枢機卿の騎士




 ジェレミア・ゴットバルトがエリア11となったかつての日本に派遣されたのは、租界が()ち上がってから間もない頃だった。
 かつての日本において、終戦間際、彼が以前に主と仰いだ敬愛している皇妃マリアンヌの遺児二人が、今はイレブンと呼ばれるようになった日本人に殺されたと知った時のジェレミアの怒りと嘆きは、相当のものだった。ゆえに、彼は純血派に属し、抵抗するイレブンに対しては何の躊躇もなく、徹底的に弾圧を強いた。
 そんな日々を過ごしていたある日、同僚の一人から、本国の枢密院から通信が入っていると呼ばれた。
 枢密院といえば、皇帝直属の諮問機関であり、また、時に皇族や貴族、高位軍人の綱紀粛正を行っている機関である。その枢密院が何故自分に、と不思議に思いながら、ジェレミアは通信室に入っていった。
 通信室に入ると、スクリーンには一人の男が映っていた。
『ジェレミア・ゴットバルト卿ですね』
「はい」
 頷きながら、ジェレミアはスクリーンの前まで歩を進めた。
『私は枢密院議長のシュトライトです。内密のお話がありますので、途中で誰も入ってこないよう、扉に鍵をかけていただけますか』
「……分かりました」
 一言そう答えて、ジェレミアは扉に鍵をかけると、スクリーン前の椅子に腰を降ろし直した。
「それで、枢密院の議長閣下ともあろう方が、自分如きに何の御用でしょうか?」
 何をしただろう、純血派に身を置いていることが何か問題なのだろうか、いや、そんなはずはない、と頭の中で考えながらスクリーンの向こうに問いかける。
『卿は確か以前、今は亡きマリアンヌ皇妃殿下の離宮の守衛任務に着いていたことがおありでしたね』
「っ! ……はい。確かにその通りです。しかし役目を果たしきれず、マリアンヌ様をお守りすること叶いませんでしたが……」
 スクリーンの下、拳を握り震わせる。
 今まで何の咎めもなかったが、今になって遂にその咎めを受けるのか、とジェレミアは思った。
『実は、先頃、皇妃殿下の遺児であるルルーシュ殿下が、皇帝陛下の命により我が枢密院のトップである枢機卿に就任されたのですが、その際、陛下が騎士を決めるようにと仰せになり、殿下、いえ、猊下はそのアリエス離宮での縁からか卿の名を出されたのです』
「はっ? あ、あの、ルルーシュ殿下は亡くなられたのでは? 生きておいでなのですかっ!?」
『妹君共々ご無事でご生存あそばされております。現在はそちら、エリア11でアッシュフォード家の庇護を受けておいでです』
 シュトライトのその言葉に、ジェレミアはほっと一つ、大きな息を吐き出した。生きておられた、それはどれ程の喜びであろうか。
『猊下は暫くは名を変え、身分を隠して市井に生きられます。従って、騎士に、といっても、いずれ時が来るまでは現状のまま。猊下の生存も、その騎士となったことも極秘に、卿の心の内に留めておくだけにしていただきたい』
「畏まりました。その時とやらが来るまで、このジェレミア・ゴットバルト、全てを心の内に秘め、しかし枢機卿猊下の騎士として相応しくあるよう、これまで以上の鍛錬に励みましょう」
『それは頼もしいことです。猊下は良き人物を騎士としてお選びになられたようだ』
 これがジェレミアが後に“流転の騎士”と呼ばれる始まりになったとは、この時は誰も思いはしなかった。

── The End




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