「友達を売るのかっ!?」
スザクによって拘束服を身に纏わされ、床に押さえつけられながらルルーシュは叫んだ。
エリア11を騒がせた仮面のテロリスト、ゼロを捕えたことの褒賞に、名誉ブリタニア人にして、第3皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアの選任騎士であった枢木スザクは皇帝直属の騎士、臣下としては最高位のナイト・オブ・ラウンズの一人となった。
本国の宮殿に、自分の生まれ育ったアリエス離宮に戻ったナナリーを見舞った帰り、スザクは思わぬ人物の姿を発見した。
乗馬をしているその人物は、本来此処にはいないはずの人物だった。何故なら、ほかならぬ自分が皇帝に売り渡した幼馴染のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだったのだから。
何故彼が此処にいる? とスザクは思った。
白馬に乗って宮殿の庭を駆ける姿は、正に少女が夢見る白馬の王子様と呼ぶ者に相応しいものだったが、実際には彼は、C.C.という魔女を捕える餌として、皇帝が記憶を改竄し、ただの一般人としてエリア11のアッシュフォード学園に戻っているはずだ。それなのに何故、と。
乗馬をしていた人物は、己の馬の前に立ちはだかったスザクに手綱を引いて馬の足を止め、馬に跨ったまま、スザクを冷めた紫電の瞳で見下ろした。
「貴様、何者だ。その格好から察するに父上のラウンズの一人のようだが、私の邪魔をしようとはいい度胸だな」
乗馬したまま止まったルルーシュと思われる人物とその前に立ちふさがるラウンズを見て、周囲にいた彼のお付きの者たちが、馬に乗り、あるいは自分の足で駆け寄ってきた。
「君こそどうしてこんなところにいるんだ! 君はエリア11に戻されたはずだろう!?」
スザクの言葉に、彼は首を傾げながら応えた。
「おかしなことを言うな。私はこのブリタニア本国を出たことは一度もない。ましてやエリア11に戻されたとはどういう意味だ?」
「何を言ってるんだ、ルルーシュ! 君はゼロとして帝国に反逆し、僕が捕まえて皇帝の前に引きずり出したんじゃないか! 忘れた振りなんかやめろ!」
「……このブリタニアの皇子たる私を呼び捨てにするとは、ラウンズとはいえいい度胸だな」
氷を思わせるような冷たい声で彼は答えた。
「何を……」
スザクが更に言い募ろうとしたところへお付きの者たちがやって来て、彼を守るようにしてスザクの前に立ち塞がった。
「ラウンズのお一人と拝見するが、ラウンズといえど所詮は臣下。臣下の分際でルルーシュ殿下に無礼を働くとは何を考えている。己の立場を弁えられよ!」
一番最初に、彼── ルルーシュ── の元に駆け付けてきた一人がスザクを責める言葉を吐く。
「ルルーシュ、君はっ」
「殿下を呼び捨てするとは何事か! 立場を考えよ!!」
ルルーシュに更なる言葉を言いかけたスザクを、今度は他の者が窘める。
「……そうか、貴様が最近噂になっているナンバーズ上がりか。どうりで物事を知らないわけだ。皆、何も理解していない者を責めても何の益もない。宮に戻るぞ」
そう告げて、ルルーシュは馬の首を回した。
「待て! 逃げるのか! 卑怯だぞっ!」
「この度のこと、皇帝陛下に申し上げさせていただく」
叫ぶスザクにまた違う一人がそう告げて、ルルーシュを先頭に彼らはその場を去っていった。その先にアリエス離宮はない。それはルルーシュがアリエスではなく別の離宮へ戻ることを示していた。
後に残されたスザクは思う。一体どういうことになっているんだと。
スザクが捕まえたルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、皇帝によって記憶を改竄された。それは皇族であること、ゼロであったこと、C.C.を含めてギアスのことを忘れさせ、妹のナナリーの代わりに偽りの弟を監視役として与えられ、エリア11に送り返されたはずなのに、何故、今此処にそのルルーシュがいるのか。しかも彼はスザクを知らない。
翌日、未だ昨日出会ったルルーシュの件で悩んでいるスザクに、皇帝から呼び出しがかかった。
スザクは指定された時間に謁見の間へと足を向けた。そして通された謁見の間で待っていたのは、シャルルだけではなかった。昨日会ったばかりのルルーシュが、シャルルの傍らに立っていた。
「そなた、昨日これに会ったそうだな」
「は、はい」
「そして我が皇子であるこれの遠乗りの邪魔をし、更には呼び捨てにして暴言を吐いたとか。真実か?」
「それは……」
スザクは一瞬答えを躊躇った。だが丁度良い機会だ、この機会に確認すればいいと思い直した。
「確かに事実ですが、無礼を承知で申し上げますが、おかしくはありませんか? 何故ルルーシュがこの場にいるのです? ルルーシュはエリア11に、機密情報局のメンバーと一緒に戻されたはずです」
スザクは問いかけながら、彼がルルーシュを呼び捨てにする度にシャルルの眉間の皺が深くなるのに気付いた。それがスザクに更なる疑問を抱かせる。一体何が起きているのかと。
「ああ、そなたはまだ何も知らなかったか。ならば無理もあるまい。そなたの知るルルーシュはこれの影武者、元より偽りの存在よ。今此処にいるのが本物の我が息子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ」
「な、何を……?」
シャルルの言葉に、信じられぬことを聞いたというように、スザクはその瞳を見開いた。
「ナ、ナナリー、は……?」
「あれは一人しかおらぬ」
「つまり、ルルーシュはずっと本国にいて、ナナリーだけが日本へ送られたってこと、ですか?」
「その通り。あれは目も見えず足も動かぬ弱者。弱者に用はない。だからせめて人質として役立てようと日本に、今のエリア11にこれの影武者と共に送り込んだまでのことよ」
「そんなっ! ナナリーはあのルルーシュを本当の兄だと信じてっ……!」
「自分の傍にいる兄が、本物か影武者かも分からぬ愚かな娘よ」
そう言ってシャルルは嘲笑う。それに倣うように傍らのルルーシュも微笑みを浮かべた。そこには実の妹であるナナリーへの愛情は欠片も見えなかった。
「何故ナナリーに本当のことを言わないんです! ナナリーがどんな思いで行方不明ということになっている兄のルルーシュを心配し、その身を案じているかご存知ではないのですかっ!」
「告げる必要性を認めない」
「そんなっ!」
スザクは思わず拳を握りしめた。そんなスザクにシャルルは更に追い打ちをかける。
「そなたには忘れてもらわねばな。そなたの知るルルーシュはあの影武者だけでよい」
「!?」
「皇族であるこれを、ああ、ナナリーもだな、無礼にも呼び捨てにしたことは見逃してやろうというのだ、ありがたく思え」
シャルルの言葉に、自分にシャルルのギアスがかけられ記憶を改竄されるのが分かった。しかし真っ直ぐに自分を見つめるシャルルの瞳から目を反らすことができない。
シャルルの瞳から紅い鳥が飛んだ。
その頃、エリア11では黒の騎士団の残党たちがルルーシュを解放すべくC.C.と共に行動していた。ルルーシュの記憶を取り戻させ、再びゼロとして起ち上がってもらうために。
多くの犠牲を出しながら、彼らはルルーシュの記憶を取り戻すことに成功した。しかしそうして戻ってきたルルーシュは、ゼロとして起ち上がることはしなかった。
そんなルルーシュを生き残ったカレンが責め立てる。かつて神根島で自分こそが先にルルーシュを見捨てたことを忘れたかのように。
「ルルーシュ! どういうつもりよ、皆を見捨てるの!? 私たちがどんな思いであなたを救い出そうとしていたか分かってないの!? ねえ、捕らわれてる皆を救ってよ! 日本をブリタニアから解放するためにもう一度ゼロとして起ち上がってよ!」
「その必要性を認めない。ゼロはもういないのだから」
ルルーシュ── 影武者だが── の言葉に、カレンはショックを受けたように固まった。
「どうして? どうしてそんなことを言うの、今になってどうして! 死んだ卜部さんたちがどんな思いであんたを救ったと思ってるのよ」
悔し涙を溢れさせながら、カレンはルルーシュを責め続ける。
「もうゼロはいない。諦めるんだな」
そう告げて、ルルーシュはカレンに背を向けた。
「薄情者っ! 卑怯者っ!」
ルルーシュの背中に、カレンの放つ暴言が響く。しかしルルーシュは気にすることなくその場を立ち去った。その後ろをC.C.が黙ってついてく。その様を、カレンは涙を流しながら見つめることしかできなかった。
それから数日後、本国からの指令を受けて捕らわれていた黒の騎士団のメンバーが銃殺刑に処せられた。
今となってはただ一人となったカレンは、ブリタニアと、自分たちを見捨てたルルーシュに恨みを抱きながら今日も逃げ続けている。
帝都ペンドラゴンにある宮殿の中、皇帝の私室でシャルルはルルーシュと向かい合って座っていた。二人の間にあるテーブルの上では、皇帝と皇子のために手間暇をかけて淹れられた紅茶が温かそうな湯気を上げている。
「父上もお人が悪いですね」
紅茶を一口含んだ後、ルルーシュは何かを思い出したかのようにシャルルに告げた。
「ん? そうか、儂は人が悪いか」
シャルルは楽しそうに笑みを浮かべながら返した。
「ナナリーのこと、どうするつもりです?」
「もちろん、本人の希望通りエリア11へ総督として行かせてやるまでのこと」
「私のことを何も告げずに?」
「そなたとて告げるつもりはないのであろうが」
「いまさらでしょう」
そう応えて、ルルーシュは何も知らない、知ろうとしない妹の姿を思い浮かべながら嘲笑った。
目が見えなくなったからといって、自分の兄が本物か偽物かそれすら分からぬような妹に対して、ルルーシュはかつてのマリアンヌが生きていた子供の頃のような愛情は感じていない。
ナナリーにとっては自分の傍にいてくれる存在が兄なのであって、それが自分である必要はないのだと、ルルーシュはナナリーという唯一母を同じくする妹の存在を切り捨てた。
ブリタニアの国是は弱肉強食。弱者のナナリーはただ父の手によって翻弄されるだけで、真実を知ることはない。
── The End
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