第15皇子のクリスチャンがその名を耳にしたのは、彼が自分用のKMFのことでロイド・アスプルンドの元を訪れた時のことだった。もうこれからは戦争なんて起こらないだろう。あの優秀な異母兄を皇帝として世界が一つに纏まった今、もうKMFは必要ないかもしれない。けれど、もし万一、良からぬことを企む奴が出てきたら、そう考えて、クリスチャンはその時は自分が異母兄を守るのだと、異母兄にはジェレミアをはじめとして騎士がきちんといるけれど、それでも自分も異母兄を守る力になりたいと思い、自分用のKMFをロイドに作ってもらうことはできないか相談に訪れようとした時だった。
「陛下はやはりゼロ・レクイエムをやるおつもりなんでしょうか?」
「多分ねぇ。陛下の意思は固いと思うよ」
「そんな……。そのために自ら“悪逆皇帝”と呼ばれるようなデータの捏造までして、そこまでする価値が本当にあるんでしょうか、ペンドラゴンを消滅させたナナリー様や、陛下を裏切った黒の騎士団の者たちのために」
「ご自分の命と引き換えに、この世に“優しい世界”を遺される。それが、今の陛下を支えている唯一つのことだからねぇ。ナナリー様がいらっしゃらなかったら、それもなかったかもしれないけど、陛下にとってはナナリー様の幸せが一番のことだし」
「でもそのナナリー様がペンドラゴンの億に上る人々を殺したんですよ。なのにその罪の自覚もさせず、ナナリー様に世界を遺すことの意義が私には分かりません。第一、ナナリー様にこのブリタニアを治めていけるような資質があるとは、申し訳ありませんがとても思えません」
「だからこそのシュナイゼル殿下でしょう。そのために陛下はギアスでシュナイゼル殿下をゼロとなるスザク君のために残すことにしたんだから」
「それでも納得いきません。陛下はまだ18歳でいらっしゃるんですよ。そんな陛下お一人の命の上に築かれる平和なんて、本物と言えるんでしょうか?」
扉一つ隔てた向こうから聞こえてくる、ロイドとその副官であるセシルの会話に、クリスチャンは固まった。 彼らは一体何を言っているのか。あの優しい異母兄が、ペンドラゴンを消滅させたナナリーたちのために、自ら“悪逆皇帝”として死ぬことを計画していると?
世間でルルーシュが“悪逆皇帝”と呼ばれるようになっているのはクリスチャンも知っていた。しかし身近でその異母兄を見ているクリスチャンにすれば、それは大いなる間違いであって、いずれ世界中の人々も異母兄の素晴らしさを認識する日が訪れると、そう思っていた。
ところが、今耳にしたロイドとセシルの会話が真実なら、異母兄は自ら“悪逆皇帝”と呼ばれるようにデータを捏造しているということになる。そんなことが許されるだろうか。あの優しい異母兄が死んだ後の世界のどこが、異母兄の望む“優しい世界”になるというのだろう。異母兄の存在があってこその世界ではないのか。
クリスチャンはそう考え、力任せに目の前の扉を開いた。
「ロイド、セシル、今のおまえたちの会話は本当のことなのか!?」
「で、殿下っ!?」
慌てたのはセシル一人だった。
「あー、聞かれちゃいましたかぁ」
のんびりとロイドが対応する。聞かれていたことに気が付いていたかのように。
「そんなことより、事実なのか!? ゼロとなるスザクとはどういうことだ! 枢木卿はフジ決戦で死亡したはずだろう!?」
「それは……」
クリスチャンは言いよどんだセシルが傍らのロイドを見やった。
「聞かれてしまった以上、隠しておくこともできませんから言ってしまいましょう」
「ロイドさん!」
「全ては陛下とスザク君の“ゼロ・レクイエム”と呼ばれる計画で、それはフジ決戦の前から決まっていたことです。
ルルーシュ陛下が世界を征服した“悪逆皇帝”として、正義の味方である、復活したゼロ、それをするのはスザク君ですが、ゼロに殺され、この世の悪の、負の連鎖を断ち切って、後に“優しい世界”を遺す、それが陛下の計画です。その計画を遂行するために、ゼロとなるスザク君のブレーンとなるように、シュナイゼル殿下に『ゼロに従え』というギアスを陛下はかけられました。ちなみに本物のゼロは死んだと黒の騎士団から報告されてますが、これは全くの出鱈目で、本当は陛下がゼロだったんです。黒の騎士団がゼロを裏切ったんですよ」
「異母兄上がゼロ!?」
信じられぬことを聞いたというようにクリスチャンは目を見開いた。しかし、今問題にすべきはそんなことではない。
「ギアスとは何だ?」
「陛下が持っている、魔女から授けられた異能です。陛下のその力は“絶対遵守”だそうです」
「そんなの間違ってる! 異母兄上はお優しい方だ。異母兄上がいらっしゃればこそ“優しい世界”ができるはずだ。ナナリーはペンドラゴンの民を虐殺した大逆犯! ナナリーのために私の祖父母も、その他の親族も大勢死んだ! そんなナナリーのための世界なんて認められない!」
「殿下ならそう仰るだろうと思いましたよ」
眼鏡をくいと上げながら、ロイドは応じた。
「……もしかして、おまえたちもその“ゼロ・レクイエム”という計画には反対の立場なのか?」
クリスチャンの問いかけに、ロイドとセシルの二人は頷いた。
「陛下の手前、表だって反対はできないんですけどね。賛成しているのなんて、陛下をユーフェミア様の仇として討てるスザク君くらいでしょうよ」
「枢木は生きているのか?」
再度確かめるようにクリスチャンは問い返した。
「生きてますよー。今頃、この宮殿の何処かの一室で猛勉強中のはずです。陛下が亡き後の世界を纏めるために」
「シュナイゼル異母兄上は、その、ゼロとなる枢木に従うように、ギアスとやらいう力で命じられているのだな?」
「そうみたいです」
「そのギアスとかを解くことはできないのか? シュナイゼル異母兄上がゼロの言うことを聞かなくなれば、方向性は変わってくるのではないか?」
「本人の意思が強ければ、解けるらしいですねぇ。なんでもナナリー様が失明していたのも先帝のシャルル陛下がかけられたギアスによるものだったとか。でもダモクレスで、フレイヤのスイッチを探すために必死になられて、結果、今は見えてらっしゃいますから」
「シュナイゼル異母兄上にお会いしてくる! そして何としてもその『ゼロに従え』というギアスを解いていただく!」
そう言ってクリスチャンは部屋を飛び出していった。
「良かったんですか、殿下に話してしまわれて」
「陛下の意思を変えさせるためには、クリスチャン殿下に動いていただくのが一番いいと思うよ」
「ロイドさん、もしかして」
クリスチャンが聞いているのに気付きながらロイドは話をしていたのかと、そう思い至ったセシルだった。
クリスチャンは勢いのまま本国を離れて、エリア11の軍事刑務所に収監されているシュナイゼルの元を訪れ、面会を求めた。
さすがに皇族の面会を断ることはできず、看守はクリスチャンとシュナイゼルを面会室に案内した。
二人の間にあるのは一枚のガラスのみ。
「異母兄上!」
「久し振りだね、クリス」
そうして出会ったシュナイゼルには、どこも変わったところはないようにクリスには見受けられた。だがロイドたちの言葉が真実ならば、この人には『ゼロに従え』という絶対遵守のギアスがかけられているのだ。そして自分は何としてもそれを解かなければならないのだと思う。
エリア11に到着するまでに、クリスチャンは自分なりにゼロに関して調べ上げてきた。そしてゼロは死んだのだ。そのゼロに従うことはない、という理論でいくしかないだろうと考えた。
「異母兄上、ゼロは死にました」
ゼロという言葉に、シュナイゼルの瞳が紅に縁どられるのをクリスチャンは気付いた。そして思う。これがギアスの力によるものなのかと。
「今度現れるゼロは偽物です、本当のゼロじゃありません。あなたが従うべきゼロは死んだんです」
そう、ゼロは死んだ、黒の騎士団の裏切りによって。ルルーシュがゼロとなることはもう二度とない。
「もう一度言います、あなたが従うべきゼロはもういません。ゼロだったルルーシュ異母兄上は、もう二度とゼロにはなられません。今度現れるゼロは、枢木スザク、本当のゼロ、ルルーシュ異母兄上ではありません。シュナイゼル異母兄上、あなたが従うべきは、本当のゼロであったルルーシュ異母兄上であって、枢木スザクが扮するゼロではないんです。このこと、よくお考えになってください。そうでなければ、ルルーシュ異母兄上はゼロとなった枢木に殺されてしまう。ルルーシュ異母兄上は、自らの死をもってこの世界を“優しい世界”にしようとしている。けれどそれには何よりもルルーシュ異母兄上の力こそが必要なんです。あなたが仕えるべき本当の相手を、決して間違えないでください」
面会を許された短い時間、クリスチャンはひたすらすら同じことを繰り返した。シュナイゼルの心に届けとばかりに。そうしてシュナイゼルが少しでも疑問を持って、彼にかけられたギアスを解いてくれと願って。
それから暫くしたある日、エリア11の軍事刑務所に収監されているシュナイゼルから、皇帝であるルルーシュの元へ一通の手紙が届けられた。
出される時点で検閲されたものではあったが、逆賊からの手紙ということで、宮内省は相談した結果、ルルーシュの第一の騎士であるジェレミアのところにそれを持ち込んだ。
ジェレミアは下手な手紙を陛下のお目にかけることはできないと、恐れ多いと思いながらその手紙の封を切った。内容に目を通すと、そこに書かれていたのは、ジェレミアをして驚愕させるものだった。
シュナイゼルはクリスチャンの言葉が効いたのか、自らギアスを解いたのだ。つまり、そこに認められていた内容は、自分が仕えるべきはゼロではなく、あくまでルルーシュでしかないという内容だったのである。ゼロは黒の騎士団が発表した通り死亡し、自分が仕えるべきは、自分を打ち破ったルルーシュのみであると。
ジェレミアはその手紙を持ってルルーシュの元を訪れた。その時、そこにはクリスチャンも居合わせたが、ジェレミアはクリスチャンに一礼しただけで、手にした手紙をルルーシュに手渡した。
「シュナイゼル殿下からのものです。僭越ながら、内容を拝見させていただきました。
書かれていた内容は、殿下が仕えるべきはゼロではなく陛下お一人のみであるとのこと。陛下の例の計画は潰えました。シュナイゼル殿下というブレーンのいないゼロでは、世界を纏めていくことはできないでしょう」
ジェレミアの言葉を耳にしながらシュナイゼルの手紙に目を通していたルルーシュは、力が抜けたように椅子に背をもたれさせた。
そんな様子を見ながら、クリスチャンは顔面に喜色を滲ませている。
「シュナイゼル異母兄上は、ルルーシュ異母兄上の、陛下のかけたギアスを解いたのですね?」
「クリス! 何故それを知って……!?」
クリスチャンのその言葉に、思わずルルーシュは立ち上がった。
「この前、ロイドとセシルが“ゼロ・レクイエム”という計画について話しているのを耳にして、ロイドに詰問したんです。
その後、僕はエリア11にいるシュナイゼル異母兄上を訪ねて、ゼロは死んだと、シュナイゼル異母兄上が仕えるべき相手は、ゼロに扮した枢木ではなくルルーシュ異母兄上だと繰り返し告げたんです」
「クリス、おまえが……」
「でも、シュナイゼル異母兄上がギアスを解いたのは、それだけシュナイゼル異母兄上の中で、ルルーシュ異母兄上の存在が大きかったからだと思います」
「ギアスのことまで知っていたのか?」
「はい、全てロイドから聞き出しました。異母兄上、“ゼロ・レクイエム”なんていう馬鹿な計画は取り止めて、異母兄上が、異母兄上の思う“優しい世界”を創ってください。微力ながら僕もお力になります。僕にできることなんてまだまだたかが知れているでしょうけれど、それでも、異母兄上のお力になりたいんです。異母兄上、生きてください、そして他の誰でもない、異母兄上が世界を“優しい世界”へと導いてください」
「……スザクに謝らないといけないな。ユフィの仇を討たせてやれなくて済まないと」
クリスチャンの言葉を受けて、力なく呟くルルーシュのその声に、クリスチャンは破顔した。
その顔に、今は亡き、己を庇って死んでいったロロの面差しを見たような気がして、ルルーシュは自分を思い慕ってくれる異母弟の存在に、改めて“ゼロ・レクイエム”を中止するしかないかと思い、そんな主の態度にジェレミアもまた、クリスチャン同様に顔面に喜びを表し、ロイドたちにその旨を伝えるべくルルーシュの執務室を後にした。
「クリス、計画を潰した責任はとれよ」
苦笑を浮かべながらそう告げるルルーシュに、クリスチャンは笑顔で、「はい」と大きく頷いた。
── The End
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