櫻の樹の下には…




 櫻の樹の下には屍体が埋まつてゐる──



 梶井基次郎という作家が書いた、『檸檬』という短編の作品集の中に収められた一編の中にある文章である。その一文の意味するところは、「桜の花が美しいのは樹の下に屍体が埋まっていて、その腐乱した液を桜の根が吸っているからだ」ということだそうだ。
 それを初めて読んだのは、まだ子供の頃、枢木の土蔵に妹のナナリーと二人でいる時だった。その土蔵の中にその本があったのだ。それを読んだ当時は、まだ意味をよく理解してはいなかった。しかしのちに、たまたま翻訳されたものを見つけて読んだ時に、もともとのもの、つまり枢木の土蔵で読んだものを思い出し、そしてその意味を悟った。
 ゼロ・レクイエムを前にしてそれを思い出した時、俺は思った。
 そして、スザクにも内緒で、C.C.とジェレミアの二人に頼んだのだ、他の者には他言無用、決して言ってくれるなと念を押して。
 日本の式根島には、俺を守り庇って死んだ、確かに血の繋がりはないが、それでも、俺にとっては、大切な弟としか言えない存在となったロロの亡骸が眠っている。
 その墓は、盛り土をして、木の枝を立て、そこにロロが大切にしてくれていた、俺が贈ったロケットタイプの携帯ストラップがかかっているだけだ。
 だから、そのロロの墓をもう少しきちんとしてやってほしいこと、そして俺の死体を、誰にも知られることなくそこに運び、そして大切なロロの眠る隣に埋めてほしいと。けれど俺の墓には墓標はいらない。代わりに、桜の苗を植えてほしいと。
 桜がその花を咲かせるまでは時間がかかるだろう。だがそれでも構わない。隣で永遠の眠りについているロロに、何時か美しく咲くだろう桜の花を見せてやりたい。
 そして、そんなことは無理だろうと分かってはいるが、俺の死によって訪れるかもしれない、優しい世界を感じたい、と。
 俺とスザクが計画したゼロ・レクイエエム。それは、俺の死によって、それまでの世界の負の連鎖を断ち切り、新しい、人に優しい世界を齎すためのもの。だが、俺自身を人柱とした世界が、果たして本当に俺の望むような世界になるか、誰にも言っていないが、実を言えばかなり怪しんでいる。そんなものは夢のまた夢でしかないのではないかと。たとえそのような世界が訪れても、それはほんの僅かの間のことではないのかと。つまるところ、ゼロ・レクイエムとは、スザクのユーフェミアのための仇討ち、それでしかないのではないかという思いがある。



 風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん──



 そして同時に思い出したもう一つ。それは、もう数百年も前の、日本が江戸時代と呼ばれていた、江戸幕府、武士によって支配されていた、元禄という元号の頃に起きた、幕府の本拠と言っていいのだろう、江戸城の松の廊下で起こした刃傷事件により切腹を命じられた、浅野内匠頭長矩が、切腹の前に詠んだという辞世の句だ。
 ここで詠まれている「花」とは桜のことだろう。時期的にもそう考えて間違いないと思えるし、古代の日本では、花といえば梅だったそうだが、後には、花と言えば桜をさすようになっていたそうだから。
 さすがに、この彼の遺した辞世の句の意味までは分からない。
 ただ、桜の花は、少しばかり強い風が吹けば、一斉にすぐに散ることがあるそうだ。それはある意味、桜という花は潔い散り方をするのだと、黒の騎士団に属していたわりと年配の団員の誰かから聞いた覚えがある。その散り方は、桜吹雪という言葉があるように、とても見応えもあるものだと。
 俺は、スザクに刺し貫かれてその一撃で死ぬことだろう。それはある意味、その桜の散り方に似てはいないだろうかと勝手に思ってみる。
 だから、式根島から世界を見渡すことなど決してできないことだが、何時か俺の墓標となった桜の木から花が咲いたら、その桜の花びらとなって、風に誘われるように舞い散り、少しでも世界を感じ取ることができればと思う。そしてその世界が、俺の望んだ、かつて俺が殺してしまったユーフェミアや、妹のナナリーが望んだ、優しい世界であればいいと願う。
 儚い願いだ。多分、叶うことはないだろう夢。だが、夢を見るくらいなら、誰にも迷惑をかけるわけではないのだから許してくれ。そしてそんなつまらない夢のために苦労をかけることになるだろうが、俺の、ゼロとなったスザクに殺された俺の遺体を、俺の望むようにしてほしい。それが、俺の最期の望みだから。

── The End




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