拒 絶




 皇帝直轄領となったエリア11のトウキョウ租界で起きた、ゼロによる神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殺害の一件がとりあえず落ち着いたのを見計らって、ルルーシュの実妹ナナリーと、彼女を次代の皇帝にと祀り上げていた元帝国宰相シュナイゼル、その副官カノン・マルディーニ伯、第2皇女コーネリア、コーネリアの選任騎士ギルフォードの五人は、ひとまずブリタニアへと帰還した。
 ブリタニアでは、シュナイゼルの放ったフレイヤによる帝都ペンドラゴン消滅の後、ルルーシュによって古都ヴラニクスがまた改めて帝都として選定され、再開発が進められている。
 五人は前後を警備の者に守られながら、リムジンに乗って皇宮に向かった。しかし改装の進む皇宮の表門を入ったところで、彼らは思わぬ人物によって止められてしまった。
 前の車輌に乗っていたシュナイゼルとカノンの二人は、とりあえずその場で降りて、出迎えの── とは到底思えぬ様子なのだが── 枢密院議長シュトライト伯の前に立った。
「久し振りだね、シュトライト伯。此処であなたに会うことになるとは思わなかったよ」
「猊下のご命令でお待ちしておりました」
「猊下の? 猊下は御存命ということですか!?」
「もちろんです。後ろの車に乗っておられるコーネリア様、ナナリー様、それからギルフォード卿も、ご一緒に枢密院にお越しください」
 コーネリアたちはペンドラゴンへのフレイヤ投下の件があったとはいえ、シュナイゼルが枢機卿の存命にどうしてそこまで驚くのかと訝しんだが、ともかくも先に女性二人を車輌から降ろし、最後にギルフォードが続いて、シュトライトの後から、彼らは中門の手前にある枢密院の建物の中に入っていった。
 五人が案内されたのは、枢密院の最奥、枢機卿の執務室だった。
 広い一室だった。天井まで届いているかと思わせる大きな窓と、その手前にある大きく重厚な執務机、決して派手ではないが豪華な応接セット。一面の壁は全て書棚になっており、ぎっしりと本が詰められている。
「お客様をお連れ致しました」
 シュトライトの声に、窓辺に立って外を見ていた一人の人物がゆっくりと振り返った。
 黒髪に紫電の瞳、足元まで隠す黒い衣装に身を包んだその人物は、彼らのよく知る相手だった。
「ルルーシュ!?」
「お兄さまっ!?」
 コーネリアとナナリーがそれぞれに驚きの声をあげる。
「生きていたんだね、ルルーシュ」
 シュナイゼルはルルーシュが枢機卿であることを知っていたのだろう。それならばシュナイゼルとその副官であるカノンが枢機卿存命に驚いていたのも道理だ。
「改めて自己紹介しよう。枢機卿のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ」
「皆様、まずはお席にお座りください。何時までも立ったままで話を進めるのもなんでしょう」
 何時の間にか枢機卿── ルルーシュ── の隣に移動していたシュトライトが声をかけた。
 その声に促されるように、コーネリアはナナリーの乗る車椅子を押しながら、ぎこちなく応接セットのソファに腰を降ろした。ギルフォードは騎士という立場から、コーネリアの後ろに立っている。
「この前、東京でゼロに殺されたのは、あれは影武者か何かい?」
「いいえ、間違いなくあれも私ですよ」
 ソファに腰を降ろした途端に訊ねてきたシュナイゼルに、ルルーシュも正面のソファに腰を降ろしながら答えを返した。
「Cの世界で父上を消滅させた際に、予定外にコードを継承してしまったようでしてね、おかげで不老不死です」
「お兄さまが、枢機卿……?」
「不老不死だと? 一体どういうことだ!?」
「ギアスの関係ですよ。私自身もあまり詳しくは知りません」
「で、これからどうするつもりだい?」
「そうですね。幸い、皆、枢機卿の存在は知っていても表に出ることはないので、暫くは影ながら枢機卿として為すべきことをします。他にこの国を代表する者も機関もありませんしね」
 足を組み、ソファに深く腰を落としたルルーシュは、至極当然のことのように話す。
「代表ならナナリーがいる! 何時までもおまえがいることは許されない!」
 震えるナナリーの体を抱き寄せながら、コーネリアが厳しい口調で告げる。
「許されないのは私ではなくあなたがたですよ。ご自分たちが何をしたか、お忘れですか?」
「私たちがした事、だと?」
「自国の帝都であるペンドラゴンにフレイヤを落とし、多くの自国民を殺した。どのような理由であれ、それが許される行為だと思いますか?」
「そ、それは……」
「幸い、あなたがたが何かしようとするなら、私が日本に行っている間の事と予想して、枢密院を密かにこのヴラニクスに移し、他の行政官庁の情報も移管させたので、行政に関してはほとんど滞りなく進んでいます。ペンドラゴンにいた臣民に対しても、枢密院の名で、皇帝がいない間は極力帝都を離れているようにと通達を出していたので、多少なりとも被害を抑えることはできましたが、フレイヤを落とされた事実は変えられません」
「でも、シュナイゼルお異母兄(にい)さまが避難勧告を出したから……」
「そのようなものは出ていない。それを出したのは枢密院で、従ったのは一部の者たちだけだ」
 震える声で詰めるナナリーに、ルルーシュが冷たく告げる。
「そんな……。シュナイゼルお異母兄さまは、嘘をつかれたというんですか?」
「嘘をついたとかどうとか、そんなことはおまえたちだけの問題であって、こちらが問題視しているのは、被害の規模もそうだが、それ以前に、さっきも言った、自国の帝都に大量破壊兵器を打ち込んだことだ。国民はそのような行為を行った者たちを許さない。つまり、簡潔に結論を言うなら、ナナリーを国家の代表として認めることはないということだ。ゆえにこれからは枢密院がそれに代わる組織として動くことになる」
「それはこれから先も、全てはおまえの掌の上ということか!?」
「私は決済を下すだけです。枢密院はあくまで合議制ですから」
「猊下、例のことも話しておかれた方がよろしいかと」
 シュトライトがルルーシュの耳元で囁いたことに、そうだな、とルルーシュは頷いた。
「枢密院議員の一人、テューリアン男爵から出された意見ですが、これから我が国は内政に専念します。何せ、帝都を失ってやることが山のようにありますからね。旧エリアなどに対しての補償の問題もありますが、それは別として、今後暫くの間は他国、特に超合集国連合などですね、それらの国々との関わりは持ちません。独立独歩、悪い言い方をすれば孤立主義とでも言いますか、そうなる予定です。そういう次第ですので、あなたがたは安心してこの国を出ていってください。それが我々枢密院、並びにほとんどの国民の意見、総意です」
「私たちがこの国に留まることを認めない、ということだね?」
「そうです。むしろ処刑や刑務所への収監とならないだけ、ましだとお思いいただきたいですね。本当のところ、元々はそういった意見の方が圧倒的多数だったんですから」
 シュナイゼルの問いに、ルルーシュはそう答えた。
「それでは仕方ないね。とりあえず、日本にでも行こうか」
異母兄上(あにうえ)っ! ルルーシュの言い分に黙って従うというのですか!?」
「国民の総意と言われては、そうするしかないだろう。この国はもうかつてのブリタニアとは違うのだから」
「お兄さま、私は……」
 ナナリーは兄を呼んで、けれど何を言いたいのか分からずに言葉を濁した。
「数年、は無理でしょうが、四半世紀も経てば、この国は大統領制の民主主義国家に生まれ変わっているでしょう。神聖ブリタニア帝国は第99代皇帝の死と共に終わったのですよ」
 ルルーシュはその言葉を最後に、会見を終わりにした。
「待って、お兄さま。待ってください、お兄さま!」
 ナナリーの必死の叫びに、執務室から出ていこうとしていたルルーシュは一旦その足を止めたが、軽く一瞥しただけでそのまま執務室を後にした。
 自分は兄に見捨てられた、完全に拒絶されたのだと、ナナリーはこの時、初めて自覚した。
 シュナイゼルの言葉を信じ、ルルーシュの真意を知ろうともせずに詰めって、自分から敵だと言っておきながら、それでも兄は兄であり、自分はその妹であることに変わりはないのだと思っていた。自分が如何に甘い考えでいたのか、この時になって漸くナナリーは理解した。
「猊下ははっきりとは仰いませんでしたが、世論とそれを受けた枢密院の合議の結果、あなたがたには我が国からの追放処分が出されております。世論では、先程、猊下も口にされましたが、元々の意思からすれば、甘いという意見が多いのですがね。ですから早々にこの国から退去なさってください」
「もう二度とこの国に戻ってくることは許されないのですか? お兄さまに会うことは、できないのですか?」
「おそらく、猊下はもう二度とお会いになられないでしょう」
 シュトライトの言葉にナナリーは泣き崩れ、その躰をコーネリアが支えた。
「ルルーシュはこの先どうなるのかな?」
「この国が無事に民主主義国家になるまでは、今のお立場を維持されるでしょうが、その後のことまでは私如きには分かりません。ただ、二度と表に出られることはないと、そう思いますよ。
 それではできるだけ早くこの国を出られてください。あなたがたが此処に来られていることを知った市民たちが何やらしでかしそうな雰囲気になってきているようなので」
 シュナイゼルはともかく、コーネリアとナナリーは、フレイヤの投下は遣り過ぎのような気はしたものの、それでも必要なことなのだと思っていた。だがそれは自分たちだけの勝手な思い込み以外のなにものでもなく、この国から、国民から拒絶されたのだと思い知らされた気がした。

── The End




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