頓 挫




 ロロによって、辛うじて黒の騎士団の裏切りから逃れたルルーシュだったが、逃亡途中、追っ手のKMFを撒くために、ロロはギアスの使用過多により心臓に負担をかけすぎ、命も危うい状態だった。
 かろうじて式根島までやってきたルルーシュたちだったが、ロロのその様子に、ルルーシュは為す術もなくただ見守るしかなかった。
 と、そこに一人の老人が通りかかった。
「おまえさんら、どうしたね?」
 老人から見れば傍らにある不可思議な乗り物も気にならぬように、二人の様子だけを気にかけたように声をかけてきた。
「弟の具合が悪くて。でも薬も何も無くて……」
 その老人はイレブンだったが、自分たちが見るからに明らかにブリタニア人だと分かっているだろううに、拘りなく話しかけてくることに、ルルーシュは素直に答えた。
「この先に儂の家がある。そこで休ませてやるといい。そんな処にいるよりは少しはましだろう」
「ありがとうございます」
 ルルーシュは素直に老人の言葉を信じることにした。もう誰も信用することなんてできないと思っていたのに、何故かその老人は信用しても大丈夫だと思わせるものがあったのだ。
 ルルーシュはロロの躰を抱え、老人の案内するままに老人の家に赴いた。
「待っていなさい」
 そう言って縁側から家の中に入った老人は、風通しのよさそうな部屋に布団を敷いた。
「こっちだよ」
 言われるままにルルーシュはロロを運び、老人が敷いてくれた布団にロロを横たえる。
「儂も、碌な薬の補完はしとらんし、この島には医者なぞおらん。だがあんな処にいるよりは、この方がなんぼか楽だろうて」
「見ず知らずの俺たちに済みません」
「何、困った時はお互い様だて」
 地面ではなく柔らかな布団の上、体を伸ばして横になったことで、少しなりともロロの呼吸は安定してきたようだった。顔色の悪さはまだ変わらないが、このまま安静にしていれば落ち着いてくるだろうとルルーシュは思った。
「ご老人、俺にはまだやらなければならないことが残っているんです。申し訳ありませんが、このまま弟を預かっていただくことはできませんか?」
 無理を承知でルルーシュは老人に頼み込んだ。
「構わんよ。どうせ何の気兼ねもない一人暮らしだ」
 老人はあっさりと何の詮索をすることもなく、ルルーシュの申し出を受け入れてくれた。
「申し訳ありません、どうか弟をよろしくお願いします」
「ふむ。何をするのかは分からんが、気を付けてな」
「はい」
 ルルーシュは見も知らぬ老人の好意に甘えて、ロロを預けると一人蜃気楼に戻った。





 それから数ヵ月後、皇帝直轄領となったエリア11のトウキョウ租界、その大通りではパレードが行われていた。
 フジ決戦で勝利して世界を手中に収めたルルーシュと、敗れた者たちの処刑のためのパレードだ。
 途中まで何事もなく進んでいたパレードが、突然進行を止める。
 その正面には、第2次トウキョウ決戦で死亡したと言われていたゼロの姿があった。
 護衛のKMFからの攻撃をいともたやすくかわして、ルルーシュの玉座のある台に駆け寄ってくる。
 ジェレミアをも交わして台に飛び乗ると、ルルーシュの元へと駆け上がった。
 ルルーシュが懐から出した銃を弾き飛ばし、持っていた剣先をルルーシュに当てる。
「兄さん!」
 聞き覚えのある声があたりに響いた。
 沿道の人垣から、ロロが飛び出してきた。
「ロロ!」
 その様に、ゼロも一旦動きを止めていた。その隙にロロは玉座まで這い登ってくる。
「兄さんを殺させはしない!」
 ロロはそう叫びながらルルーシュとゼロの間に割って入り、ルルーシュを後ろに庇う。
「兄さん、あんな連中のために兄さんが死ぬことはないんだ。神楽耶が兄さんを“悪逆皇帝”と呼んだからって、その通りに振る舞ってやる必要なんかない! ナナリーたちが殺したペンドラゴンの1億を超える人々の死を兄さんが肩代わりしてやる必要なんかない! 兄さんの事情も知らずに、知ろうともせずに何時までも兄さんをユーフェミア皇女の仇と叫ぶ奴に殺されてやる必要はない! だいたいゼロは第2次トウキョウ決戦の後、黒の騎士団に裏切られて、シュナイゼルに売られて殺されかけたんだ。そんな裏切り者の奴らを兄さんが殺されて英雄視させてやる必要なんかどこにもないし、枢木なんかに、たとえシュナイゼルを付けたからといってゼロの、兄さんの代わりなんかできっこない!」
 他者が口を挟む余裕もないほどに次々と言葉を綴り、事の次第をぶちまけていくロロに、ルルーシュは言葉が無かった。
 何故式根島において来たはずのおまえがそこまで知っていると思いながらも、ルルーシュもゼロも身動きが取れなかった。
 そうこうしている間に、ロロの叫んだ言葉の意味を段々と理解し始めた沿道の観衆が騒ぎ出す。
「兄さんがやったのは、皇帝になった頃の改革を除けば、兄さんの治世に反対する地方貴族の討伐と、アッシュフォード会談での、超合集国連合側の、黒の騎士団の暴虐と、ナナリーやシュナイゼルたちからのフレイヤ弾頭による恐怖支配から世界を救ったことだ。どこに悪逆皇帝として死ななきゃいけない理由があるっていうんだ!」
「だが、ルルーシュは何の罪もないユフィを殺した!」
 ゼロが叫ぶ。
「事情を何も知らないでそのことだけを責めるんですか! ならあなたのしてきたことは罪ではないとでも言うんですか、枢木スザク! “白き死神”と異名を取るほどに敵を殺してきたあなたが! あの時、ユーフェミアを殺さなければ、もっと多くの日本人が殺されていたのにその状況も考えず、何も知ろうとしないで、トウキョウ決戦ではフレイヤ弾頭で一瞬のうちに3,500万もの死傷者を出したあなたに、兄さんを責める資格はない!」
 沿道の観衆の騒ぎは尚一層激しくなった。
 もし今ルルーシュを庇っている少年の言葉が正しいなら、自分たちは何をしてきたのか。
 ゼロを裏切ったとする黒の騎士団と、トウキョウ租界やペンドラゴンを消滅させたナナリーたちを救わんとする裏切り者の騎士枢木スザク。
 その構図が沿道の観衆にも見えてきたところに、あちこちの街頭スクリーンにかつての斑鳩4番倉庫での有り様が無音声で映し出される。
 外されたゼロの仮面の下から現れたのは、紛れもなく、少年に庇われているルルーシュ皇帝のものだった。
 明らかにされた事実に、沿道の観衆は愕然となり、改めてルルーシュとゼロとを見比べる。
 不利を悟ったのだろうか、ゼロが仮面を外した。その下から現れたのは、少年が告げていたように確かに枢木スザクの顔だった。
 スザクは剣を引くと、ゼロ・レクイエムと呼ばれる計画を話し始めた。
 ルルーシュを悪逆皇帝として憎しみを彼一人に集め、その彼を殺して憎しみの連鎖を止める。
 そんな途方もないことを20歳にも満たない少年たちが考え実行しようとしていたのかと、聞かされた沿道の観衆はその事実に呆然としながらも、彼らをそこまで追い詰めた処刑台に括りつけられている人物たちを、真実から知らず目を背けていた自分たちを責めた。
 その後、処刑台に貼り付けになっている者たちに対して野次が飛ぶ中、パレードは一旦中止となり政庁に引き返すこととなった。



 それからパレードは中止されたまま行われなかったものの、改めて裁判が行われ、処刑台に括りつけられていた者たちは犯した罪に相応しい罰が与えられた。
 それはナナリーも例外ではなかった。第2次トウキョウ決戦のフレイヤ使用も、ペンドラゴンへの投下も、最終責任はエリア11の総督であり、自分こそが第99代皇帝と称したナナリーにあるのだから。シュナイゼルに担がれただけということで多少の罪の軽減はされたが、死刑を免れただけで終身刑となった。
 フジ決戦で敗れた超合集国連合各国の主権はそれぞれの国に戻され、また、ゼロとなってルルーシュを殺す役だった枢木スザクは市井に姿を消し、二度と公の場に姿を現すことはなかった。
 超合集国連合と黒の騎士団は解体され、その不備を修正した新たな組織が創られることとなった。
 そして神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュのリードする中、世界は新たな時代を迎える。



「そう言えばロロ、式根島以降のこと、どうやって知ったんだ?」
 ある時、かねてから疑問に思っていたルルーシュは政務が一段落した時にロロに尋ねた。
「魔女が、C.C.が教えてくれたんだよ。C.C.も兄さんに死んでほしくなかったみたいで」
 その魔女は、気が付けば何時の間にやら宮殿に住み着き、今日もピザを思い切り好きなだけパクついている。

── The End




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