逃亡者




「それでも俺は明日が欲しい!」
 ルルーシュがCの世界で神たる人の集合無意識にギアスという名の願いをかけたことにより、シャルルたちが神殺しのために造り上げた思考エレベーター── アーカーシャの剣はぼろぼろと崩れ落ち、そしてシャルルとマリアンヌはCの世界に呑み込まれるように消えていった。
「それで、これからどうするんだ?」
 最初に声を発したのはC.C.だった。
「ルルーシュはユフィの仇だ」
 それに応えるかのように、枢木スザクは剣を構えてルルーシュに告げた。
「だから?」
「だから、だって!? ルルーシュ、君は……っ!?」
「とにかく、今は此処から出るのが先決だろう。話はその後でもいいだろう」
 C.C.はそう告げて立ち上がり、歩き出した。そのすぐ後ろにルルーシュが続いた。
「枢木スザク、おまえも来い。もっともこの世界に閉じ込められたままでいいというなら、それはそれで私は一向に構わないが」
「……行くよ」
 C.C.からかけられた声に、とりあえず、スザクは二人から数歩遅れて後を追った。
 Cの世界から、そして洞窟から出た現実の世界は、違って見えた。まるでCの世界での出来事が夢のようだった。
 ルルーシュが一つ軽く伸びをする。
 そこにスザクが飛び込んでいった。
「ユフィの仇だ!!」
 スザクのその声にルルーシュが振り向いた時にはすでに遅く、スザクの剣がルルーシュに対して振り下ろされていた。C.C.はその間、何も告げず、何もしようとせずに、ただその様子をじっと見つめているだけだった。
 ルルーシュが己の血の海に倒れ伏すのを見届けた後、スザクは一瞬C.C.に目をやってから、自分の愛機であるランスロットに向かって駆け出していった。
 その後ろ姿を、そして飛び立っていくランスロットを見送りながら、やがてC.C.はルルーシュに目を向けた。
 C.C.がスザクの行為に対して何もしなかったのは、Cの世界でシャルルが消え去る直前、最期の最期で、彼のコードがルルーシュに移譲するのを確認できていたからだ。コードは一度死ななければ発現しない。その意味では、ルルーシュには悪いと思いながらも、C.C.はルルーシュが一度死ぬのを待っていたとも言える。
 やがて小さく呻きながらルルーシュが息を吹き返した。
「……どういうことだ、これは?」
 上半身を起こしたルルーシュは傍らにいるC.C.に尋ねた。
「シャルルの持っていたコードがおまえに移っていたんだよ」
「あの時か……」
 C.C.の答えに、ルルーシュは消え去る直前のシャルルが自分に襲いかかって来た時のことを思い出した。
「で、これからどうする? 今は、私とおまえがコードの所持者、つまり二人揃って不老不死となったわけだが」
「……誰かにギアスを、ひいてはコードを、とは俺は思わない。俺で終わりにしたいと思う。おまえは?」
「おまえがそう言うなら私もそれでいい。魔王と魔女として、二人だけで永遠に生きていくのもいいだろうさ」
「そうだな。だが何処で……。そういえば、以前、マオが言っていたな、おまえと暮らすためにオーストラリアに家を用意してあると。そこにでも行くか」
 ふと思い出したように提案するルルーシュに、C.C.はそれでいいと頷く。
 当初、シャルルと二人で永遠にCの世界に閉じ篭ることを考えていたルルーシュだったが、そうと決まればと、一度は埋葬したロロの遺体を掘り返した。できるなら、自分の側で眠っていて欲しいと思ったから。そしてまた、今も己の命令を守ってナナリーを探し回っているだろうジェレミアにも通信を入れる。
 それらを終えてから、ルルーシュはC.C.と一緒に、そしてロロの遺体を連れて、隠してあった蜃気楼でオーストラリアに向かった。
 マオが用意していたという家は、大きな町の郊外にあって、そうそう人が訪れるような所ではなかった。隠れ住むには丁度いいだろうと思える物で、家具家電も一通り揃っていた。難を言えば、埃が溜まっていたことくらいだろうか。
 やがて二人に少し遅れてジェレミアが到着し、ジェレミアの手を借りて、ルルーシュは改めてロロをきちんと埋葬した。
「後で、きちんと墓石を用意してやらないとな」
 ロロを埋葬した墓の前で膝を折って祈りを捧げながら、ルルーシュはそう呟いた。
 フレイヤに巻き込まれてナナリーが死んだ後、酷くロロを詰り責めたというのに、ロロはルルーシュのそれを嘘だと言って、最期までルルーシュを信じ、その腕の中でルルーシュを守りきれたと、満足したように微笑みながら逝った。そうしてロロは、たとえ血の繋がりはなくとも、真実、ルルーシュの弟となったのだ。ルルーシュにしてみれば、そう認めてやるのが遅すぎたとの後悔があるが、いまさら取り返せるものでもない。ただ、これからは永遠に、死の直前は苦しくはあっただろうが、今はその安らかであろう眠りを守り続けてやるだけだ。
 今、この家に、世界にいるコード保持者とギアス保持者の全てが揃っていることになる。つまりルルーシュとC.C.、そしてジェレミア。中華連邦── 現在の合衆国中華── にあったギアス嚮団がルルーシュによって滅ぼされ、そこにいたギアス保持者が全て死んだ以上、この家にいる者が全てだ。そしてルルーシュもC.C.も、新たにギアスを誰かに与えることがないとなれば、これ以後、ギアス保持者が出ることはないだろう。



「逃亡生活、とばかり思っていたが、これではまるで隠遁生活者だな」
 そうC.C.が告げたのは1ヵ月も経った頃だろうか。
「この前までは確かに逃亡者、だったな」
 ルルーシュは、この前まで、と言ったが、それにはきちんとした理由がある。
 ルルーシュが斑鳩からロロによって救い出され逃亡してから数日後、黒の騎士団はゼロの死亡を公表した。
 そしてつい数日前、神聖ブリタニア帝国では、第98代皇帝シャルルと、すでに鬼籍に入っていたが、第11皇子であったルルーシュ・ヴィ・ブリタニアについて、正式に死亡が確認されたと公表され、帝国宰相であるシュナイゼルを後見として、ナナリー・ヴィ・ブリタニアが正式に第99代皇帝として即位したとTV中継がなされた。
 シャルルの死とルルーシュの死は、神根島を去ったスザクによってシュナイゼルに報告された。そのため、シャルルかルルーシュのどちらかが出てくるまで表に出るつもりのなかったシュナイゼルがブリタニアに戻り、様々な工作をした結果、ナナリーの即位となった次第である。その結果、スザクはシュナイゼルが告げたようにナイト・オブ・ワンになるどころか、シャルル、及び第11皇子の殺害犯として、つまり大逆犯として処刑された。つまり、スザクはシュナイゼルによっていいように転がされていたと言える。
 ナナリーが生きていたことは喜んだものの、皇帝位即位については、ルルーシュはシュナイゼルの思惑を悟って眉を顰めたし、スザクの件は、一番最初にできた友人だったということもあって、再会後の経緯はどうあれ、やはりいささかの悲しさがあったのは否めない。しかしナナリーはゼロであるルルーシュを否定し、きっと今は更にシュナイゼルから色々なことをふきこまれて、ゼロというよりも、兄である自分を否定しているだろうと察することができるし、スザクはコード保持者となったために生き返ってしまったが、ユフィの仇として自分を殺した男だ。もうあの二人とは関係はないと思っていいのだろうと考える。かつてルルーシュがナナリーを死んだと思ったように、今はナナリーがルルーシュを死んだものと、いないものと結論づけているだろうから。
 ちなみに、ブリタニアにおいては皆はシュナイゼルが皇帝となる方が相応しいのではないかと声を上げたが、何かあった時のための保険に、自分が皇帝として矢面に立つよりも、傀儡としてナナリーを表に出す方がやりやすいとシュナイゼルは判断して、ナナリーが皇帝となったのだ。
 シュナイゼルの手元には、第一期製造分だけとはいえ、まだフレイヤが残っている。これを持って世界に脅しをかけることは十分に可能で、結果、ナナリー皇帝の名の下に、世界に対して、フレイヤをちらつかせたシュナイゼルの、ブリタニアの力による恐怖政治が撒き散らされることとなるだろう。果たしてナナリーはそこまで理解しているのだろうか。一瞬そう考え、そしてすぐに、理解など少しもしていないだろうとルルーシュは結論を出した。理解していれば、名ばかりの傀儡とはいえ── そもそもそれすらも理解していないだろうが── 自ら皇帝になったりなどしないだろうから。
 そしてルルーシュは、ナナリーが生きているのなら、もしかしたらと思い、ある携帯電話の番号を押した。



 ある日の夜、自室に戻った咲世子は己の携帯に着信があったのを確認した。
 一体誰が自分などに、と思いながら見れば、それは確かに覚えのある番号で、恐る恐るその番号にリダイヤルした。
『咲世子か?』
「ル、ルルーシュ、様……。生きて、生きておられたのですね……」
 自室とはいえ、あたりを慮って、咲世子は小さな、それでも相手に確実に届くであろう大きさの声で応えた。
 ただ一言、己の名を呼ばれただけで、その声でそれが誰か分かって、咲世子の頬を一筋の涙が濡らした。
『今は何処に?』
「ナナリー様のお世話係ということでペンドラゴンの皇宮に。今は自室におります」
『こちらにいるのは、俺の他にはC.C.とジェレミア、つまり、コード保持者とギアス保持者だけだ。もしそれでもよいと、構わないと思ってくれるなら、来てくれないか』
「私が行ってもよろしいのですか?」
『普通の人間はおまえだけということになる。それでもよければ、ということになるが。もし、おまえが来てくれるというのであれば、正直嬉しいと思う自分がいることを否定できない』
「構いません。私はルルーシュ様に仕えると決めた女です。いいと言ってくださるなら、喜んで駆けつけさせていただきます」
『ありがとう。場所は……』
 その日の夜のうちに、ペンドラゴンの皇宮から、咲世子は書き置きも何も残さず、逆にほとんどの荷物をそのままに姿を消した。
 翌日、咲世子の不在に気付いたナナリーは慌てて捜させたが、その痕跡は綺麗に消えていて、捜し出すことはできなかった。その点は、ナナリーは結局知ることはなかったが、流石は篠崎流という忍びと言えるだろう。
 ペンドラゴンの皇宮を脱した咲世子は、翌日にはルルーシュの元に辿り着き、ルルーシュが告げた通り、咲世子だけがたった一人の普通の人間という状態ではあったが、ジェレミアとて、改造人間とはいえ、コード保持者であるルルーシュやC.C.と違い、その命に限りはある。最後に残るのはルルーシュとC.C.の二人だけだ。
 それでも、ジェレミアも咲世子も、ルルーシュに忠誠を誓い、命ある限り傍にあって仕えることを望み、四人だけで、世界のことなどどうなろうと最早知ったことではない、自分たちには関係ないと、他の誰に知られることもなく、世界に関与することなく、逃亡者という名の隠遁生活を送っていくこととなる。
 世界の人々は知らない。ゼロという救世主が実は未だ生きていることを。そして本来なら優れた為政者となったであろうルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが生きていることを。
 そうしてブリタニア主導による、偽りの、力押しの嘘に塗れた日々がこれからも続いていくのだ。

── The End




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