諦 念




「どのくらいで動けるようになる?」
 医師の手当てを受けながら、コーネリアはそう問うた。
「そうですね、もう二、三日もすれば、日常生活を送るのには差し支えなくなるでしょう。ですが、KMFに騎乗されるとなるとまだまだ」
「それはいい、とりあえず動けるようになればいい。そうすれば……」
「でしたら本当にもう二、三日でございますよ、殿下」
「分かった」
 やがて医師が手当てを終えてコーネリアの私室を出ていくと、後に残った侍女の一人がコーネリアに恐れ多そうにしながら問いかけた。
「皇女殿下、あの、本当に怪我が癒えられたら……」
「ああ、そのつもりだ。仕度を手伝ってくれ」
「ですが本当によろしいのでしょうか。ギルフォード卿にだけでもご相談なさっては……」
「私の勝手にすることにギルフォードを巻き込むわけにはいかん。くれぐれも内密に頼む」
「は、はい」
 そう侍女は応えて頷くと、コーネリアの部屋を退出した。
 だが本当にいいのだろうか、とその侍女は改めて思う。
 コーネリアは一人、このエリア11を離れ、皇室から出奔し、妹のユーフェミアがあのような突然の乱心を起こした原因を探ろうとしている。姉として妹を思う気持ちは理解できる。しかし、それが本当にコーネリアの、ひいてはリ家のためなのか。
 侍女は考えたあげく、コーネリアの意思に背くことになってもと、ギルフォードに話を持っていった。
「何、姫さまが出奔を!?」
 侍女からコーネリアの思惑を聞かされたギルフォードは驚いた表情をした。それは当然のことだろう。
「はい、何としてもユーフェミア様があのようになられてしまった原因を探ると仰って。お止めしたのですが、私如きの申すことを聞き入れていただくことはできず、ギルフォード卿にも他言無用と申し付かったのですが……」
「いや、よく話してくれた。姫さまには私から説得をしてみるが、私だけの説得で聞き入れてくだされるかどうか分からん。至急本国におられる姫さまの母君、アダレイド皇妃殿下にも連絡を」
「わ、私如きが皇妃殿下にですか!?」
 ギルフォードに言われた内容に、侍女はびっくりしたように目を見開いた。
「姫さまの一大事だ、なんとか連絡をとって説明を申し上げ、姫さまに出奔を思いとどまられるようご説得をしていただかねば」
「は、はい、畏まりました」
 侍女はあまりの展開に動転しながらも、ギルフォードに指示されたことを実行すべく通信室に駆け込んだ。



 コーネリアの私室を訪れたギルフォードは、早速コーネリアの説得にあたった。
「姫さま、姫さまのお気持ちは十分に分かるつもりです。ですがそのようなことをして、姫さまのお立場がどのようなことになるか」
「私の立場などどうなろうと構わん! それよりもユフィだ。ユフィにあのような行動に走らせたものが何だったのか、それを探り出し、ユフィの汚名を雪がねば!」
「しかし姫さまの皇室でのお立場が悪くなれば、たとえユーフェミア様の汚名を雪ぐ証拠を見つけられたとしてもそれを聞き届けてもらえるかどうか。本国ではすでに乱心の末の行動と公表されているのですから、そう簡単に覆すことはできません。それを覆すためにも、今は冷静になられて時を見るべきかと存じます」
「しかし……」
 コーネリアがギルフォードに反論しかけた時、室内のインターフォンが鳴った。ギルフォードがそれを取ると、侍女の一人が、本国にいるコーネリアの母であるアダレイド皇妃から通信が入っている旨を伝えて寄越した。
「母上が?」
 訝しみながらも、コーネリアは私室に備えられている皇族専用のロイヤルプライベート通信回線を開いた。
『コーネリア! そなた、皇室を出奔する気と聞いたが真実(まこと)か!?』
「母上にまで連絡がいっていたのですか!?」
 いきなりの母の言葉に、コーネリアは本気で驚いた。ギルフォードにはもしかしたら気付かれるかもしれないと思っていたが、まさか母にまで話がいっているなどとは思ってもいなかったのだ。
『本気なのか? そなたは一体何を考えておる!』
「本気です、母上。何としてもユフィの汚名を雪ぐためにも真実を知る必要があります。このままでは何時まで経ってもユフィの汚名を雪ぐことはできません」
 通信スクリーンの向こうで、アダレイドが額に手を当てていた。
『そなたは何を考えておるのじゃ。確かにユーフェミアがあのような様を働いたは何かあってのことであろう。じゃがそのためにそなたが皇室を出奔して何とする! たとえユーフェミアの乱心に至った経緯を、乱心とされた経緯を証明する何かを掴んだとしても、そなたの立場が悪くなっておれば、それをどうやって陛下に奏上申し上げる気じゃ! そしてそなた一人のことではない! ユーフェミアをあのような形で亡くし、実際はどうあれ、公式には廃嫡の上、処刑ということになっておる。その上そなたまで出奔となれば、このリ家はどうなると思うてか? このリ家を追い落とさんとする輩にこの家を、親族たちをいいようにされても構わぬと思うてか!?』
「ですからそのためにもユフィを陥れた原因を探り出さねば!」
『その前にそなたの立場が悪くなればそれも叶わぬと申しておるのが分からぬか! そなたは妹のことは思うてもこの母のことは、リ家や親族たちのことはどうなっても構わぬと言うのかえ?』
「母上、そのようなことは決して!」
 母をどうでもいいなどと思ったことはないし、リ家の立場とて考えていないわけではない。ただコーネリアの中では、ユーフェミアの汚名を雪ぐことが母を、そしてリ家を守ることだという意識が強いのだ。
「姫さま、皇妃殿下の仰られる通りです。ここで姫さまが出奔などなされ姫さまのお立場が悪くなれば、ここぞとばかりに他の皇族や貴族たちからリ家は侮られ、追い落とされましょう。そのようなことになれば、ユーフェミア様の汚名を雪ぐどころではございません」
『ギルフォード卿の申す通りじゃ。ユーフェミアの汚名を雪ぐためにも、そなたの第2皇女という立場、リ家の立場があってのことじゃ。それなくしてどうして汚名を雪ぐことなどできようぞ! 思いとどまっておくれ、この母を魑魅魍魎の跋扈する皇室に一人残すなどということはしてくれるな。
 真実、ユーフェミアのことを思うなら、この母とリ家のことを思ってくれるなら、出奔などせずに、幾らでも人を使って調べればよい。そのためなら幾らでも人手を用意しようほどに。その方がそなたが一人で調べるよりも何倍も効率がよいはずじゃ。それに第2皇女という立場があればこそできることもあろう。もう少し冷静になって考えてたもれ』
「母上……」
 ギルフォードの言葉に、母の言葉に、その通りかもしれないという気がコーネリアの中に頭をもたげてくる。
 しかし、同時にユーフェミアの汚名は何としても自分自身の手で注ぎたいという思いもある。
 だがそれをするには、母たちの言うように第2皇女という立場がなくてはできないだろうことも、ギルフォードや母の言葉を聞くうちに、少しずつ冷静になっていく中、コーネリアの中で理解されつつあった。
「母上、母上もユーフェミアが進んであのようなことをしたとは思っておられないのですね?」
『当然であろう。あれの教育は確かにそなたや他の者に任せたきりにしてはいたが、それでも我が娘じゃ、娘のことを何も知らぬ道理はなかろう。それともこの母はそれほどに信用ならぬか? 我が娘のことを何も理解していないと思うてか?』
 アダレイドのその言葉に、コーネリアは暫し考え込んだ。
「……母上もユーフェミアの乱心には何か裏があるとお考えなのですね? それを探るために人を動かしてくださるおつもりなのですね?」
『当然じゃ! ユーフェミアの汚名をこのままにしておいては、あれがあまりにも憐れじゃ。そしてリ家の面目にもかかわる。たとえ時がかかろうと、なんとしてもユーフェミアの汚名を雪ごうぞ!』
「分かりました、母上」
『分かってくれたか!?』
「姫さま、思いとどまっていただけるのですね」
 アダレイドとギルフォードの確認するような言葉にコーネリアは頷いた。
「どうやら私はあまりにもユフィのことだけを考えすぎ、いささか冷静さを欠いていたようです。もう少しきちんと考えてみます。それに、何も手がかりがないわけではないのですから、そうであれば、人を使って調べてから私が動いても遅いことはないでしょう」
 手がかり── それは生きていた異母弟(おとうと)ルルーシュのことだった。何があったのか、そこは何故か記憶が途切れているが、ルルーシュが自分に対して何か不思議な力を使ったのは間違いない。そしてそれこそが、ユーフェミアの乱心の元と考えられはしないか。ならばその力のことを調べれば、一体二人の間に何があったのか分かろうというものだと、多少なりとも冷静になった今ならば考えられる。
 今はその力が何だったのか、それを探るために人の手を借りるのもやむを得ない。自分が動くのはそれが分かってからでいいと、出奔し、自ら探ることを一旦は諦めることにしたコーネリアだった。

── The End




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