終焉〜愛は死にますか



 皇帝直轄領となったトウキョウ租界のメインストリートでは、今、フジ決戦で敗れ、戦犯となった者たちを処刑するための、皇帝ルルーシュによるパレードが行われている。
 しかし実態は違う。それを知っているのは極一握りの者たちに過ぎないが。
 このパレードは、戦犯とされた者たちではなく、“悪逆皇帝”と呼ばれるルルーシュが、正義の救世主たるゼロによって、世界の全ての負を自分一人で背負って死ぬためのもの。いわば、壮大な自殺だ。
 C.C.は、ルルーシュに対して何度も、止めろ、そんなことをしても意味はない、世界の負を一身に集めておまえ一人が死ぬことはないし、そんなことをしてもおまえの望む世界など決して訪れることはない。そう告げ続けた。しかしルルーシュがそれを受け入れることはなく、もうそれしか方法はないのだと頑なに拒んだ。その原因の一端は、どこまでもルルーシュをユーフェミアの仇と言い続ける枢木スザクにあると、C.C.は信じて疑わない。そしてそんなスザクに、ルルーシュが演じ続けたようなゼロが務まるものか、務まりはしない、あれはルルーシュだからこそできたこと。翻っていえば、ルルーシュにしかできないことだとC.C.は思う。
 そしてルルーシュ亡き後、世界はまた荒れるだろう。戦いの日々になるだろうと思う。
 ルルーシュは言った。人の歴史は戦いの歴史と言ってもいいと。けれど、たとえ僅かの間でも、せめて自分たちの次世代の間くらいだけでも、戦いの無い、話し合いによる時ができればいいと。そうすれば、そんな時代があれば、人々はまた、そんな時代を欲して話し合いによる優しい世界を、明日を目指そうとするだろうからと。
 C.C.は永いこと生きてきた。だから思う。そんなルルーシュの考えは甘いと。そしてその甘さゆえに、世界は、おそらくこの世で最も優れているであろう、そして世界を、そこに生きる人々を愛している為政者を()くすのだと。それも人々が何も知らぬまま、気付かぬままに。
 ルルーシュはこうも言った。形あるものは何時か壊れると。それはつまり、コード保持者であり不老不死者である自分も何時か死ぬ時が訪れると、遠回しに。ならば、海も山も、大地も、この世界すらも何時か壊れる時がくるというのだろうか。人も想いというものも。
 死ぬ時くらいは笑って逝けと言ったおまえ、おまえが魔女なら自分が魔王になればいいと言ったおまえ、そのおまえが、契約を果たすことなく先に逝くというのに、どうしてそんなことが言えるのだろう。どうして私が笑って逝けると思うのだろう。C.C.にはそう思えてならない。
 ルルーシュ、私にとって最後の、そして最高であり、また最愛の共犯者であるおまえが逝ったら、おまえの魂はCの世界に行くだろう。そうしたら、私もまたCの世界に籠って、おまえが再びこの世界に生まれ変わるその時まで、その魂を見守ろう、とC.C.はそう考える。生まれ変わったおまえは、魂は同じでも、もう私の知っているルルーシュとは言えないだろうからその後のことはどうなるか分からないが。
 そこでふとC.C.は考える。
 果たして、自分はルルーシュの心からの本当の笑顔を見たことがあっただろうかと。
 ルルーシュは本国に自分たちの生存を知られることを、そしてまた、アッシュフォードに何時裏切られるだろうかと、常に怯え、緊張し、その中で妹のナナリーを守って生きていた。ナナリーのためだけに、ナナリーがいるから生きてこれたといっても言い過ぎではないかもしれない。そう考えた時、記憶改竄されていたとはいえ、ロロを弟として過ごしていた一年間、あの一年は、ルルーシュは疑念を抱くことはあったとしても、ロロと二人きりの兄弟として、弟を慈しみ、偽りの中の生活ではあっても、それでも、そこでは心から笑っていたのではないかと思う。けれど自分の、自分たちの目的のために、ルルーシュをそこから引き摺り出したのは己たちだ。それは許されることだったのだろうか。しかしルルーシュを戻さなければ、この世界は今頃、シャルルの計画である“ラグナレクの接続”が果たされ、生きとし生けるもの全ての意識が共有され、そこに個はなくなり、本来あるべき世界ではなくなっていた。それを考えれば、やはりルルーシュを戻したのは正しかったのだろうと思う。ただ、シャルルをはじめとした自分たちの都合でルルーシュを振り回し、最期まで嘘をつき続けさせたまま、本当の笑みをもたらせてやることもできないままに、今、その命すら、理由はどうあれ、奪おうとしている自分たちは如何に罪深いことをルルーシュに強いてきたのかと、申し訳ないと、C.C.は思い至る。
 ルルーシュは常に誰かのものだった。誰かのために生きていた。一番は他の誰でもない実妹のナナリーだっただろう。そしてC.C.が何度言おうと捨てきれなかった枢木スザク。それから、ゼロとして創り上げた黒の騎士団、ブリタニアの支配から解放しようとしていた日本人、そしてゼロをブリタニアからの救世主として考えていた国々。今もまた、世界のために死のうとしているこの世界のものだ。
 だが、これからは違う。
 ルルーシュが告げたように、この身にも何時か死が訪れるというのなら、それまでおまえのことを思い続けていようと思う。そう、おまえは身体的にはこれからほどなく死を迎えるが、本当の死は、私が死ぬ時。それまで私がおまえのことを忘れることは決してないだろう。私が生き続けている限り、私がおまえのことを想い、愛し続ける限り、本当の意味でおまえが死ぬことはない。私の中でおまえは生き続ける。それまでおまえは私だけのものだ。私が死ぬ時、私のおまえに対する愛情と共に、おまえは私と共に逝くのだ。
 そう思いながら、やがてゼロとなったスザクによって殺されたルルーシュの遺体を運んでくるだろうジェレミアを待って、町はずれの教会で、それまで祈ったことなどない神に対して、涙で頬を濡らしながら祈りを捧げるC.C.だった。

── The End




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