
 古典作家の物はほとんど無く、現在活躍中、あるいは、これから売り出していく作家の絵が多くを占めている。ブリタニアだけではなく、他の国の作家の作品もあって、取り扱う作家にその作家の出身国は関係ないようだった。とはいえ、さすがにエリアの出身の者、つまりナンバーズと呼ばれる立場の者の物は無かったが。そしてオリジナルの絵だけではなく、版画も随分あった。
 暫く観て回った頃、シャーリーが遠慮がちにルルーシュに声をかけた。
「ルル、今日は半ば無理矢理ついてきてもらったようなもんだけど、嫌じゃなかった? 退屈してない?」
「そんなことはないよ。それなりに楽しんでる。色々な作家の作品があるからね、観比べてみるのも楽しい」
「なら良かった」
 ルルーシュの答えに、シャーリーは安心したかのように息を吐き出した。
 やがて作家来場の時間になって、その作家のスペースに赴くとすでに人が大勢待っていた。
 ルルーシュは、パッと観、自分の好みの絵ではないなと判断すると、シャーリーに声をかけた。
「俺は他のスペースを観てるよ。後でケータリングスペースで落ち合おう」
「分かった、30分くらいだと思うから、その後でケータリングスペースね」
 他を観てくると言ったルルーシュに、シャーリーは一瞬がっかりしたような顔をしたが、無理に引き留めても悪いような気がして待ち合わせの約束をして別れた。
 受付で貰ったドリンクとフードの券があり、それらをサービスしているコーナーがあるのだ。待ち合わせには確かに丁度いい。シャーリーはルルーシュの背を見送った後、目的の作家が登場するのを今か今かと待っていた。



 シャーリーと別れたルルーシュは、彼女に悪かったかなと思いながらも、まだ観ていない作家のスペースを観るために歩みを進めた。
 そこはNという作家のスペースで、数は決して多くはないが、心温まるようなオリジナルばかりの絵が何点か飾られていた。
 その中の一枚の絵に目を止める。
 絵の下の値段の札を見ると、タイトルは『我が子』。しかしすでに「SOLD OUT」の札が貼られていた。
 グリーン系の色で纏められたその絵は、フクロウの親子を描いたものだった。親のフクロウが子供のフクロウをその翼で抱き寄せようとしている絵だった。
 その色合いとも相まって、心が癒されるような、安らかにさせられるような雰囲気に溢れていた。額が、木の幹をくり抜いて作った楕円状の手作りの物であるのも、その印象を強くしているのかもしれない。
 ルルーシュはふと自分の両親を思い出した。確かに優しくはあったけれど、同時に厳しくもあった母親。あの母には、このフクロウの親のように包み込んでくれるような温かさはなかった。父親は言わずもがなだ。
 そんな両親と比較して、その絵の中の子供のフクロウが羨ましくなった。
 もしも自分の両親もこの絵の中の親のフクロウのように、子供を優しく包み込んでくれるような人だったらどんなに良かっただろうと思う。そうしたら、少なくとも今の自分たち兄妹の境遇はなかっただろう。
 そんなことを考えていると、切なくなってしまった。
 その作家のコーナーにある絵は全てが動物を描いたもので、親子をテーマにしたものは他にもあった。狐の親子を描いたものもあった。いずれも親子の情愛に、優しさに溢れた絵だ。
 心惹かれながらも、その場にいるのが切なくなって、ルルーシュはシャーリーと約束しているケータリングスペースに向かった。
 思いの他、絵に観入っていたようで、そこにはすでにシャーリーが来ていた。
「随分ゆっくりだったけど、何か気に入ったのあった?」
 何気なくシャーリーが聞いてくる。
「ああ」
「じゃあ、買っちゃえば? 賭けチェスで相当儲けてるんでしょう、リヴァルの話だと」
「もう売れてた」
「そっか。それは残念」
「それよりシャーリーはどうだった?」
「うん、少しだけだけどお話しできて、握手もしてもらっちゃった。それと携帯でだけど、写真も一緒に撮ってもらったの」
 嬉しそうに笑いながら答えるシャーリーに、ルルーシュも喜んだ。
 二人はコーヒーと、シャーリーがケーキを付けて、一つのテーブルについた。
「ああ、でも本当に今日来れて良かった。ルル、付き合ってくれてありがとうね」
「どう致しまして。俺も、気に入った絵を見つけたから」
「じゃあ、また機会があったら誘ってもいい? 年に数回やってるから」
「そうだね」
 ルルーシュに好意を持っているシャーリーは、ルルーシュのその答えに素直に喜び頬を染めた。
 ルルーシュは思う。
 確かにあの『我が子』の絵には心惹かれた。けれど、買うか、と言われたら話は変わってきただろう。毎日あの仲睦まじいフクロウの親子を観ていたらきっと辛くなる。そう思えたから。
 だから、ある意味すでに「SOLD OUT」になっていたことに安心した面もあった。それでも同時に、また観たいとも思う。
 暫くは心の中に展示して、時々思い出しては心癒される日が続くだろうと、ルルーシュはそんなふうに思った。

── The End




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