「ルルーシュ・ランペルージです。卒業まで短い間ですが、よろしくお願いします」
エリア11のトウキョウ租界にあるアッシュフォード学園高等部3年A組は、時季外れの転校生を迎えていた。卒業までもう残り数ヵ月という時期である。
その転校生は、ブリタニア人には珍しい漆黒の髪と、ロイヤル・パープルといわれる紫電の瞳の持ち主だった。
事の起こりは2週間ほど前になる。
皇帝が、第11皇子であるルルーシュに、高校を卒業したら、現在カラレス将軍が暫定総督としてあるエリア11の総督を任せると任命したのである。
それを受けたルルーシュは、卒業を待たずにエリア11行きを決めたのである。もちろん、お忍びで。ヴィ家の後見でもあるアッシュフォード家の建てたアッシュフォード学園に名前を変えて編入し、前もってエリア11の様子を見ようと思ったのである。
何しろ、コーネリアによってテロは鎮圧されたとはいえ、コーネリアの前の総督であったルルーシュの兄のクロヴィスが殺された地でもある。自然、ルルーシュのエリア11に対する興味はあらゆる意味で深く大きなものがあった。
母親であるガブリエッラ皇妃は、ルルーシュがエリアの総督に任命されたことを誇りに思いながらも、何故よりにもよって長子のクロヴィスを失った地へ、と嘆いた。しかもルルーシュはその地へ就任前に高校を転校して赴くというのである。ガブリエッラは泣いて猛反対したがルルーシュは聞き入れず、テロはすでに鎮静しているし、転入先のアッシュフォード学園は良家の子女が集まっているだけに警備も厳しく安全だからと、母皇妃の止めるのも聞かずに一人で全てを決めてしまった。 エリア11に降り立ったルルーシュは皇子という身分であるにもかかわらずたった一人だった。しかしまさかブリタニアの皇子がたった一人で行動しているなどとは誰も思わないし、ルルーシュはまだ表に立ったことがないので、ましてや本国ではないエリアでは彼が第11皇子のルルーシュだと気付く者はいない。
ルルーシュはタクシーを拾うと真っ直ぐアッシュフォード学園に向かった。
アッシュフォード学園でルルーシュを迎えたのは、闊達な印象を受ける金色の髪を持つ少女から大人になりかけの女性だった。
「ルルーシュ殿下でいらっしゃいますね。理事長である祖父の代理を務めています、ミレイ・アッシュフォードと申します」
「ミレイ嬢、わざわざ出迎えありがとう。だが、私が皇子であるということは……」
「承知致しております。学園内でも知っているのは、今は本国にいる理事長である祖父を別にすれば、私とあともう一人のみですのでご心配には及びません」
ルルーシュはミレイのその言葉にほっとしながらも、”もう一人”ということに引っかかりを覚えた。
「そのもう一人というのは?」
「後程ご紹介致しますが、殿下がご滞在中、殿下の身の回りのお世話と警護を任せた者が一人」
歩きながら、ミレイはルルーシュをクラブハウスの居住棟に案内した。
「普段は、何かの折に訪れた来客が泊まられる場合に使われているのですが、殿下がこの学園にご滞在中の間は、殿下がお使いください」
「寮、ではなく?」
「はい。やはり寮では何かとご不便をおかけしてしまうと思いますので、こちらをご用意させていただきました」
「私は寮でも良かったのですがね。何事も経験ですし」
「ですが、殿下が総督任命前にこのエリア11にみえられたのは、それなりの理由があってのことでございましょう? それなら、このクラブハウスでの方が自由に行動できる分、良いかと思ったのですが」
「お見通し、ですか。確かに個人的に色々と動きたいので、その点を考えると、あなたの判断は正しいですね」
「お誉めに預かり光栄です」
そうして案内されたクラブハウス居住棟のリビングでは、一人の女性が待っていた。
「彼女が、あなたが先程言っていた一人、ですか?」
確かに身の回りの世話ということでは、メイドであるのは当然だが、警護、ということを考えるとどうなのかと思ってルルーシュはミレイに問いかけた。
「はい。名は篠崎咲世子。彼女は名誉ブリタニア人ですが、家が代々忍び、ニンジャの家系で、彼女自身、日本の古武道に通じています。ですから殿下の警護に関しましても問題ないかと」
ミレイの言葉に続いて、咲世子が自己紹介した。
「篠崎咲世子と申します。殿下がご滞在中のお世話をさせていただきます。よろしくお願い致します」
両手を体の前で合わせて簡単な礼をとる。
「……ここにいる間は、”殿下”はやめてください。暫く世話になります」
「畏まりました」
「ではルルーシュ様、学園の授業の方は週明けからということで、職員には話を通してあります。明日には教科書など必要なものをお届けできると思います。卒業まで残り少ない期間ではありますが、どうか自由な学園生活をお楽しみください」
にっこり笑ってそう告げると、ミレイはクラブハウスを後にした。
自己紹介を終えたルルーシュは、教師から指示された空いている席に着席した。
「俺、リヴァル・カルデモンド。よろしくな、ランペルージ」
早速隣の席になった男子学生が挨拶してきた。
「ルルーシュでいい。こちらこそよろしく、リヴァル」
「けど、寮じゃなくてクラブハウスの居住棟暮らしなんて贅沢だな。時期的なこともあるのかもしれないけど、それともおまえの家、実はとんでもない家な訳?」
「……富豪、ではあるな」
一瞬考えて、ルルーシュは当たり障りのない答えをした。
確かに富豪であるのは間違いない。皇子であるルルーシュの普段の生活は国民の税金で賄われているわけだが、皇室固有の財産は大層なものだし、母であるガブリエッラ皇妃が所有する資産もそれなりの物があり、ルルーシュ自身が個人的に投資でそれなりの資産を有してもいるので、決して嘘ではない。ただ皇子という身分を隠しているだけで。
そうしてルルーシュのアッシュフォード学園での学生生活が始まった。
ルルーシュは学園が週末の休みに入る度、租界の中や、時にはゲットーに足を運んだ。学友たちと出かける時はともかく、ルルーシュが一人で出かける時には、護衛として常に咲世子が控えていたが。
時にチンピラに絡まれるようなこともあったが、それは咲世子がねじ伏せ、ルルーシュを感嘆させた。
そしてエリア11に来てから暫くして、ルルーシュは咲世子を伴い政庁を訪れた。目的は自分に対して騎士となることを願い出ているジェレミア・ゴッドバルトに会うためである。
政庁の受付で名を名乗り、ジェレミアとの約束の件を告げると、受付の担当者は端末を操作してアポイントの確認を取り、面談室の一室を指定した。しかし同行の咲世子に胡乱な目を向けるのを見て、咲世子がこの場にて待つと言ったのに対し、ルルーシュは咲世子をジェレミアに引き合わせるのも目的の一つだと告げて同行するように告げ、受付の者にも納得させた。
受付で指示された面談室に赴くと、数分と経たぬうちにジェレミアが入ってきた。
扉に鍵をかけて他の者が入ってこれないようにすると、ジェレミアはルルーシュの前に片膝を付いた。
「ジェレミア・ゴッドバルトにございます。ルルーシュ殿下におかれましてはご健勝にお過ごしのご様子にて、何よりに存じます。またわざわざ私をお訪ねいただきましたこと、光栄の至りにございます」
「私の騎士に立候補している男を、一目自分で確認したくて勝手に来たまでだ。今日は皇子として来たわけではないから、そこまで改まる必要はない」
ジェレミアはそう告げたルルーシュに恐れ多い、と応えながらも、彼の後ろに控える女性の姿に目を咎めた。
それに気付いたルルーシュが、ジェレミアに咲世子を紹介する。
「彼女は篠崎咲世子。名誉ブリタニア人だ。現在滞在中のアッシュフォード学園で身の回りの世話と警護をしてもらっている。今日は彼女を引き合わせておくことも目的の一つだ」
「身の回りのお世話はともかく、警護を、ですか?」
名誉であることはさておき、女性であるから身の回りの世話はともかく、果たして警護までできるものなのかと、極当然の疑問をジェレミアは抱いた。
「私も最初は戸惑ったのだけどね、彼女はニンジャの家系で、古武道に通じている。何かと役に立ってくれているよ」
その何気ない言葉に、ルルーシュがすでに襲われたこともあるのだということを察して、ジェレミアは眉を顰めた。
「殿下、もしや……」
「ああ、おまえが心配するようなことではない。町に出た時にチンピラに絡まれたりした程度だ。私が皇子だということは、おまえとここにいる咲世子と、他にはアッシュフォード学園の理事長と、その孫娘であるミレイ・アッシュフォードしか知らない」
ジェレミアの懸念を制してルルーシュは答えた。
ジェレミアと暫く会談した後、ルルーシュは総督になった暁にはジェレミアを選任騎士に任命しようと約束して、その日は政庁を後にした。ジェレミアはそのルルーシュの言葉に感動し、しかし皇子として来たわけではないルルーシュを政庁のエントランスまで見送ることはできずに、申し訳ありませんと詫び、ルルーシュは気にすることはないと告げて別れた。
その後もルルーシュは学園の高等部卒業まで、実家が富豪ではあるがあくまで一般市民の一人して、皇子という身分を忘れ、楽しく過ごした。
そうして無事に卒業式を終え、年度も改まって、ルルーシュ・ラ・ブリタニアは正式にエリア11の総督に就任した。
その姿に、学園で共に過ごした学友たちが驚いたのは極当然のことであった。
── The End
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