“ゼロ”として登場した直接のきっかけは、エリア11総督であった第3皇子クロヴィスの暗殺容疑者として逮捕された、大切な幼馴染である枢木スザクを救い出すためだった。
だが、そもそもの発端は俺たち兄妹の最大の後ろ盾でもあった母、第5皇妃マリアンヌの暗殺と、それを原因とした、後見貴族だったアッシュフォード家の爵位剥奪による没落、そして母の暗殺の際のショックで目を閉ざし、足を撃たれたことで下半身不随となった妹ナナリーと二人、弱者とカテゴライズされ、すでに何時戦争状態に突入してもおかしくはないほどの緊張関係になっている日本に送られ、そこで何の前触れもなく、何一つ連絡もないままに、俺たち兄妹が存在していることも関係ないというように、突然、日本に対して宣戦布告し急襲した、弱肉強食を謳い、息子や娘、つまり兄弟姉妹に対してすら、次代の皇帝の座を巡っての争いを奨励し、また、次々と他国を侵略して植民地化していく皇帝である父シャルルと、その父の支配する超大国である神聖ブリタニア帝国に対する嫌悪、いや、憎悪にあると言える。
ブリタニアが日本に対して宣戦布告し、戦いを仕掛けてきた時、ブリタニアは初めて機動性に勝る二足歩行兵器KMFを実戦投入し、日本は為す術もなく僅か1ヵ月程で敗戦し、日本、日本人という名を取り上げられ、エリア11、ナンバーズのイレブンとなった。その時に俺は誓った。ブリタニアをぶっ壊すと。
しかし、その時の俺はまだ僅か10歳。一体何ができただろう。時を待つしかなかった。
アッシュフォードの当主たるルーベンは、死んだとされていた俺たち兄妹を、きっと生きていると信じて捜しに来てくれ、俺たちを見つけ出して庇護してくれた。母の死により爵位を奪われ没落したというのに、その母の子供である俺たちに対してのルーベンとその孫娘であるミレイの忠誠にはどれほど感謝してもしきれない。
そしてどれほどの年月が経っただろう。だがどんなに時が経とうと、俺の中の憎しみ、思いは変わらない。
予定よりは随分と早くはなった。だが、あることをきっかけに不思議な力を得、スザクを救い出すために、とはいえ素性を隠す必要から、俺は仮面を被って“ゼロ”と名乗り、そして俺の、俺だけの“黒の騎士団”という名の軍隊を作り上げた。だがそんな俺の最終的な目的は、あくまでたった一人の、誰よりも大切な妹のナナリーだ。全てはナナリーが、区別はされても差別されることのない世界を創るため。そのための日本独立であり、そのために起ち上がったのだ。
そして始まった、エリア11内にある、クロヴィスの後任である“ブリタニアの魔女”と異名をとる第2皇女コーネリア率いるブリタニア軍との戦いの中、最も手強い相手となったのは、俺たちが“白兜”と名付けたKMFだった。
そしてやがて知らされた事実。それは、スザクがその白兜、正式にはランスロットというらしいが、そのデヴァイサーだったことだ。スザクは俺たち兄妹には技術部で前線に出ることはないといっていたのに、嘘をついていたのだ。それは俺たちに心配をかけたくないから、ということからだったのだろうが、俺にしてみれば裏切りだ。いや、それ以前に、俺の「ブリタニアをぶっ壊す」と言った言葉を、心情を知りながら名誉となり、ブリタニア軍に所属していること自体が、俺たち兄妹に対する何よりの裏切りだった。だがそれでも、それだけならば、スザクにはスザクの考えがあってのことと、あるいは他に選択肢が無かったのかもしれない、と考えることができただろう。
しかし、スザクは皇族の口利きでアッシュフォードに編入し、その上、副総督たる第3皇女ユーフェミアの手を取ってその選任騎士となった。
それまでもその傾向はあったが、騎士となったことで、スザクのゼロを批難し攻撃する口調は更に激しくなった。
その上、お飾りと言われ、実際、皇族、皇女としては何の力もなく、自国の在り方を本当の意味では何一つ理解していないユーフェミアをひたすら褒めちぎり、傾倒し、そしてまた名誉という立場とはいえ、自国となったブリタニアという国の本質を何一つ理解せず、いや、理解しようとせず、内部から変えるなどと、できるはずもないことを、それが正しい方法なのだと、自分のやり方が正しい、ゼロは間違っているとばかり叫び続けている。
スザクにはスザクの考えがあるだろう。俺には俺の考えがあるように。だからスザクの考えを否定しようとは思わない。明らかに間違っていると、そう指摘することもたまにはあるが。しかし、スザクにとってそれは、俺がスザク自身を否定していることになる。そんなことは決してありはしないというのに。
確かに俺もスザクに隠していることはある。俺は、俺が“ゼロ”であることを黙っている。だが、話していないだけで、俺は自分がゼロでない、などとは言っていない。隠してはいても、嘘は言っていない。それは事実だ。
しかしスザクにしてみれば、それも嘘であり、裏切りになるらしい。スザクの考えは全て自己中心的で、自分が、そして自分の所属する場所のルールが正しく、それに刃向かう者は全て間違った存在、考えということになるらしい。なんと狭量なことか。
人には人それぞれの考えがあるというのに、スザクにはそれが認められないのだ。だからイレブンと呼ばれる日本人が、真実求めているものが何か、スザクには分かっていない。分かろうともしない。日本最後の首相であった枢木ゲンブの息子でありながら。何故なら、たとえイレブンと呼ばれている日本人の大多数の真の望みが何であれ、彼にとって、正しいのは自分の考えだけなのだから。だからできるはずのないことを、できると信じて声高に叫び続けるのだ。少しでもスザクの考えを否定すれば、間違っていると告げれば、それを間違っているとして己の考えを押し付けようとする。
だからスザクは自分が皇女の騎士となった後も、俺たち兄妹の置かれている立場も何も考えず、平然と学園に通い続けることができるのだろう。自分がどういう立場にあるのか、それを周囲のブリタニア人がどう考えているか、あるいは、スザク本人に対する思いはどうあれ、特にアッシュフォード学園やそこに存在する者たちがどのような影響を受けることになるか、何も考えず、思いもせずに。
そしてそのスザクの存在のおかげで、俺たち兄妹にとっての箱庭はあまりにも簡単に崩れ去った。
ユーフェミアの学園への訪問、それだけならまだしも、そこでマスコミを通して公表された“行政特区日本”の設立。
それがどんなものなのか、何を意味するのか、何も考えず、ただ、それまで以上にユーフェミアを賛美し、ゼロを否定し、俺に、俺たち兄妹に特区への参加を促してくる。俺たちの立場など何一つ考えることもなく。ブリタニア人である俺たち兄妹の特区への参加が如何に危険なことなのか分かろうともせずに。俺たちの出自を考えればなおさらなのに。だがスザクはそんなことには一向に考えが及ばないらしい。お気楽、とでも言えばいいのだろうか。それともただ単に何も考えず、ユーフェミアを信望しているだけだということだろうか。ユーフェミアの言うことなら何も問題はないと、間違いはないとでも思っているのか。きっとそうなのだろう。愚かなことだ、真実を何も見ていない、見えていない、気付いていないし、考え知ろうともしていないということなのだから。
そしてユーフェミアの提唱した“行政特区日本”での出来事。俺はユーフェミアとの話の中、彼女の手を取ろうとしたのだが、そこで起こったのがギアスの暴走だった。それに気付かぬままに発した言葉が、ユーフェミアに対しての命令となってしまい、俺はそれによって齎される悲劇を止めるためにユーフェミアを撃った。
そしてその後、その勢いのままにトウキョウ租界に攻め寄せたが、ナナリーが浚われたことを知り、戦場を離脱する羽目に陥った。
そしてナナリーが連れていかれたギアスとコードに関係する遺跡のある神根島で、俺は、スザクにその存在が間違っていたと否定され、撃たれた。
スザクがランスロットのデヴァイサーだと知っても、ユーフェミアの手を取っても、それでも俺は、スザクのことを唯一人の親友と思っていたのに、スザクは違ったのだ。スザクにとっては、俺やナナリーよりもユーフェミアが大切で、全てで、俺との友情など、とうに消えていたのだ。スザク自身、もしかしたら無意識だった可能性もあるが。そのことに俺は気付けずにいた。それが間違いだったのだ。スザクを大切な幼馴染、友人だと、親友だと信じ続けたことが。
結果、俺はスザクによって父シャルルに売られた。臣下としては最高位のナイト・オブ・ラウンズになるというスザクの出世と引き換えに。それによって、スザクが自分の思った通りにブリタニアを変えていくことができるようになったなどと考えたことが嘲笑えて仕方なかった。それはシャルルによって書き換えられた記憶をC.C.によって取り戻してからのことではあったが。
俺だけではなく、かつてスザクのために色々と気遣いをしてやっていた生徒会のメンバーに対しても、スザクはシャルルがギアスをかけたことに対して何も感じてはいないようだった。俺のギアスは否定したのに、シャルルのギアスは肯定する。それは、俺のギアスがユーフェミアに汚名をきせ、ひいては俺が彼女を死なせた─ きっかけとなった── からか。しかし、俺のギアスを否定しながら、皇帝のギアスを肯定するという矛盾に気付いていないのだろうか。俺のギアスを否定するなら、シャルルのギアスも否定すべきであるのに。おそらく気付いていないのだろう、考えてもいないのだろう、その大いなる矛盾に。自分がアッシュフォードのミレイたちに対しても加害者なのだということにも、一切気付いていないのだろう。本当におかしなことだ。それでよく、自分が正しい、ゼロが間違っているなどと言い続けることができるものだ。
そんな中、一人、皇室に戻ったナナリーがエリア11に総督としてやってくるという。その情報を得て、ナナリーの奪還を図ったが、ナナリーは俺を、ゼロを否定し、スザクの手を取った。そのスザクが己の兄である俺に対してしたことを何も知らぬままに。
ショックだった。いや、そんな簡単な言葉では済ませられない。
俺はゼロの仮面を外そうとしたが、カレンの言葉に引き留められた。
「夢を見せた責任を取りなさい」
そう、ゼロは何時の間にか俺の思惑を外れて、イレブンの夢、希望となっていたのだ。ブリタニアからエリア11となった日本を解放してくれる存在なのだと。
それを否定しきることはできなかった。そう、俺にとっては全てナナリーのためだっだが、ゼロは何時しかそれを遥かに上回る存在になっていたのだ、イレブンにとって。だから俺は仮面を被り続けた。
エリア11に総督として赴任してきた第6皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニアは、その就任演説の中で、自分の身を曝し、「自分には何もできない」と告げ、更らにはユーフェミアの提唱した“行政特区日本”を再建すると宣言した。
それが何を意味するか、ナナリーは理解しているのだろうか。理解などしていないだろう。理解していればそんなに簡単に“行政特区日本”を再建するなどということを口にすることなどできないはずだから。それらの様子を見ていれば、ナリーがこの1年、皇族としてあるべきことを何も学んでいないだろうことが察せられる。そんなナナリーに総督たる資格などないことも簡単に判断できる。それが分かっていないのは、本人と、その補佐たることを任じられたスザクくらいのものだろう。二人とも、夢を見て、願えばそれが叶うと信じているだけだ。なんと浅はかなことか。ナナリーがエリア11の総督としてある価値は、ゼロたる俺に対しての柵でしかないのだ。それ以外には本人たちの思いや考えはどうあれ、何も無いのだ。
しかし俺にナナリーと戦うということは考えられなかった。だから策を巡らした。ナナリーとの戦いを避けるために。
そして黒の騎士団はもちろん、多くの人々を伴ってエリア11を脱出し、中華連邦から借り受けた蓬莱島に合衆国日本を設立し、ラクシャータが開発した俺専用のKMF蜃気楼を使って、エリア11と蓬莱島を何度も往復しながら、真に日本を独立させるために、その先にはブリタニアを滅ぼすために、精力的に動いた。
その間に黒の騎士団では一番の戦力といえるカレンを捕えられるということもあったが、ブリタニアに対抗するための組織、超合集国連合を設立し、黒の騎士団はその外部機関となり、その超合集国連合最高評議会の決議として、日本奪還のために動き出した。しかし、もちろんその中でナナリーを奪還することを忘れてはいない。そのための策は立てた。
キュウシュウ方面で戦いを進める本隊とは別に、政庁を落とすべくトウキョウ租界を攻めたトウキョウ方面軍は、ブリタニアの新兵器フレイヤの前に大混乱に陥った。黒の騎士団だけではない、ブリタニア軍にも、いや、それ以上にトウキョウ租界の広大な地域が、多数の民間人、非戦闘員をも巻き込んで、一瞬のうちに消え去った。ナナリーがいるはずの政庁を中心に飲み込んで。
ナナリーが失われてしまった。俺の全て、俺の生きる目的、俺がゼロとして起った目的、それは全てナナリーのためだったのに、それはもう失くなってしまった。俺にはもう何も無いのだと、俺は荒れて、記憶を改竄されていた間、ナナリーがいた場所に、偽りの弟して俺の傍に、監視者として、そして俺が記憶を取り戻した時には殺すための暗殺者として俺の傍にいたロロ。懐柔し、利用して、そして何時か殺してやろうとすら思っていた。それらの罵倒を浴びせたというのに、ロロはシュナイゼルに懐柔されて俺を殺そうとした黒の騎士団の幹部をはじめとする日本人の団員たちから、俺を守り、助け出してくれた。そのために自分の心臓に負担のかかるギアスを酷使して。ずっと一緒にいながら俺のことを理解しきれていなかったナナリーと違って、共に過ごしたのは僅か1年程どに過ぎなかったというのに、たぶん、C.C.を除けば、俺のことを誰よりも理解してくれていた。こんな情けない兄を、弟として愛してくれた。だから今は言える。確かに血の繋がりはない、共に過ごしたのは僅かな間だけ、それでもおまえは、いや、おまえだけが俺の本当の弟だと。
そうしてロロの命と引き換えに助かった俺を更に絶望に落とし込んだのは、ほかならぬ両親、V.V.のコードを奪って不老不死となった父シャルルと、死んだはずだった、しかし精神のみ生きていた母マリアンヌ。二人の余りにも身勝手な考えに、その行動に、俺は怒りを覚えた。そのために俺は異母兄妹を殺したというのか。ナナリーを失ったというのか。
俺は必死の願いを込めて、人々の集合無意識たる神に祈った。明日── という名の未来── が欲しいと。
神は俺のその願いを聞き入れ、結果、父シャルルと母マリアンヌはCの世界に飲み込まれた。
その後、その場に居合わせたスザクと共にブリタニアに渡り、いずれ俺の命をくれてやるとの約束でスザクを騎士とする契約を結び、ある計画を立てて、皇族や貴族たちにギアスをかけ、俺はブリタニアの皇帝となった。
その計画の中、ナナリーが生きていることが分かった。シュナイゼルがフレイヤが発射される前に、ナナリーを救い出していたというのだ。死んだのは囮だったのだ。そしてナナリーは俺とスザクに敵対宣言を告げた。
それを聞いて俺は思った。ああ、やはりこの妹は何も分かっていない。己が為さねばならないのに為さなかったことも、為してはいけないことを為してしまったことも、何一つ分かっていない。フレイヤが落とされ混乱に満ちたトウキョウ租界を、エリア11を見捨て、1億からの民のいる自国の帝都にフレイヤを落とすことを認める。それがどんなことなのか、理解しようとういう努力すらせず、自分にとって都合のいい言葉だけを信じている。そんな娘をブリタニアという大国の皇帝の座につけるなど、できようはずがない。
だから俺は決めた。スザクとの契約を破ることになってしまうが、もう弱肉強食なんていう馬鹿げた考えのない、区別はあっても差別のない、ロロのような家族を知らずに育つような子のいない、完全に平等というわけにはいかないだろうが、それでも、せめて誰もが明るい明日という未来を描ける、夢見ることのできる世界を創ることを。この世界のために、そこに生きる全ての人々のために。
いや、そうじゃない。ほかの誰でもない、俺を守って死んでいったロロと、誰よりも、俺自身の望みのために。
── The End
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