日本政府が神聖ブリタニア帝国に対して全面降伏して程なく、誰もいなくなった枢木神社から、その土蔵内に暮らしていたブリタニアの第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、妹姫ナナリーと共にその土蔵を抜け出した。
足の不自由な妹をその背に背負い、苦労して神社の階段を降り終えた時、周囲から数名の男たちが現れて取り囲まれた。
警戒して一、二歩下がるも、男たちは一様にルルーシュに対して膝を折った。
よくよく見れば、その中心にいるのは、かつて母マリアンヌの後見だったアッシュフォード家の当主、ルーベンだった。
「ルーベン」
ほっと一安心したように、ルルーシュが息を吐き出す。
「ご無事で何よりでございました、殿下」
こちらも無事な姿を見ることができたことに安心したように、頭を垂れる。
男たちのうちの一人が立ち上がり、ルルーシュが背負っていたナナリーを受け取った。
「あっ……」
兄の背から引き離される時、ナナリーが不安そうな声を出したが、それに気付いたルルーシュが優しく声をかける。
「味方だから安心して大丈夫だよ、ナナリー」
そう告げられたことに安心してか、ナナリーは力を抜いて、自分を抱きしめる腕に収まった。
「陛下のご命令で、開戦前、殿下方がこちらに来られたとほぼ同時にこちらに参りましたが、当時はただ見守ることしかできず、ずっと心配しておりました。周囲の者たちからの非道も、さぞかしお辛かったでしょうに、何の手出しもできず、どれほど歯痒かったことか」
「日本に来ることになった時から想像していた事だから、辛くなかったといえば嘘になるけど、でも本当に危なくなったらお前たちが守ってくるれと知っていたから、大丈夫だったよ、ルーベン」
ルーベンに庇護されてから半年もした頃、かつての日本の首都であった東京の跡地にトウキョウ租界が起ち上がり、ルーベンは早速広大な土地を取得して、全寮制の学園を建設し始めた。
そしてルーベンの屋敷で妹のナナリーとゆったりと時を過ごしていた時、ルーベンがルルーシュだけを呼びに来た。
「何かあったのか?」
「本国の陛下から通信が入っております」
「父上から?」
会話をしながら二人は屋敷の地下へと降りる。そこには十分なセキュリティに護られた一室があった。それを潜って二人して中に入ると、正面のスクリーンにルルーシュの父である現ブリタニア皇帝の姿があった。
「父上!」
「連絡を取るのが遅くなって済まなかったな、ルルーシュ」
「いえ、ルーベンから状況は聞いていましたから」
「うむ。だがまずはそなたの無事な姿を確認できて何よりだ。苦労をさせたな」
「いいえ。全てはあの日に父上と二人で決めた事です」
普段の皇帝とは違って、その瞳には他の者には決して向けることのない、愛息子に対する愛情が見てとれる。
「いずれにせよ、事を起こすのはそなたがもっと成長してからだ。それまではルーベンの元で。よいな?」
「はい」
「それと、後々の事を考えて、そなたに肩書きを一つ用意した」
「肩書き?」
「枢密院の枢機卿だ」
「枢機卿!? でも、僕はまだ10歳ですよ」
「今は名のみでよい。だがいずれは役に立つ時が来よう。それまでは」
皇帝はそう言って後ろを振り返った。そこには二人の貴族が立っていた。
「枢密院議長のシュトライト伯爵と、副議長のマキャフリー子爵だ。普段はこの二人が枢密院を取り纏めている。何、枢機卿不在という状況はこれまでも度々あったが、特に問題となったこともない。ゆえにそなたが心配することはない。それなりの年齢になったら枢機卿としても働いてもらうことになるやもしれんが、それでも表に出なければならないようなことは、まずあるまい」
「分かりました。父上がそう仰るのでしたらお受けいたします。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ、よろしく頼む、シュトライト伯爵、マキャフリー子爵」
父であるシャルルに応じた後、ルルーシュはシュトライトとマキャフリーの二人に声をかける。それに対し、二人がルルーシュに対して礼をとった。
「ルルーシュ、詳しい事はルーベンに話してあるから後で聞くとよい。今は雌伏の時。そなたの成長を楽しみにしておるぞ」
「はい、父上」
「ルーベン、先にも話した通り、ルルーシュたちのこと、くれぐれも頼むぞ」
「畏まってございます、陛下」
「うむ」
それを最後にスクリーンが消え、今はまだ名のみのとはいえ、数十年ぶりに枢密院に本来のトップたる枢機卿が誕生した。
── The End
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