|
篠崎咲世子は、篠崎流忍術の37代目の当主である。
忍術といえば、甲賀流、伊賀流が有名で直ぐに名が挙がるが、篠崎流も、元を辿れば甲賀三郎に辿りつく歴史を持つれっきとした流派である。甲賀、伊賀ほどに名が知られていないのは、両派が戦国時代を通じて武家── 主に織田や豊臣、徳川── に徴用されて有名になったのに対して、篠崎流は主に公卿に仕え、あまり表に出なかったためであると思われる。
時代を経て、日本は神聖ブリタニア帝国に侵略され、日本という国名を奪われ、エリア11と名を変え、そこに住む人々はナンバーズ── イレブンと呼ばれるようになった。
そんな中、咲世子はＮＡＣと呼ばれるイレブン内の支配層であるキョウト六家の重鎮である桐原翁に呼び出された。
「元気でやっておるようじゃな」
茶室で点てた茶を口に含みながら尋ねる桐原に、咲世子は廊下で「おかげさまにて」と答えるに留めた。
「今日、そちを呼び出したのはほかでもない。ブリタニアの名士、アッシュフォード家に仕えて欲しいからじゃ」
「ブリタニアの家に、でございますか？」
さすがに事が事だけに、咲世子は常になく尋ね返してしまった。
「不思議に思うのも無理はない。が、アッシュフォードから、是非とも日本人で信用のおける者を、それもできれば女性を、との要望があっての。それでそちに行ってもらおうと思ったのじゃ」
「ブリタニア人では拙いのですね？」
「うむ。儂が戦前からアッシュフォード家と内密に懇意にしておったのは、そちも知っておろう。アッシュフォードは本国には内緒で護っている宝がある。それを護るために、儂に力を貸して欲しいと言ってきおった。となれば、そちをおいては他になかろう」
「……御意に」
考えるように一拍おいてから、咲世子は答えた。
「詳しいことはアッシュフォード家の当主、ルーベンから聞くがよい。明日にでも早速向かってくれ」
「承知致しました」
そう答えた次の瞬間には、咲世子はその気配を消していた。
桐原は満足そうに、茶碗に残った抹茶を飲み干した。
ブリタニア人がナンバーズを家にメイドとして雇い入れるのは、決して無いことではないが、珍しいことと言っていい。名士になればなるほどに。それでも、名誉ブリタニア人となっていれば、多少は雇い入れる可能性は高くなってはいるが。
アッシュフォード家は、今は爵位を剥奪されているが、かつては大公爵家であり、爵位がなくなった今でも十分に上流階級に属しているといっていい家柄である。
そのアッシュフォード家が、敢えてナンバーズ、イレブンを雇い入れる。余程ブリタニア本国に知られたくはないものなのだろう、それは。
ブリタニア人に仕える、そのことに抵抗がないと言えば嘘になる。代々仕えてきた桐原の命でなければ断っているところだ。しかし桐原がアッシュフォードの依頼に応じたということは、それはエリア11となった日本にとっても重要なこと、と判断することもできる。ゆえに桐原の命じるままに、咲世子はトウキョウ租界に赴き、アッシュフォード家を訪ねた。
アッシュフォード家は、現在、エリア11内でも有数の全寮制の学園を経営しており、当主のルーベンはその理事長を務めている。
アッシュフォード家を訪ねた咲世子を出迎えたのは、当主であるルーベンの孫娘のミレイであった。
自ら名乗ったミレイは、祖父であるルーベンから説明を受けていたらしく、咲世子を連れて屋敷を出るとそのまま学園の中に入り、学園内のクラブハウスに咲世子を案内した。
クラブハウスに向かう途中、ミレイは咲世子に、クラブハウスの居住棟内に住んでいる二人の世話を頼みたいのだと告げた。
案内されたクラブハウス居住棟のリビングで咲世子が引き合わされたのは、一人の少年と、少年よりは年若の、車椅子に乗った一人の少女だった。少女が足だけではなく、目が見えていないことも直ぐに察せられた。
「今年から中等部に通うルルーシュ・ランペルージと、その妹のナナリーね。ルルちゃん、ナナちゃん、彼女が今日から二人の世話をしてくれるメイドの篠崎咲世子さんよ」
ミレイは端的に互いの紹介をした。
「ルルーシュ･ランペルージです。咲世子さんには、主にナナリーの世話を頼みたい。ご覧の通り目と足が不自由ですので、何かとご面倒をおかけするかも知れませんが、よろしくお願いします」
「畏まりました、本日よりお世話をさせていただきます、こちらこそよろしくお願い致します」
礼をしながら述べると共に、ルルーシュから申し訳なさそうに告げられた言葉に、心の中で、少なくとも兄の中に日本人── イレブンに対する偏見はないのだと咲世子は思った。
「じゃあ、後はよろしくお願いしますね」
三人を引き合わせたことで用は済んだとばかりに、ミレイはクラブハウスを後にした。
残された三人のうち、ルルーシュが最初に口を開いた。
「ブリタニア人に仕えるということで、色々とご不快なこともあると思いますが……」
「ルルーシュ様、そのようなことはお気になさる必要はございません。私はメイドとして、お二人に誠心誠意お仕えするのみでございます」
ルルーシュの言葉を遮りそう告げて、咲世子は微笑みを見せた。
咲世子は引き合わされた瞬間に、二人が何者か分かった。伊達にキョウト六家の重鎮である桐原に仕えてきたわけではない。
開戦前、留学の名目でブリタニアから送られてきた、人質の皇子と皇女。当時は枢木家の預かりであり、終戦も時間の問題となった頃、日本人の手によって殺されたことにされた二人。おそらく終戦前に、桐原とアッシュフォードとの間で内密の内にことが運ばれたのだろう。そう思えば、確かにヘタにブリタニア人に世話を任せられるわけがないことが知れる。
亡くなったとされた皇族を護る。日本人── イレブン── からではなく、ブリタニア人から。自分はそのために選ばれたのだと、そう咲世子は納得した。
そうしてこの日から、咲世子のランペルージ兄妹にメイドとして仕える日が始まった。
── The End
|