戦争とは、外交の最後の、そしてまた、最悪の手段である。
おおよそ、産業革命が起こり、近代の世界戦争に至る頃は、欧州などの列強による植民地政策が行われ、自国の領土拡張を目的として他国を征服し、支配するための戦争が古代より続いていたし、また国によっては、その歴史的観点から、国境があるということはその先には敵国が存在する、という考え過ぎともいえるような誤った思想の下、国境を接する隣国を征服し、するとまた次の国境が、と、結果的にその問題を解決するために隣国への征服戦争を続けるという、国家拡張政策を執る国家もあった。が、現在では、確かに過去にも原因としてあったことではあるが、主に領土問題、宗教問題、民族問題等々、また内政問題、内紛が隣国などに波及した結果、様々な諸問題について、当事国同士での会談がまずあり、それによる解決が為されない場合に、最終手段として戦争に至ることが多くなり、あからさまな侵略、征服を目的とした戦争は無くなりつつあった。少なくとも表面上は。
しかし今、ある一つの、現時点では唯一といっていいだろう超大国によって、征服のための戦争が世界中に対して繰り広げられている。
それを行っているのは、神聖ブリタニア帝国であり、その君主は第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアである。皇帝シャルルは、ブリタニアの国是を弱肉強食とはっきりと公言し、武力にものを言わせて次々と各国を征服して支配下に置き、それらの国をエリアと呼び、国名を奪い、ナンバーを付けた。そしてまたそこに住む人々に対しても、ナンバーズと呼び、被差別民族としてあからさまな差別主義をとっている。それは場合によっては、確かに制度としては有史以来存在してはいたが、エリアにおいて行われているナンバーズ制度は、そのかつての奴隷制度よりも酷いものといえることもあるほどであった。それほどの差別が、ブリタニア人とそれ以外の者との間で行われていたのである。弱肉強食という国是の元、つまり、勝者であるブリタニアが敗者であるナンバーズとされたブリタニアの植民地、エリアとなった国の元の国民である人々に対して、様々な形での差別を行っているのだ。しかしそうした状況にありながらも、あまりの国力の差に、ブリタニアに対抗できる国家はとうになく、どうにか独立を保っている国も、自国を守るのが精一杯でしかなかった。ブリタニアはすでに世界の3分の1をその支配下に置いている。
「戦争とは、巨大かつ合法的な組織殺人である」
かつてそう言った一人の男がいた。
個人、あるいは個別の組織であればいざしらず、国家が国家として行っていることであれば、確かに巨大であり、何よりも合法的である。それは間違いない。そしてそれによって行っていることもまた、軍隊という巨大な組織による殺人であることに違いはない。殺人犯として扱われるか、刑罰を受けるか否かについては、それが国家の命令によって行われている戦争という外交の下でのことだということであるに過ぎない。
しかし、それはあくまで戦勝国となった場合である。敗戦国となれば、少なくとも国家元首をはじめとした国政の主だった者や軍部の首脳は、場合によっては首脳とまでいかずとも、戦犯として裁判を受け、処罰を受けることとなり、その処罰の最高刑は死刑ということにもなる。
だが、戦争によって犠牲となるのは、戦っている当事者たる軍人だけとは限らない。少なくとも他国を責める側が行うことには、民間人の犠牲も多数出すことがある。それは決して否定できない。爆撃や敵国市街地での戦いとなれば、たとえ民間人が避難していたとしても、完全にといくとは限らない。どう考えても、軍人以外の被害が出ることになる。仮に民間人全員の避難が行われていたとしても、その民間人がそこで住んでいた時の物全てを奪われることになる。被害にあうのは軍人だけではないのだ。軍人だけの被害に済んだとしても、その軍人には家族や友人、あるいは恋人がおり、つまり、その者たちから大切な存在を失うことでもある。当人以外の命は守られたとしても、大切なものが失われるのだ。そこには個人的な程度の差はあれ、悲劇が生まれる。
ルルーシュとスザクが再会した時、スザクは名誉ブリタニア人の軍人であった。スザクがどのような理由から名誉となり軍人となったのか、それをルルーシュは知らない。しかし、敗戦間もない頃に、ルルーシュがスザクの傍で「ブリタニアをぶっ壊す」との言葉を告げていたことを覚えているならば、それは明らかにルルーシュの意思に反することであることに違いはない。そしてルルーシュにとっては倒すべき、憎むべき側の存在になったことを意味しているということだ。とはいえ、果たしてスザクにそこまでの意図があったか、意識していたかは甚だ疑問ではあるが。
スザクの言動は矛盾している。彼は矛盾の塊といっても言い過ぎとはいえまい。
スザクは「死にたがり」である。己の「死」を望んでいる。そして人を殺すことに異を唱えている。ことにテロ行為によって損害、特に民間人に被害が出ることに、怒りを覚えているほどだ。しかし、そのスザク自身はどうかといえば、命令を受ければ殺人を犯す側である。ただ、スザクはルールは守らねばならないという考えに固執している。要は、国によって認められた軍事行為からくる殺人であるならば、それは殺人行為ではなく、単なる軍事行為に過ぎないとでもいうつもりなのか。
テロであろうと、戦争であろうと、人的被害、人の命を奪うということは、人を殺すということ、殺人行為以外の何物でもないというのに。そしてそれは、敵味方に関係なく、殺された者たちを大切に思っている者たちから、その大切な者を奪う行為に他ならない。
スザクは名誉となり、さらに軍人となり、そこで認められて、そして内からブリタニアという国を変えるのだと何かというと口にしているが、それはとんでもないことだ。差別すべきナンバーズ上がりの名誉を、たとえブリタニアの名が付こうと、純粋なブリタニア人がその存在を認めることはない。所詮は使い捨てのナンバーズなのだ。ましてやブリタニアは絶対専制君主制の国家である。専制君主国家において内から国家の在り方を変える資格を有するのは、君主一人のみ。つまりブリタニアについて言えば、皇帝たるシャルル以外には存在しない。認められて内から変える、などということは、スザクの立場からすれば決して行うことなどできない、不可能行為でしかない。仮に行ったとしたら、それは国家に対する大逆行為ということになる。どうしても国の中にあって変えようとするなら、それはクーデターという手段以外にはない。それを行おうとする者がブリタニアにいるかどうかは知れないが。にもかかわらず、そのようなことを口にしているということは、スザクが専制君主制という政体の本質を知らないか、弱肉強食を謳うブリタニアという国をあまりにも甘く考えているとしか言えない。要するに、スザクは名誉となり.、軍人となりながら、ブリタニアという国を余りにも知らなさすぎるのだ。それは知ろうとしない、あるいは考えようともしないスザクの怠慢以外の何物でもない。だからその結果として、スザクの言動は矛盾に満ちるのである。自身では己の死を望むと言いながら、実際には、それもかつての同胞に対して、その死を与える立場にいるということの自覚に欠けることこの上ない。ゆえにイレブンとされた日本人たちから、ブリタニアの狗と、裏切り者と呼ばれるのだ。
そしてまた、スザクはテロリストとなる者、テロ行為を行う者、そういった手段に出ざるを得ない者の考えを理解しようとしない。彼らは自国がブリタニアから独立することを、名を取り戻すことを望み、それを叶えようと必死に抗って行動しているわけだが、スザクにはその考えが理解できない。自分の考えに固執するあまり、他の考えを全て間違っていると、決して認めようとしない、理解しようとすらしない。現在、ブリタニアの植民地たるエリアとなっているのだから、此処はエリア11という名のブリタニアの一地方であり、その中でブリタニアのルールを守り、つまりは現状から少しでも認められればいいとしか思わない。自国を守り独立するということに考えが至らない。そしてそれが、それだけが正しいことであるとして、名誉になることすらせずに、ナンバーズと呼ばれ蔑まれ差別される立場に身を置き続ける者たちの思いを考えようとしない。誰もがスザクと同じように考え、同じような行動を取れるとは限らないということに、一向に気付こうとしない。
敗戦国となり、全てを奪われ、差別され、真面な扱いを受けることのないナンバーズとなった者たちが、どうして多少は扱いがましになるだろうと思っても、憎むべき、自分たちから全てを奪った者たちに対して、誰もが自分たちから進んでその相手側につこうなどと、スザクのように考え行動するとでも思っているのか。名誉となった者たちにしても、必ずしも皆が進んで、とばかりは言い切れない。生活のためにやむなく、と言った者とて決していないとは言い切れない。名誉となった者ですら、その全てがスザクと同じ考えとは決して言えない。それ以前にそこまで考えているかといえば、おそらくはほとんどが、否、だろう。
戦争は、たとえ大国たるブリタニアであろうと、戦勝国となっても多少なりとも被害は出るであろうが、その差は敗戦国との比ではない。敗戦国は多くの命を奪われ、多くの物を破壊される。失われるのは形のあるものだけではない。エリアという植民地とされ、ナンバーズとされ、差別を受ける立場になるということで、有形無形に限らず、多くのものを奪われるのだ。
適合率の関係から、名誉でありながら特例的にKMFに騎乗すること許され、更には皇族──エリア11副総督たる第3皇女ユーフェミア── から、多くの同様の立場にある中で己だけが学校に通うことを許され、騎士に任命までされておきながら、スザクはそれが己のみの特別扱い、いわば他の者からすれば贔屓以外の何物でもないにもかかわらず、これから先、己の主となった“慈愛の皇女”── 影では“お飾りの”、だが── と呼ばれるユーフェミアによって、自分と同じことが他の者たちにも与えられると、余りにも簡単に、楽観的に考えるスザクは、所詮は何も知らない、理解していない、自分以外の考えを持つ者の思いを考えようともしない、子供以外の何物でもないのだ。
スザクが信奉するユーフェミア自身が持つ力は、皇女、エリア11副総督という肩書きと、国是に反する理想のみであり、母の実家の力と、彼女を溺愛する“ブリタニアの魔女”とも呼ばれている総督たる実姉であり、エリア11総督のコーネリアの存在があればこそのものであって、実際には何の能力もないのは明らかであるのに、スザクはそんなことにすら気付いていない。いくらコーネリアによって守られていようと、ただ皇族という、副総督という肩書きで全てができるとでも思っているのか。ブリタニアは決してそんな甘い国ではないというのに。
スザク一人のみの特別扱いによって、他の名誉には不満ばかりが増大し、ナンバーズからはブリタニアに尻尾を振る狗と罵られる。ブリタニア人からは、名誉だからと何かと言われたり行動をとられることはあっても、スザクの考えでは、それは、自分は名誉だから仕方ない、とは思えても、他の名誉やナンバーズたちの自分に対する意識、視線には全く気付いていない。何も考えない。そしてそれが余計にエリア11におけるテロの頻度が増すことの一旦とすらなっていることにも。
スザクにとって、日本がブリタニアに敗戦してエリア11となったことはすでに確定された変えられない事実であり、独立などということは最初から考えていない。しかし他の人々は違う。事の良し悪しは別にして、どのような形であれ、ブリタニアに対して抵抗を、テロ行為を続けている者たちは。
過去の世界の歴史において、ブリタニアのことは別にして、植民地となった国は多い。欧州各国でもあったことだが、後には特にアフリカやアジアなど有色人種の国々が、白色人種、つまり欧州列強によって支配を受けてきた。しかし、同時にまた、それらの国は長い時間をかけてではあったが、独立を果たしている。それはその国の人々がそれを望み続け、その為の抵抗を続けてきたからだ。たとえどれ程に軍事力に差があろうとも、決して諦めることなく。
現在においてブリタニアのエリアとなり、その支配を受けてナンバーズとして差別されている国々の人々も、少なくともそれを望んでいる。それは抵抗をせずにナンバーズとしてあることに諦めているような人々にしても同じだ。すぐでなくてもいい。何時かきっと、かつて他の国の植民地だったことのある国々が独立を果たしたように── それらの国の中には、今またブリタニアのエリアとなっている国も多くあるが── 自分たちもまた、何時かきっとブリタニアからの独立を果たし、国を取り戻すのだという意識がある。人によっては、他力本願と言われようが、何時かきっと誰かが、と、そんなことをしてくれる存在の登場を願っている。それがスザクとの大きな違いだ。スザクは、エリア11となった日本はブリタニアの一部であり、従ってそのブリタニアのルールを守って、内から変えるのが正しいことであると思い込んでいる。それが余計な犠牲を出さずに済むことでもあると。そして名誉となったスザクは、現実にブリタニア人による行為によって、多くのナンバーズが苦しみ、飢え、病になっても大怪我を負っても、真面な治療を受けることもできずに死亡している者たちがいるという事実に目を背けている。あくまでテロは間違っていると、その犠牲しか見ずに。ナンバーズの暮らすゲットーの実情、人々の現状をきちんと認識していない可能性もあるが。いや、何時かユーフェミアが変えてくれる、彼らを救ってくれると妄信している部分もある。だからそれまで待てと、その間にどれ程の犠牲が出るかも考えずに短慮にそう考えている。
実際のところ、あくまで名誉にすぎない、ブリタニア人からすればあくまでナンバーズにすぎないスザクが考えているような甘いことは、少なくとも現在のブリタニアでは決して叶わないことであるし、スザクが信じ崇拝してやまないユーフェミアにそのような力は全くない。しかしスザクはそのようなことを考えることなく、ただ自分の考えだけが正しいというように、ユーフェミアが口にする理想を、彼女が何時かそれを叶えてくれると、ただ一方的に信じて、その為にブリタニアに対して抵抗を続ける人々を攻撃し、同胞殺しを行い続けている。何よりもそれが己の属しているブリタニア軍の上部からの命令であるからと。そして現在のエリア11における抵抗組織、テロ組織としては、筆頭ともいえる“黒の騎士団”と、それを率いる謎の仮面のテロリスト“ゼロ”を、間違っていると叫び続けている。しかし他の多くの者の考えは異なる。現状、表面的にはどうあれ、心の底では、何時か必ず独立を果たすのだと信じ、念じている。諦めている者ばかりではない。その思いがあり続ける限り、人々の、有形無形のブリタニアに対する抵抗が完全にやむことはないだろう。今はナンバーズたることに甘んじている人々も含めて。
そしてブリタニアという国も、必ずしも何時までも永遠に今のままの国であり続けるとは限らない。滅びぬ国はないのだ。かのローマ帝国の如く。歴史上、多くの国が誕生しては滅びている。絶対ということはない。ならば何時か、少なくともブリタニアという国そのものはあり続けたとしても、形としては現在の体制が無くなる可能性はある。その時、現在エリアと呼ばれているブリタニアの植民地となっている国々がどうなっているか。独立を果たし、本来の自国を取り戻している可能性はあるのだ。しかしスザクはそのようなことを思いも考えもせず、武力の差からいっても、現在のブリタニアが絶対だと思っている節があるが、それは歴史を知らないからに過ぎない。そしてスザクだけに限らないが、他人の話を聞くことなく、己の考えのみに固執している者に、必ずしも良い未来があるとは言い切れない。それがこれまでこの世界で繰り返されてきた歴史なのだ。
夢── ブリタニアからの独立── は叶う。それを夢で終わらせず、実現しようとする意思が、行動があり、努力がされ続ける限り、何時かきっと。
── The End
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