「君、君っ!」
生徒会の買い物を済ませて店を出たルルーシュとリヴァルに、後ろから声がかけられた。明らかに自分たちのどちらかだと思った二人は、その声のした方に向かって振り向いた。
「ああ、君の方だよ」
声をかけてきたのは、30代半ば頃と思われる少し痩せ気味の一人の男性だった。明らかに普通のサラリーマンではないのが見て取れる。男はルルーシュの方を見てそう声をかけた。
「俺が何か?」
ルルーシュはリヴァルと二人顔を見合わせてから、男に尋ね返した。
「いや、僕、こういう者なんだけどね」
言いながら、男は胸元から名刺入れと思しきものを取り出し、その一枚をルルーシュに向けて差し出した。そこに書かれていたのは、どちらかといえば芸能事には疎い自覚のあるルルーシュですら知っているさる芸能プロダクションと、男の名前だった。
「君、芸能界でデビューする気はないかい!? 君のそのルックスと容貌だったら売れること間違いなし!」
差し出されるままの名刺を思わず受け取ってしまったルルーシュは、男の勢い込んだ声に思わず一歩引いてしまった。
リヴァルは脇からその名刺を覗き込み、そこに書かれているプロダクションの名前に、目を見開いた。
「すげえじゃねぇか、ルルーシュ」
「ルルーシュ君ていうのかい?」
「え、あ、はい」
「どうだい、君、演技はできる? 歌は? でもモデルとしてだけでもやっていけるかな」
「あ、あの、俺、まだ学生なんで……」
「今時学生やりながら芸能活動してるアイドルはたくさんいるよ。君たちが今着ているその制服からすると、アッシュフォード学園かな?」
どうやらアッシュフォード学園のことも知っているらしい。そういえば、高等部の女子生徒に芸能活動してる生徒が一人いたな、とリヴァルが思い出した。
「他のプロダクションだけど、歌手として活躍してるセリーナ・ファレスって、確かアッシュフォードの生徒だったろう? ってことは、君だって学生しながら芸能活動しても差し支えないんじゃないかな?」
「いや、俺、あまりそういうことって興味ないですし」
「そんなこと言わずに、一度カメラテスト受けてみないか? 今、ある企業のCMのモデルを捜してるところなんだが、君の印象がその企業の提示してきたイメージにぴったりなんだよ」
引き気味のルルーシュに対して、男── 名刺にはジョー・エルムズとあった── は押せ押せの態度で、ルルーシュから応諾を取ろうとしている。そしてルルーシュの隣にいるリヴァルにも声をかけた。
「君は彼の友人かい? 彼なら芸能界でもやっていけると思うだろう? どうだい?」
「そりゃ確かに、ルルーシュは学園一の人気者だし、男なのに立ってるだけで華があるっていうか」
「そうだろう、そうだろう! どうだい、君、是非一度我がプロダクションに顔を出してだね」
「いや、ですから、俺、そういうの興味ないんで。それに、今は生徒会の買い物の途中なんであまり遅くなるとまずいですから」
自分たちは用事の途中であり、時間はないのだと、それでせめてこの場をしのごうとするルルーシュだったが、男はそう簡単には引き下がらなかった。
「アッシュフォードで生徒会役員のルルーシュ君だね。じゃあ、今日は無理でもまた日を改めて連絡させて貰うよ。ああ、名刺はそのまま持っていてくれ。そうだね、善は急げと言うし、明日にでも連絡を入れよう」
そう言うとリヴァルを見て、
「君、君からも是非、彼に芸能活動を勧めてくれたまえ! 彼ならきっと売れる、間違いないから!」
そう告げると急いで駆け出していった。 リヴァルが推測するに、おそらくプロダクションにルルーシュのことを報告に走ったのだろう。携帯で連絡すれば早いのに、それより直に話した方がいいと判断したのかと思いつつ、リヴァルはルルーシュを見やった。
ルルーシュは渡された名刺を片手に固まっている。
「……明日にでも連絡入れるって、学園にか? 生徒会にか? また会長にからかわれるだけじゃないか」
「いや、きっと面白がって話進めると思うぜ。俺はそれに一票」
「リヴァル、他人事だと思って楽しんでるだろう?」
「そりゃもちろん楽しんでるさ、悪友が名だたる芸能プロダクションにスカウトされたんだぜ、こんな喜ばしいことはない!」
そう言って、リヴァルはバン! と思い切りルルーシュの背中を叩いた。
「痛いぞ、リヴァル」
「それより早く帰ろう! 帰って会長に報告だー!」
「おい、ちょっと待て!」
走り出したリヴァルを追って、ルルーシュも駆け出した。
学園に戻った二人だったが、これをミレイに話さない手はないと、リヴァルは生徒会室に入るなり話し始めた。
「聞いてくださいよ、会長! ルルーシュの奴、芸能プロダクションの人にスカウトされたんですよ!」
「えーっ、ルルちゃんが?」
「嘘、マジにっ!?」
生徒会室にいたミレイとシャーリーが驚いたように声を張り上げた。
「そうっす。それも大手のアムスペース社!」
「ホント?」
「買い物帰りに声かけられて、ルルーシュの奴しっかり名刺受け取らされて」
「見せて見せて、その名刺! ホントにあのアムスペース社なの?」
ルルーシュはいやいやながら、捨てるに捨てられずに持ち返ってきてしまった名刺を取り出して、ミレイとシャーリーに差し出した。それを二人が覗き込む。
「嘘ーっ、嫌ーっ、これ以上ライバルが増えるのは勘弁してーっ!」
思わずシャーリーが頭を抱えて叫んでいた。
「ライバル?」
シャーリーの言葉に意味が分からず、ルルーシュは小首を傾げた。そんな様子に、ミレイは面白がるようにルルーシュに応えた。
「ルルちゃん、今一つ学園内での自分の人気に気付いてないからねぇ。うんうん、これでルルちゃんが芸能界デビューすれば、これまでに撮り溜めたルルちゃんの写真を学園の外にも売れて、生徒会の運営費用が増えるわね」
「なんです、撮り溜めた写真て……?」
「あらー、ルルちゃんの写真って学園内では人気No.1なのよー。その売り上げでどれだけこの生徒会の運営費が潤っていることか」
ケラケラと面白そうに、ルルーシュが気付いていなかったことをバラすミレイだった。
翌日、約束通りに── ルルーシュは約束した覚えはないのだが── アムスペース社のジョー・エルムズと名乗る男から生徒会宛に電話が入ったことは言うまでもない。
そして本人を無視して、マネージャーよろしくミレイがその応対にあたり、更にその翌日、ルルーシュはミレイと共にカメラテストとやらを受けにスタジオに赴くことになってしまった。
それに慌てたのは、ルルーシュの監視をしているヴィレッタたち機密情報局だった。
果たしてルルーシュに芸能活動など許していいものか。もし万一デビューなどして本国にまで知れ渡ったら、誰かしかルルーシュが死んだとされている第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだと気付くかもしれない。しかし今はまだカメラテストの段階で、本人自身に乗り気がないのだし、とりあえずは静観でいいのではないかと論議になった。
しかしヴィレッタたちの考えは甘かった。お祭り好きのミレイがこの話に乗らないわけはなく、そしてそんなミレイに何故か今一つ逆らえないルルーシュという組み合わせに、何時の間にやらとんとん拍子にルルーシュのCM出演が決まってしまったのだ。
ロロを含む機密情報局すら気付かぬうちに、エリア11内にルルーシュが写ったCMポスターが溢れるまであと僅か。
── The End
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