誘 い




 一体どうやって調べ出したのか、なんと帝国宰相のシュナイゼルが、突然、黒の騎士団の本部であるトレーラーを訪れた。そしてシュナイゼルは、ゼロと二人きりの会談を申し入れてきた。
「余人を交えずに、ゼロと二人だけで話がしたい。今回のエリア11副総督提唱の“行政特区日本”に関して」
 シュナイゼルの言葉に、ゼロは数瞬考えこみ、それから了承の返事をした。
「ゼロ、危険です!」
「私だけならともかく、シュナイゼルも一人で、というのだ。問題はない。シュナイゼルの配下の者たちはおまええたちで監視していろ」
 ゼロはそう告げて、シュナイゼルを伴い会議室に入った。
「どうぞおかけください、シュナイゼル宰相閣下」
 自分でも椅子の一つに腰を降ろしながら、ゼロはシュナイゼルにも椅子を勧めた。そしてシュナイゼルが腰を降ろしたのを確認して、ゼロは改めて口を開く。
「ユーフェミア副総督の“行政特区日本”に関してのお話とか。一体どのようなことでしょう?」
「……まだ公表はされていないが、本国では“行政特区日本”を認めないこととなった。理由は簡単、国是に反する内容だからだ」
「それは……。しかしそう決定が為されたのなら、何故すぐに公表されないのですか?」
「時期を待っているんだよ、君のためにね、ルルーシュ」
「!」
 ゼロことルルーシュは、仮面の中で息を呑んだ。
「な、何を……」
「君が私の異母弟(おとうと)であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであることは、今は私しか知らない。いや、今はルルーシュ・ランペルージ、といった方がいいのかな?」
 微笑みを浮かべながら、シュナイゼルはゼロにそう告げた。
「……何を仰っているのか、分かりかねますね。私があなたの弟だと? 馬鹿馬鹿しい」
 ルルーシュは努めて冷静に返した。
「言っただろう、私一人しか知らないと。私の前で自分を偽る必要性はないのだよゼロ、いや、ルルーシュ。
 七年前、君の母上であるマリアンヌ様が殺され、君たち兄妹が日本に送られるのを、当時の私は黙って見ているしかなかった。だが今は違う。帝国宰相という地位にあり、父上であるシャルル皇帝が政治を顧みない今、ブリタニアの国政は全て私の手の中にあるといっていい。
 今回の特区は、ユーフェミアが皇位継承権を返上することと引き換えに認められた」
「ユフィが皇位継承権を返上!? 何を馬鹿な真似を!」
 ルルーシュはシュナイゼルの言葉に、思わずユーフェミアを昔呼んでいた愛称で呼び、図らずも自分がルルーシュであることを認めてしまったことに気付いていない。
「しかし開設と同時に、国是に反するとして特区を即時廃止という方向で動いている。回りくどく見えるだろうが、それが一番穏便な方法なのでね。従って、君たち黒の騎士団が特区に参加する必要性は全くないと言っていい」
 ルルーシュの言葉を無視してシュナイゼルは続ける。
「イレブンの、日本人の望むのは、ブリタニアから施される極一部の特区ではなく、日本の独立、そうだね? 極一部の限られた人数しか認められないような特区のために、テロが行われているわけではないだろう?
 そしてルルーシュ、君が望むのは、君たち兄妹がブリタニア本国から、皇室から隠れて住む必要のない世界、そうじゃないのかな?」
「……」
 ルルーシュの無言をシュナイゼルは肯定と受け取った。
「昔の私には何の力も無かったが、今は違う。そして父上は政治を顧みない代わりに何をしているかと言えば、さすがに詳しいところまでは分からないが、何やらおかしな研究に憑りつかれている。世界各国への侵略も無闇なものではなく、それに準ずるもののようだ。つまり、侵略する国を何らかの意図の下で選んでいる」
 仮面の中でルルーシュは眉を顰めた。
「どんな研究です? そしてその目的は?」
「言っただろう、私もそこまで詳しくは知らないと。けれど世界中の人間にとってあまりいいものではなさそうだよ。
 つまり、日本侵攻も日本の何かしかに関しての目的があってのこと。サクラダイトの件は、目的としては二の次と言っていいだろうこと、あるいは単なる名目上のもの、建前だと私は考えている」
「……」
 シュナイゼルの言葉は果たしてどこまで信用していいものなのか、ルルーシュは仮面の中で考え込んだ。
「そこで、私としては君との共闘を提案したい」
「共闘!? どういうことです?」
「簡単な話だ。父上には早々に退位していただいて、表舞台から消えていただこうと考えている。そのために日本に独立してもらって、父上の日本侵攻の目的を失わせ、研究を無駄なものにさせてしまおうということだ」
「そんなことが本当にできるとお思いですか?」
「君と私が組めばできないことはないと思っているよ。それだけ私は君の能力を評価している」
「そんなことをしてあなたに何の得があります? それに帝国宰相たるあなたの立場は?」
「帝国の実質的な政治権力は全て私の下にある。心配はいらないよ。仮に宰相の立場を追われても構わないと思っているしね。そしてね、何よりも私は7年前にできなかったことの後悔を取り戻したいんだよ。愛しい異母弟を再びこの腕に抱き締めたいんだ。
 私の方の君に対する助力としては、第7世代KMFであるランスロットを出撃させない。ランスロットは私の直轄である特派の物、それを何時までも第3皇女の選任騎士となった枢木をデヴァイサーにしておくわけにはいかないと、彼をランスロットのデヴァイサーから降ろす。そうすればランスロットは何があっても出撃することはないから、黒の騎士団としては動きやすいはずだ。その他に、内密に武器弾薬と活動資金の提供を。これは私のポケットマネーから出すから外には漏れない」
「……あなたの言葉を、本当に信用していいんですか?」
 ルルーシュの問いかけに、シュナイゼルは困ったような笑みを浮かべた。
「今日此処に、確かにSPは連れてきたけれど、私が一人で来たこと、此処の場所のことを誰にも告げていないこと、そして君の仮面を無理に取ろうとしないという私の行動で、信用してもらうしかないね。
 ともかく、特区には参加しないことだ。式典への出席は別にしてもね。
 君の賢明な判断を期待しているよ、ルルーシュ。いや、ゼロ」
 言いたいことは告げたとばかりに、シュナイゼルはさっと立ち上がった。それにつられるようにルルーシュも立ち上がる。
「今度会う時には、仮面を外した君とでありたいものだね」
 その言葉を最後に、シュナイゼルは一人会議室を後にし、連れてきたSPたちと共にトレーラーから離れていった。
 それを見届けて、幹部たちがゼロであるルルーシュの元へと駆け込んでくる。
「ゼロ! シュナイゼルは何と言ってきたんだ!?」
「ゼロ、大丈夫でしたか? 何か問題は?」
 幹部たちが次々と質問をゼロに浴びせる。
「……特区には参加するなといってきた。特区は開設と同時に廃止が決まっていると」
「どういうことです!?」
「更には我々に資金提供を、とのことだ。つまり我々と共闘して日本の独立を促したいと」
「馬鹿な!? 仮にもブリタニアの宰相であるシュナイゼルが、自国に不利になるようなこと」
「皇帝に対して何やら思惑があるようだな。済まないが暫く一人で考えたい」
 ルルーシュはそう告げると会議室を後にして自室に籠った。
 考えることは唯一つ。
 特区のことはすでに頭になかった。かつて他の異母兄弟姉妹の誰よりも近しく親しかった、慕わしかったシュナイゼルの本心がどこにあるのかだ。あの異母兄(あに)の言葉を、本当に信頼していいのだろうかと、それだけを考えている。

── The End




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