「“行政特区日本”を設立することを宣言致します」
エリア11副総督である神聖ブリタニア帝国第3皇女ユーフェミアのその一言に、ルルーシュは何かがガラガラと音を立てて崩れていく音を聞いた気がした。
アッシュフォードに庇護されて過ごした7年、それは、考えてみれば本当に儚いものでしかなかったのだ。
忠誠、献身、好意、信頼、同情、憐れみ、打算、偽り、恐怖、不信感、等々、様々な思いが錯綜して、そうして創り上げられた箱庭、クラブハウスの居住棟という名の積木の部屋。
彼は確かにルルーシュの幼馴染であり大切な親友ではあったが、それでも皇族のお声がかりでの編入ということで、その積み上げられた積木に、いささかのずれが生じた。けれどその時のそれはまだ些細なもので、だからその時は、純粋に名誉ブリタニア人として軍人となっているとはいえ、枢木スザクの無事と再会を喜んでいられた。
しかしそのスザクが、己の正体は彼には知られていないとはいえ、己が率いる黒の騎士団にとって最強と呼んで差し支えないだろう敵、白兜── ランスロット── のデヴァイサーと知れ、そしてそれが要因の一つとなって、スザクがユーフェミアの騎士となった時、スザクが何の躊躇いもなく、むしろ喜んでユーフェミアから差し出された穢れを知らぬ白く美しい手を取った時、ルルーシュと彼の大切な、誰よりも愛している妹であるナナリーの住まう部屋を構成する積木の一角は、確かに崩れたのだ。
それでもかろうじてどうにかバランスをとって成り立っていたその部屋は、皇女であるユーフェミアの騎士となった後も尚、何も不思議と、不自然と思わずに、ユーフェミアの言葉のままに学生としての立場を捨てることなく、退学することなど考えることもせずに、確かに顔を出す頻度は落ちたとはいえ、平然と学園に通い続けるスザクに、ルルーシュの心は、彼と彼の妹が暮らす部屋の積木はだんだんとそのバランスを崩していく。そう、何時崩れ去ってもおかしくないほどに。 ユーフェミアに己がゼロであることが知られ、それは口止めし、ユーフェミアも決して口にはしなかったが、アッシュフォードの学園祭をお忍びで訪れたユーフェミアが、己だけではなくナナリーとまで出会ってしまったこと、そして何よりも、多分にそこでの出会いが直接的なきっかけとなったのだろう、ユーフェミアの放った一言が決め手となった。
すでに脆くなっていたその積木の部屋は、崩れた。辛うじて、一番下の、いわば土台のような物が残っているに過ぎない。
けれどユーフェミアは、己の宣言が、自分の望みを叶えるには最良の策と信じ、その騎士たるスザクは、ユーフェミアの策を最適な物と信じて協力しており、ルルーシュとナナリーの立場を知りながら、そう、知っていて、だからそのような場所に参加することなどできようはずがないことに気付くべきなのに、それに全く思いをはせることもなく、ルルーシュに特区への参加を促してくる。ルルーシュとナナリーの生活を脅かしていることを、いや、生活だけではない、下手をすればその生命さえ危うくしていることに、全く、ほんの少しも思い至らない。
最早なんの態もなしていない、ただの幻影となってしまった積木の部屋の中にあって、ルルーシュはもう此処にはいられないのだと悟った。悟らざるを得なかった。
アッシュフォード── ルーベンとミレイ── がこれまで自分たちに向けてくれた忠誠や好意、これまでしてきてくれた数々のことはありがたかったし、申し訳ないと思うが、だからこそ、最早此処に留まることはできないのだとの思いが強くなる。
崩れ去った目には見えない積木の幻を、それでも見つめながら、ルルーシュは決心した。この崩れ去った積木の部屋から去ることを。あとはナナリーにその意思を告げ、彼女の考えを確かめるだけだ。そしてもしナナリーがユーフェミアたちと共にあることを、ひいてはブリタニアに帰ることを望むなら、ナナリー一人をユーフェミアに託して己だけで── 正確には、共犯者たるC.C.と共に── 立ち去るだけだ。自分はもう立ち止まることも戻ることもできないのだから。
「ナナリー……」
── The End
|