追 及




 アダレイドがそれに疑問を持ったのは、自室の居間で、あるドキュメンタリー番組を見ている時だった。
 それは現在のブリタニアの医療水準についてのもので、たとえ銃による狙撃を受けても、それが心臓や脳を直撃、また長期間の放置でない限り、たとえ複数の銃弾を受けていてもまず9割以上の確率で助かると取り上げていた。
 は、何故自分の娘は、ユーフェミアは死んだのか。受けた報告では、ユーフェミアがゼロに撃たれたのは腹部にたった一発、そして然程時をおかずしてアヴァロンに収容されて治療を受けたが、その甲斐なく命を落としたとのものだった。
 おかしい。
 今のTV番組が取り上げていた内容がブリタニアの医療の現状であるならば、ユーフェミアがそう簡単に死ぬはずがない。
 そう思ったアダレイドは、当時の状況について詳しく調べるべく、実家の伝手もたどって人を動かした。



 そして暫く経ったある日、アダレイドはゼロを捕縛した褒賞としてラウンズに取り立てられた、かつてのユーフェミアの騎士、枢木スザクを己の離宮に呼び出した。
 騎士候になり、皇帝直属の騎士、ブリタニア帝国一の騎士たるラウンズとなったとはいえ、所詮はナンバーズ上がり、ましてや騎士でありながら主たるユーフェミアを守ることのできなかった男ということで、アダレイドはやってきたスザクを一番格下の応接室に通した。
 もっともスザクはそんなことには一向に気付いていなかったが。
 通された応接室でアダレイドを待っていたスザクは、そのアダレイドが、離宮の女主人が入ってきたことで座っていた椅子から立ち上がった。
「お初にお目にかかります、アダレイド皇妃殿下」
 そうなのだ、初めてなのだ、会うのは。スザクはブリタニアに来て以来、一度もアダレイドを訪ねてきたことがなかった。娘を守らなかったことを、守れなかったことを謝りに来たことすらなかったのだ。そして今は主であった、自分を認め拾い上げたユーフェミアを見捨てたかのように皇帝の騎士となっている。ブリタニアの騎士とは、皇族の騎士になるとはどういうことかを理解していない男なのだと、アダレイドの中にふつふつとスザクに対する怒りが湧き上がる。
 しかしアダレイドはそれを押し隠して、スザクに挨拶を返した。
「ラウンズとなって忙しい身であろうに、わざわざ呼び立ててすまなんだ」
「いいえ、そのようなことは」
「今日は、ラウンズの枢木卿としてではなく、亡きユーフェミアの騎士であった枢木スザクに確認したいことがあって来てもらった次第じゃ」
 アダレイドのその言葉に、スザクはこの段階になって一度もアダレイドに対して、ユーフェミアを守れなかった詫びを告げに来ていなかったことに思い至り、顔色を変えた。
「その節は、ユフィを、いえ、ユーフェミア様をお守りすること叶わず、大変申し訳ありませんでした」
「……そなたは、ユーフェミアを愛称で呼んでいたのかえ?」
 いまさら詫びを言われたことよりも、その前のスザクの「ユフィを」との言葉にアダレイドは引っかかりを覚えた。
「はい、ユーフェミア様から二人の時は愛称で呼んでくれと言われておりましたので……」
「ユーフェミアもユーフェミアなら、それを真に受けて愛称で呼んでいたそなたもそなたよの。所詮はナンバーズ上がりの庶民に過ぎなかったということか」
 アダレイドの言葉に、しかしスザクは返す言葉を持たず、ただ黙って聞いいるしかなかった。
「それはよい。立ったままでは話にならぬ。かけや」
 アダレイドはそう告げてスザクに椅子を勧め、自分も一人がけ用のソファに腰を降ろした。そしてスザクが腰を降ろしたのを見届けてから、改めて口を開いた。
「確認したい事というのは、ユーフェミアが死んだ際の事じゃ」
 アダレイドのその言葉に、スザクは下を向いていた顔を上げた。
「その事に関しては報告が上がっているはずでは?」
「確かに報告は受けておる。が、実際にその場にいた者から直接聞きただしたいと思うての」
「ユーフェミア様は、ゼロに撃たれて、僕、いえ、私がアヴァロンに急ぎお連れして治療に入られたのですが、出血が酷く、結果手当の甲斐もなく絶命なさいました。最期まで特区の成功のことだけを願いながら……」
「……それが不思議でならぬ」
「え? どこかおかしな点でも?」
 自分に何か見落としている点があっただろうか、言い忘れたことがあっただろうかと、スザクは己の発言内容を振り返った。しかし、有体に、簡潔に事実を述べただけで、忘れていることや漏らしたことはスザクには思い当らない。
「先日、あるTVのドキュメンタリー番組で現在のブリタニアの医療水準について取り上げたものがあった。それによれば、報告を受けた限りの状態ではユーフェミアが死ぬことは考えられぬ」
「で、ですが、実際にユーフェミア様は……」
 アダレイドの言葉に意表をつかれたように、スザクは座っていた椅子から腰を浮かした。
「落ち着きや」
「は、はい」
 アダレイドに促され、スザクは改めて椅子に座り直した。
「そなたは、KMFでアヴァロンにユーフェミアを運んだ。そうであったな?」
「はい、そうです」
「それによる急速な移動、急上昇により受ける風圧やGの影響による内臓への負担、その為の出血の増加。それがユーフェミアが助からなかった原因じゃそうな」
「えっ!?」
「つまり、そなたのとった行動のせいでユーフェミアは死んだと申しておる」
「そ、そんな馬鹿な! 僕はユフィを助けたい一心で……!」
「結果としてはそれが徒となったわけじゃ。もっとも更に申すなら、皇籍を奉還してまで国是に逆らった特区などという馬鹿げたものを提唱したために、本来なら受けられるべき治療を真面に受けられなかったということもあったようじゃがの。じゃが、少なくともそなたの愚かな行動がなければ、ユーフェミアが助かった確率は高かったはずじゃ。ましてやユーフェミアが撃たれた際、そなたは何処におった!? どこに主の傍にいない騎士がおる!? 言うてみや!!」
「ぼ、僕は……」
 アダレイドの己を責める言葉に、スザクは返すべき言葉がない。
 彼女の言うことが事実であるなら、ユーフェミアを殺したのは、ゼロだけの責任ではなく、己にもあるということになる。それを、ただゼロだけに責任を負わせて自分は何をした?
 スザクの脳裏の中を様々なことが駆け巡る。ゼロに撃たれたユーフェミア、そのユーフェミアをランスロットでアヴァロンに運んだ自分。あの時、ユーフェミアの躰にどれほどの負担がかかっていたかなど考えもしなかった。ただ一刻も早くアヴァロンに着いて治療をと、それしか頭になかった。
 そして満足に治療を受けられなかった? 皇籍を奉還したから、国是に反した特区を設立しようとしたから。
 その結果があの最期なのか。特区の成功を願いながら、それを口にしながら死んでいったユーフェミアは、あの時、本来なら延命治療を受けていられたはずなのに、皇籍を奉還したことでそれを受けられなかったと言うのか。
 つまり、ユーフェミアを殺したのは、ゼロであり、スザク自身であり、そして何よりもブリタニアという国家そのものということになる。
「何か言うことはあってか? ユーフェミアの騎士だったナンバーズ! 主を守ることすらできぬ、それどころか死を早めることしかできなかった半端者が!!」
 アダレイドの怒りに満ちた形相が、スザクの視界を埋めた。
「ユーフェミアが死ぬや、皇帝陛下の騎士に乗り換えた尻軽風情、騎士などと呼ぶも烏滸がましい! そなたがユーフェミアを殺したのじゃ! そなたがいなければ、ナンバーズを騎士になどしなければ、行政特区などという馬鹿げた政策を考えることもなく、皇籍を奉還するなどということもなく、あの若さで死ぬことはなかったのじゃ! 全てはそなたのせいじゃ! そなたなどを騎士に任じたことがユーフェミアの何よりの失敗じゃった! そなたを騎士になどしなければ、あの()はまだ生きておれたであろうに! 全てはそなたのせいじゃ! 何が騎士候じゃ! 何がラウンズじゃ! 主一人守れぬナンバーズがしたり顔でこの宮殿を歩くでないわ!」
 投げつけるようにスザクにそう言い放つと、アダレイドはショックを受け項垂れるスザクを放って応接室を去っていった。
 後に残されたスザクは、アダレイドから告げられた事実にただショックを受け、暫くは立ち上がることすらできなかった。

── The End




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