ただ一人のために



 兄弟姉妹は大勢いる。ただし、母親が違い、血の繋がりは半分だけ。住む場所も違い、そうそう会うことがないことを考えれば、俺にとっての本当の兄弟姉妹は、他に何人いようとも、母を同じくする妹のナナリー唯一人だけだ。
 住んでいた離宮を襲撃され、母は殺され、巻き込まれたナナリーは両足を打たれて麻痺し、ショックから瞳を閉ざしてしまった。そんな俺たち兄妹を、父親である神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニアは、名目はどうあれ、実質的には人質として開戦間近な日本へと送り出した。皇族であるにもかかわらず、供の一人、大人の一人つけずに。大人がいたのは、滞在先の、当時の日本の首相である枢木ゲンブの管理する枢木神社まででしかなかった。しかも住まいとして与えられたのは、その枢木神社の中にある古びた土蔵だった。
 ブリタニアと日本は、両国関係も含めて、国民感情も悪化の一途を辿っていた。だから俺が買い物に町に出ると、何時も他の日本人の子供たちからかなりの苛めにあい、負傷したことも何度もあった。大人たちからも、直接的な苛めこそなかったが、冷たい視線を向けられ、訪れた店では物を売ってもらうことが叶わないこともあった。
 だが、そのような状態にあることを、ナナリーに告げて、知られて、心配をかけるようなことはできなかった。この場合に限っていえば幸いというべきか、ナナリーは目が見えない状態であったがゆえに、俺が、俺一人が我慢していれば、傷を負ったことを悟らせさえしなければいいことで、だから俺は、負傷した時などは、ナナリーに接する際は細心の注意をはらった。決して気付かせたりすることの無いよう、不安を抱かせたりすることの無いようにと。
 やがて両国は開戦した。一方的なブリタニアからの宣戦布告、そしてそれと同時の戦闘開始。俺がそれを知ったのは、いや、気付いたのは、空を飛んでいくブリタニアの戦闘機を目にした時だ。そう、俺たちには事前に何の知らせもないままのことで、つまり、俺たちの存在は忘れられた、いや、捨ておかれたままの状態だったのだ。もっとも、父の皇帝シャルルは、俺たちに行って死んで来いと送り出したのだから、ある意味、それは当然のことか。
 そして開戦前も、戦争中も、終戦後も、数多い兄弟姉妹の誰一人として、俺たち兄妹を探しに来てくれる者はいなかった。もっとも、送り出される時点で、それをどうにかしようと、俺たちを助けてくれようとした者など一人もいなかったのだからいまさらではあるが。せめて身体障害を負った妹のナナリーだけでも、とそれなりに親しくしていた兄姉に何とかしてもらえないかと頼んだが、それすらも無視され、拒絶されていたのだから本当にいまさらだ。俺たちはブリタニアから捨てられたのだと、それを改めて確認することになっただけだった。
 唯一の例外は、母の後見をしていたアッシュフォード家だけだった。母が殺されたことで、アッシュフォード家は大公爵という爵位を剥奪されていた。それを思えば、俺たちを見捨てても当然だっただろうにそれをしなかった。終戦後、俺たちを探しにきて、見つけ出し、庇護してくれた。一族の者たちには思惑あってのことのようではあったが、少なくとも当主のルーベンとその孫娘のミレイだけは、心から俺たちのことを心配し、庇護の手を差し延べてくれた。
 俺たちはアッシュフォード家の、正確にはルーベンの庇護の下、ヴィ家の兄妹は死んだものとして、偽りのID、偽りの名前と経歴を用意され、俺たちのために創設されたアッシュフォード学園の中に匿われた。生きていることが知れたらどうなるか分からないからと。実際、かつて枢木神社にいた時も幾度か暗殺者を送り込まれていたことを考えれば当然のことだろう。表向き、ヴィ家の兄妹は鬼籍に入ったことになっているが、何時誰に知られるところとなるか分からない。それを考えれば、どこまで注意をはらい、気を配っても足りないくらいだ。たとえその目的が暗殺ではなかったとしても、残る可能性は、母を失い、皇室の中では弱者となった俺たちに対しては政治利用目的くらいしかないのだから当然のことだ。ことに身体障害を負っているナナリーのことを考えれば、その思いは強くなる。
 そして戦後、ブリタニアに敗戦してエリア11となったかつての日本、トウキョウ租界に建てられたアッシュフォード学園、更にはその中に用意されたクラブハウスの居住区で、俺たち兄妹はルーベンの庇護の下、ナナリーの障害のことからメイドをつけてもらったりと、色々と便宜を計らってもらってはいたが、基本的には俺たちは二人だけだった。二人だけで生きてきた。
 俺が生きてこれたのは、ナナリーの存在があればこそだ。あの子の存在だけが俺をこの世に引き止めていたと言ってもいい。
 そう、母の死後、父から、異母兄弟姉妹たちから、ブリタニアという国そのものからすらも捨てられた俺にとって、ナナリーは天にも地にもたった一人の肉親、俺の妹、俺の愛、俺の全てだった。俺はナナリーのためだけに生きてきた。ナナリーのためだけに。ナナリーが小さな時からずっと、一番傍でナナリーを守って生きてきた。ナナリーを守るためなら、どんなことだって耐えられた。俺が望むのはナナリーの幸せ、あの子が弱者として差別されずに生きていくことができるようになること。そしてナナリーの願い、望みを叶えてやること。
 ナナリーの願い、それは『優しい世界になりますように』というものだった。確かにそんな世界になれば、ナナリーが身体障害を理由に弱者として差別され虐げられることなく生きていくことができるだろう。
 だから俺は仮面のテロリスト“ゼロ”となった。そうなった経緯は幾つものことの積み重ねの結果だったが。
 そして俺がゼロとして黒の騎士団を率いて活動を続けている中で、副総督の第3皇女ユーフェミアが、己の選任騎士である、俺の初めての友人、幼馴染の親友である枢木スザクが、騎士となって以降も通い続けているアッシュフォード学園の学園祭に変装して訪れた。ユーフェミアはそこでナナリーと出会い、そのナナリーから「このままでいい、お兄さまといることさえできればそれだけで」と告げていたにもかかわらず、俺に言わせれば己の勝手な判断で、周囲に何の根回しも相談もせずに“行政特区日本”の設立を宣言した。ユーフェミアの存在が知れた時、まずはとっさにその場を離れた俺とナナリーだったが、俺はユーフェミアの宣言を聞いて怒りを覚えた。何故ブリタニアは、あいつらは、次々と俺から奪い取っていくのかと。もう少しで一つの計画が形になるところだったのに、ゼロとしての俺の力である黒の騎士団すらも、無力化、形骸化しようとしている。ユーフェミア自身にはそこまでの思慮は無いだろうことは分かっていたが。しかも、俺たちの立場を知っているはずのスザクまでが、俺たちに特区への参加を促してくる。俺たちの立場を考えれば、そんなことができるはずがないことくらいすぐ分かるだろうに。
 俺はスザクが編入してきたその日のうちに、俺たち兄妹の出自と立場を知っていることから「アッシュフォードに匿われている」と説明していたが、スザクはただ知っているだけで、実際には何一つ理解などしていなかったのだ。きちんと理解していれば、俺たちに特区への参加を促してくるような真似はできないはずなのだから。
 ユーフェミアの唱えた“行政特区日本”は想定外のイレギュラー── ギアスの暴走、その結果のブリタニアによる日本人虐殺── により、悲劇── ユーフェミアの死、それも腹部へのたった一発だが、俺が撃ったことがきっかけ── に終わり、それをきっかけとしたイレブン、否、日本人の一斉蜂起となったブラック・リベリオンへと発展したが、その終盤、ナナリーが浚われたことが分かり、俺は戦場を離脱した。そしてそれを追ってきたユーフェミアの騎士、スザクによって囚われ、俺が憎んでやまない父シャルルに売られた。スザクの出世と引き換えに。
 その結果、俺は父シャルルから記憶改竄のギアスを掛けられ、自分の本当の出自をはじめ、ギアスとそれを与えてくれたC.C.のこと、黒の騎士団とその指令たるゼロとしてあったこと、母のこと、そして何よりもナナリーのことを忘れさせられた。そうして1年程、俺は様々なことを忘れさせられ、代わりに与えられた偽りの記憶とナナリーの代わりの弟。そして俺と同じく記憶を改竄された、俺が記憶を取り戻した場合の抑止力としての効果も考えたのだろう、生徒会のメンバー。教職員や生徒たちもその多くが入れ替わっていた。俺たち兄妹にとって箱庭だったアッシュフォード学園は、俺を餌としてC.C.を釣るための、俺の監視のための牢獄と成り果てていた。それが分かったのは、つまり俺が記憶を取り戻したのは、逃げ延びていた黒の騎士団の、卜部やカレンを中心とするメンバーの俺を救い出そうと、取り戻そうとする行動と、そして何よりもC.C.本人によるものだった。カレン以外のメンバーは全て死んでしまった、俺一人のために。せめて卜部だけでも助けたかった、俺を信じ、俺に全てを懸けて預けてくれた卜部だけでも。だがそれは叶わなかった。
 失った命は戻らない。だかこそ、俺は俺にできることをしなければと思う。C.C.のおかげで記憶が戻り、俺は自分と、その周囲の現状の全てを知った。偽りの弟! 本来ならば妹のナナリーがいるべき場所に平然として存在する偽者。ナナリーのいるべき場所を奪った存在。しかもそれはギアス嚮団を通して機密情報局から派遣されている暗殺者。俺が記憶を取り戻した際に、俺を殺すための存在。そんな存在を、俺は偽りの与えられた記憶に対して何の疑問を持つこともなく、自分にとって本当のたった一人の弟と信じて愛し慈しんできたのだ。
 そのことを俺は憎んだ。偽りの弟であるロロを。そしてそうなるようにした父シャルルと、俺を売って出世を買い、ブリタニアの臣下としては最高位であるラウンズの一人となり、今では俺の監視のための責任者となっているスザクを。しかも、浚ったのはスザクではないとはいえ、結果的に見れば俺からナナリーというい掛け替えのない存在をを奪ったのはスザクにほかならないのだから。
 結果、俺はロロを懐柔した。ボロ雑巾のようになるまで使って、何時か捨ててやるか、殺してやるつもりで。そうしたロロの協力もあって、アッシュフォードの地下に隠し部屋── 施設── を作り、そこで俺を監視していた組織の長たるヴィレッタを、彼女にはすでにギアスを使用していたことから、黒の騎士団の幹部の一人である扇との関係を種に脅し、他の機情のメンバーにはギアスを使って、俺の監視網は全て俺の手中に収めた。
 そして俺は囚われていた黒の騎士団のメンバーを解放したが、ゼロの復活を受けて、アッシュフォードに戻ってきたのが、ラウンズのセブンとなったスザクだった。しかも、奴は俺の記憶が戻っているかどうかを確かめるために、総督として赴任してくるという── 経緯はどうあれ、ナナリーは皇室に戻されたのだ。そして本人は知らないだろうが、俺の行動の柵、抑止として利用しようとしているのだ── ナナリーを利用した。かつて俺たち兄妹を守ると言っていたスザクは、俺を裏切り、俺を売り、ナナリーすら利用している。確かに奴の主であるユーフェミアの死のきっかけを作ったのは俺だが、それだけでユーフェミアが死んだわけではない。なのに奴は何も知らず、知ろうともせず、ただ俺だけを「ユフィの仇」と執拗に狙ってくる。先に裏切ったのは俺ではなく、奴の方だというのに、更にはかつてスザクを受け入れた生徒会のメンバーに対する奴の行動は加害者でしかないというのに、そんな意識は欠片もないままに、以前と同じような顔をして。
 俺は総督と赴任してくるナナリーの奪還を図ったが、それは失敗に終わった。しかも、ナナリーは何も知らず、気付いてもいなかったためだろうが、ゼロである俺を否定し、しかもスザクの手を取った。俺は落ち込み、リフレインすら持ち出したが、そんな俺を引き止めた物、その一つはカレンの「夢を見せた責任を取れ」という言葉だった。
 ゼロという存在は、すでに俺一人のものではなくなっていたのだと、その言葉で思い知らされたような気がした。しかし、ナナリーと対することなどできようはずもなく、俺はナナリーが就任宣言の中でいきなり提唱した、かつてのユーフェミアの“行政特区日本”の再建を利用して、その式典会場から、賛同者たち100万の日本人を連れてエリア11を去った。そして様々の経緯はあったが、中華と手を結び、更に手を広げて、ブリタニアに対抗する組織として“超合集国連合”を()ち上げ、黒の騎士団はその外部組織とし、中華の星刻を指令として、俺はCEOの座に就いた。
 超合集国連合の第一號決議は、日本奪還。俺はその行動の前に、スザクにナナリーの守護を頼むべく呼び出したが、結局は裏切られた。そしてその際の遣り取りを利用された。
 戦闘の最中、スザクの騎乗する“白兜── ランスロット── ”から放たれたフレイヤという大量破壊兵器によって、トウキョウ租界には巨大なクレーターができ、しかもその中心はナナリーがいたはずの政庁だった。ナナリーを失い、取り乱した俺を旗艦である“斑鳩”に連れ戻したのは、何時しか俺について俺に忠誠を誓ってくれたジェレミアだった。そして俺の知らぬ間にもたれた、動揺著しかった俺を除いた日本人幹部たちとシュナイゼルらの会談。シュナイゼルは俺の出自と、彼の知るギアスという力の一部を全てのように、そして俺だけが持つものとして、幹部たちに話し、結果、俺は裏切られたのだ。4番倉庫に呼び出された俺は、幾多の銃と、KMFにまで取り囲まれ、俺はチェックメイトだと、全て終わったのだと悟らざるを得なかった。しかしそんな俺を救い出した者がいた。それは、ナナリーの死を受け入れきれず、悪し様に罵り拒絶した、殺してやるつもりだったとまで告げたロロだった。ロロは俺を連れて、俺の専用KMFである蜃気楼で斑鳩から脱出し、自分の心臓に負担をかける彼のギアスである絶対静止を、俺の制止を聞かずに何度も繰り返し繰り返し使用して、俺を逃がした。
 結果、負担のかかりすぎた心臓は持たず、俺の言葉を、嘘だと、俺は嘘つきだから、兄である俺のことならなんでも分かると、その苦しげに、途切れ途切れに告げられる言葉に、俺はロロに対して「俺の弟だ」と返してやるしかできなかった。その言葉にロロの顔に浮かんだのは、満面の儚い微笑みだったが、同時にそれが最期だった。こんな俺を庇って、命を懸けて守って、ロロは死んだ。その時から、ロロは、たとえ血の繋がりはなくとも、真実、俺の弟となった。ただ、それに気付いたのはあまりにも遅かったが。
 その後、俺は父たちが行おうとしていた神殺し、“ラグナレクの接続”を阻止し、父と、精神だけ生きていた母を消し去った。つまり、殺した。
 そして俺はブリタニアの第99代皇帝として立った。つまり帝位を簒奪した。とはいえ、弱肉強食を国是とするブリタニアであれば、兄弟間の争いをも奨励していた父である皇帝をを殺した俺が皇帝になることは、国是に沿ったことと思うのだが。
 いずれにせよ、俺は父たちを消した後、スザクとの契約のもとで立てた計画のために動いた。
 その一つはダモクレスに搭載されているであろうフレイヤを消失させること。もちろん、そのデータ、フレイヤを搭載した天空要塞ダモクレスも共に。
 それらを終えて、俺は計画通り、“悪逆皇帝”として、それまでの、特にブリタニアによる全ての負を一身に背負って、新しい、優しい世界のために、俺に代わってゼロとなったスザクに討たれる。
 そうすれば、世界は優しく変わっていくだろう。戦争ではなく、話し合いによる世界へと。ブリタニアの悪弊は可能な限り全て消し去った。その先は、ゼロとなるスザクと、彼のためのブレーンとしてギアスをかけて残したシュナイゼルの手腕、そして超合集国連合の力量如何によるものではあるが、それでも俺は信じたい。“悪逆皇帝”の死と引き換えに、新しい優しい世界が作られていくことを。そう、俺は世界の全てを破壊し、そして再生への道を作るのだ。それが、俺の宝、俺の愛、たった一人の妹、ナナリーに対して残してやれる最後のことだから。
 そしてまたその一方で、あるいは民衆によって俺の遺体は嬲られ、原型さえ留めぬものとなる可能性は大きいが、僅かでも遺るものがあったなら、それをロロの隣に葬ってほしいと、俺はジェレミアに頼んだ。俺を守るために死んでしまったロロ。俺の、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアではなく、ルルーシュ・ランペルージとしての、たとえ血の繋がりはなくとも、たった一人の大切な真実の弟だから。
 ナナリーが大切なことに変わりはない。あの子がいなかったら、俺は今まで生き延びることもなかったに違いない。それほどに俺にとってナナリーの存在は大きかった。俺にとってはたった一つの掛け替えのない存在だった。
 けれど、そんな俺にもう一人、掛け替えのないものができてしまった。それがロロだ。もうロロは死んでしまって何をしてやることもできない。だから、これからは二度とロロが苦しまずに済むことをせめてもの救いと考え、その大切な弟の隣に俺も眠ることを願う。俺の最期の我侭と、どうかそれだけは許してほしい。

── The End




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