裏切りの末




 扇たちが呼んでいるからと、カレンに言われてゼロことルルーシュが連れてこられたのは斑鳩内の4番倉庫だった。
 そしてそこで彼を待っていたのは、銃を構えた黒の騎士団の幹部や団員たちの姿だった。KMFも控えている。
「観念しろ、ゼロ!」
「よくも我々をペテンにかけてくれたな!」
「君のギアスのことは分かっているんだ!」
 次々と浴びせられる批難の言葉の間に、ルルーシュは倉庫の一角に、自分の異母兄(あに)であるブリタニアの宰相シュナイゼルとその副官の姿を認めた。
 ── そうか、全てはあなたの掌の上のことということか、シュナイゼル!
 あのフレイヤ弾頭の光の中に、自分にとって他の何よりも、誰よりも大切な者を失ったルルーシュは、もうどうでもいい、と思ってしまった。
 そしてルルーシュは黒の騎士団のメンバーを煽るかのように、おまえたちは駒であり、全ては盤上のゲームだったのだと憎まれ口を叩く。
 そして藤堂の「撃て!」との号令の後、そこには在るべきはずのゼロの死体は跡形もなく、何時の間にか起動していた蜃気楼が4番倉庫から発進していた。



 ブリタニアとの休戦協定の手前、形だけでも整えねばならず、しかし時間もないことから、スクリーン越しでの最高評議会開催となった。
「このような次第で、ブリタニアと休戦協定を結ぶ方向で話が進んでいます。皆様、ご賛同いただけましょうか」
 ゼロ亡き今、体制の立て直しのためにも休戦は必要なことであるとし、神楽耶は他の議員の賛同を求めた。
 だが、そこに思わぬ横槍が入った。
『休戦協定だけではなかろう。確か、先刻の話では日本返還も含まれていたと思うが』
 それを口にしたのは、オブザーバーとして参加を求められた、ゼロを欠いた現在の黒の騎士団のNo.1となった総司令の黎星刻だった。
 それにより最高評議会の雰囲気は一変した。
 休戦協定だけならこの際やむを得ないかもしれない、といった雰囲気が大勢を占めていたが、その中で、日本だけがブリタニアから返還されてその上での休戦協定となれば話は違ってくる。
 そもそも日本奪還を契機として世界各地で一斉蜂起し、そして対ブリタニア戦をあちこちで同時多発的に起こさせる。さすればさしものブリタニアもその全てに対応はできなくなるだろう、との見込みだった。だがゼロを欠いたことにより、作戦に支障が出るのがほぼ確実と思われる以上、休戦協定は止むなしと思われたのだ。
 しかし日本だけが返還されてその上での休戦協定となれば、黒の騎士団の幹部のほとんどが日本人で占められている以上、これ以上の再度の再戦は望むべくもない。
 議員の多くは直接は黒の騎士団幹部を知らないが、しかしそのほとんどが日本人であるというその一点から、そして元が日本解放のためのレジスタンス組織であったことから、日本が返還されればそれで彼らは満足してしまうのではないか、という思いに囚われる。
 そして更に投げ込まれた一石。
『碌な検証もせずに、ただ敵の大将である宰相シュナイゼルによって示された言葉と証拠を信じ、更にはブラック・リベリオンでの功績によって男爵に叙せられた機密情報局員を地下協力員などという扇事務総長の言葉をそのまま鵜呑みにし、これまで自分たちのリーダーとして仰いできたゼロを簡単に裏切った者たちの言葉を、そう簡単に信用することはできない』
「それは……」
『本当ですか、星刻総司令?』
『まさか、ゼロは負傷が元で亡くなられたのではなく、黒の騎士団幹部に裏切られたと!?』
『それではもしや、ゼロは生きいるかも!?』
『いや、裏切られて殺されたのではっ!?』
 通信ではあるが、リアルタイムで次々と発言される中、神楽耶は口を挟む余裕がなかった。
 そんな中、中華の天子が発言する。
『私たち合衆国中華が連合に(くみ)したのは、ゼロ様がいらっしゃったから。ゼロ様が私を助けてくださったからです。そのゼロ様を裏切るような黒の騎士団を、私は、私たち中華は信用できません』
「違います!」
 神楽耶は思わず髪を振り乱して叫び声を上げた。
「私たちが裏切ったのではなく、ゼロ様が、ゼロが私達を裏切っていたのです! かつての“行政特区日本”での虐殺もゼロがさせたことと、シュナイゼル宰相の持ってきた証拠は示していました!」
『私たちはゼロ様の本当の声を知りません。あの方は常に変声機で声を変えてらっしゃいました。でもシュナイゼル宰相の持ってきたテープに入っていたのは肉声だったとか。あなたがたはゼロ様のお声を知ってらっしゃったのですか? それ以前に、敵が自分たちに不利な証拠を持ってくるとお思いなのですか? 普通なら、自分たちに都合のいい証拠だけを持ってくる、あるいは作り上げてくる、そう考えるのが当然のことではありませんか?』
 ついこの前まで大宦官たちに操られていたとは思えないほどの天子の発言に、それを耳にした他の議員たちは感心しながらも、もっともだ、十分有り得る話だ、と納得し始める。
『先刻、神根島でゼロ様、いえ、ゼロ様であられた、8年余り前の日本侵攻の際に亡くなられたとされていたブリタニアの第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下と、その殿下の騎士であるジェレミア・ゴットバルト卿を無事保護したと連絡がありました。
 ルルーシュ様が母国から死んでこいと日本に送られ、ご自分を捨てた母国を恨み、憎み、本気で戦ってこられたお姿に偽りはなかったはずです。ですから私たち合衆国中華は、超合集国連合を抜けさせていただきます。ついては、黒の騎士団に出向させている兵士たちも戻らせます。もちろん総司令である星刻もです。その上で、改めてゼロ様、いいえ、ルルーシュ殿下のご意見を伺い、対ブリタニア戦を考えていきたいと思います。もしこの意見に賛同の方がいらっしゃったら、これからも対ブリタニア戦を一緒に戦っていっていただきたいと思います』
「天子様! 天子様はルルーシュの持つギアスという異能の力に操られているのです! お考え直しください! ここで連合が分裂するなど、ブリタニアに有利になるだけです!」
『今ここで戦争を止める方が、ブリタニアにとって都合がいいことになるのではないですか? 第一、ギアスなどというわけの分からぬ異能で我が国が、私が操られているなどと言われるのは心外です』
 眉を顰めながら告げられたその言葉が、全てを決したといってもいい。日本以外の全ての国が、休戦協定に賛成するどころか、連合からの脱退を宣言した。
 事実上、連合はそのまま残り、逆に日本が弾き出された格好だ。
『それでは皆様、この後のことをご相談するために早急に我が中華の首都洛陽にお集まり願います。その中で、新しい軍事組織についてもルルーシュ様のご意見を伺いながら、再編成していきたいと思います。それでよろしいでしょうか?』
 日本以外の全ての国がそれに賛意を示した。
『そういう次第だ。ブリタニアとの休戦協定と日本返還は、日本だけがブリタニアと条約を結ぶといい。それから、合衆国日本に貸与している蓬莱島だが、こうなった以上、早々に我が国に返還し、住民には退去願いたい』
 星刻からの言葉に、神楽耶の躰から全てを奪われたかのようにずるずると力が抜ける。
「……そんな……」
 私は、私たち日本は何をしたの? 何をしたというの? 私たちは間違ったことなどしていない、裏切ったのはゼロの方なのに。
 そうして簡単に敵の情報だけを真に受けて、その結果残ったのは、住まう場所を奪われた100万人の日本人と、元の黒の騎士団という名のレジスタンス組織だけ。

── The End




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