彼がそれに気付いたのは、エリア11の総督たる異母弟の第3皇子が殺される1ヵ月ほど前のことだった。
もう一人の彼がそれに気付いたのは、エリア11の総督である神聖ブリタニア帝国第3皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアが殺されてから少し経ってのことだった。
その間に、仲間1人の死と引き換えにブリタニア軍から奪った毒ガスのポッドは、いつの間にか中身が空になっていて、けれど誰だか知れぬ人物の声による誘導のまま、KMFを手に入れ、ブリタニア軍とやりあった。ブリタニア軍によるシンジュクゲットー掃討作戦の中、辛くも脱した彼らだったが、その後、仮面を被った不思議な男と出会い、クロヴィス総督の殺害犯として連行されている名誉ブリタニア人枢木スザクを救い出した。何故なら枢木は犯人ではなく、真の犯人はその仮面の男だと本人が言ったからだ。しかし日本人の誇りを捨ててブリタニアの狗になった奴を救う必要などなかったのではないかと思ったが、その場は、その不思議な仮面の男の力量を知るためにも、彼の言い分を聞くためにも、力を貸した。
気付いた後で失敗したと思ったが、その時には遅かった。すでに事が済んだ後だったから。
ある日、エリア11のシンジュクゲットーに本拠を置く小さなテロ組織、扇グループのリーダーである扇要は、彼の親友であった紅月ナオトの妹であるカレンに告げた。
ちなみに紅月カレンのもう一つの名はカレン・シュタットフェルト。ブリタニアの富豪の令嬢ということになっている。シュタットフェルト家の当主が、以前、日本人であるカレンの母に手をつけてカレンが生まれたのだが、本妻との間に子が無く、よって、ブリタニアの日本侵攻と、その後の攻略を受け、己が手をつけた今はイレブンと呼ばれるようになった日本人女性から生まれた子供、つまりカレンを自分と本妻との娘ということにして引き取ったのである。だがカレンはそんな父親と、義理の母親を憎み、そしてまたブリタニア人の父親に自分を売ったも同然の母を恨んだ。そして病弱なブリタニア人の富豪の令嬢という仮面を被り、エリア11でも有数の私立学園に通いながら、裏では日本人の紅月カレンとして、元は兄が創り上げた、現在の扇グループでテロ活動を行っている。女ながらにKMFのデヴァイサーとしての才能があったらしく、グループ内では最前線を任されている。もっとも、扇はナオトの妹である、未だ未成年のカレンを前線に立たせることにいい顔はしていないが、それはカレンが望んだことだ。兄の望みを、自分の望みを、日本人の望みを叶えるために。日本をブリタニアから解放するための戦いに身を投じることをカレン自身が決めたのだ。
「カレン、君のクラスにルルーシュ・ランペルージって奴がいるだろう?」
「え? ルルーシュ・ランペルージ?」
カレンは扇に言われた名前を復唱しながらクラスメイトの顔と名前を思い出した。
そして確かにいたと思い出す。日本人よりも濃い、漆黒といっていい艶のある黒髪と、深いアメジストの瞳をした、世間を斜に見ている優男。
「確かにいますけど、彼がどうかしたんですか、扇さん?」
「そいつがこの前の仮面の男なんだ!」
「えっ? 本当ですか? でもどうしてそれが分かったんですか、扇さん」
「分かったっていうか、思い出したんだ」
「思い出したぁ? なんだ、それ、どういう意味だ?」
同じグループ内の玉城が二人の遣り取りに口を挟んできた。
「ああ、今の俺には未来の記憶がある。そのことに先日気付いたんだ。だからそれを確かめるためにもカレンに聞いたんだが」
「ホントかぁ!?」
「あの仮面の男が未成年の学生だって?」
南も思わず話にのってきた。
「あのルルーシュが? まさか……」
普段のルルーシュの様子と、枢木スザクを救い出した仮面の男とを比べてみて、カレンはとても同一人物には思えなかった。
「本当のことだ。しかもそれだけじゃない。あいつの本当の名前はルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ」
「ブリタニアって、それって、ブリタニアの皇族ってことじゃないですか!?」
奥にいた井上が思わず叫んでいた。
「ルルーシュが、皇族?」
立て続けに告げられる扇の言葉にカレンは戸惑いを隠せない。
しかし言われてみれば、ルルーシュの瞳の色は、ロイヤル・パープルといわれる、皇族によく現れる、逆にいえば、一般のブリタニア人には珍しい色だ。その瞳の色だけを考えるならば、ルルーシュが皇族だと納得できなくもない。
けれどもし本当にルルーシュが皇族であるなら、何故偽名を使って学園に通い、なおかつ総督のクロヴィスを殺し、その容疑者となっていた枢木スザクを助けたりしたのか。
カレンの疑問を察したかのように扇は説明した。
「要は、簡単に言ってしまえばお家騒動みたいなものだ。思い出してから調べてみたんだが、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは7年前に妹のナナリー・ヴィ・ブリタニアと共に、日本に親善のための留学生という名目で、いわば態のいい人質として送られてきている。だから奴には祖国に対する恨みがあるんだ。けど、それだけじゃない。あいつにはギアスっていう、人の意思を捻じ曲げて思い通りに操る力もある。それは人として許してはいけない力だ。そんな力を持つ奴を信用してはいけない」
「でもよぉ、おまえの言うそのギアスとかいう力があったら、その力でブリタニアの奴らを操って俺たちが勝利を飾れるじゃねぇか」
玉城がもっともらしいことをいい、杉山も、そうだな、と頷いた。
「それが敵にだけ使われるならいい。だがもし俺たちに使われたら? それを考えたら俺はとてもじゃないが恐ろしくて奴についていくことなんかできない。いや、奴の存在を許してはいけないと思う。実際、俺の中にある未来の記憶では、あいつはその力を使ってブリタニアの皇帝になって、世界を征服している」
「ルルーシュがそんなことまで!?」
カレンの知るクラスメイトのルルーシュ・ランペルージからは想像もできないその話に、嘘でしょう、と彼女は思った。
「信じられないかもしれないが本当のことだ。事実、カレンのクラスメイトとしてルルーシュ・ランペルージという奴が存在しているんだから、俺の未来の記憶は間違いない」
「じゃあ、俺たちどうしたら……」
そんな不可思議な力を持つ男を前にどうしたらいいのかと玉城は不安そうに呟いた。
「そいつのために、未来では日本人に対する虐殺まで行われている。だからそんなことが起きる前に、そいつを、ルルーシュを捕まえてブリタニアに引き渡すんだ、交換条件を付けて」
「交換条件?」
「相手は仮にもブリタニアの皇子様だ。そんな奴を引き渡してやるんだから、少しくらい条件を付けたっていいはずだ」
「ど、どんな条件を付けるつもりなんだ、扇?」
思わずどもりながら南が扇に問いかけた。
「日本を、全てとは言わない、一部だけでも取り返す。そしてそこを拠点にしてブリタニアとやりあって、最終的には日本を解放する」
「そんなことが本当に可能だと思ってるんですか、扇さん?」
「言っただろう、俺には未来の記憶があるって。ここであいつをブリタニアに引き渡せば未来の構図は変わるかもしれない。だがブリタニアの戦力とかに関してはそう変わらないはずだ。キョウトとも連絡をとって、新型のKMFを手に入れて、それでブリタニアを叩く。ブリタニアの戦力に関する情報はすでに俺の中にあるんだ、キョウトはそれを買ってくれる、力を貸してくれる!」
扇の持つ未来の記憶の中、キョウトが力を貸したのは、ゼロがルルーシュであることを桐原翁が知ったからこそなのだが、その点には扇は気付いていない。情報があればそれを買ってもらえると、助力を得られると思い込んでいる。
「だからカレン、何とかしてルルーシュの奴を連れ出せないか?」
「で、でもルルーシュにはギアスっていう変な力があるんでしょう?」
大丈夫なのかとカレンは不安そうに扇に尋ね返した。
「目を見なけりゃ大丈夫なはずだ」
「連れ出すだけで、いいのね、扇さん?」
「ああ、後は俺たち皆でかかればいい。相手は一人なんだ、どうにでもなる」
「分かったわ、やる。それで日本が返ってくるんなら、何だってやってみせる」
扇の自信満々の言葉に誘導されるかのように、カレンは頷いていた。
その頃、アッシュフォード学園のクラブハウスの前に前後を軍の車に護衛されたリムジンが着けられた。
そのリムジンから降りてきたのは、小さな子供以外は知らぬ者はいないであろう、神聖ブリタニア帝国の第2皇子にして、帝国宰相の地位にあるシュナイゼル・エル・ブリタニアだった。
「さて、おまえはどう出るのだろうね、ルルーシュ」
副官のカノンを連れて、シュナイゼルはクラブハウスの中に足を踏み入れた。
そして生徒会室にいるであろう異母弟── ルルーシュ── の、自分を見て驚く顔を思い描いてほくそ笑んだ。
気付いた当初は夢かと思った未来と思しき記憶に、けれどもしそれが事実であるならば、ルルーシュが本当に自分たちの敵となる前にブリタニアに連れ戻すべきだとシュナイゼルは考え、調べさせたのだ。エリアで11で死亡したことになっている二人の幼かった異母兄妹の現在の状況を、現在どのように過ごしているのかを。
そして次に考えたのは、何時迎えに行くべきか、だった。直ぐに行くべきか、それとも総督である第3皇子クロヴィスが死んだ後にすべきか。しかし、後にしたらそれはルルーシュの手を汚してしまうことになる。だが同時に邪魔な存在が一人減るのは喜ばしいことでもある。それにクロヴィスが死んでから彼が本当の意味で表に出てくるまで間がある。その間にするのもいいかもしれない。ルルーシュにとっては異母兄にあたる彼の異母弟をその手にかけたことに罪を感じるだろうけれど、それはそれで対処の仕方があると考えた。
そうしてルルーシュの祖国への反逆が本格的な物となる前に、彼の身柄を抑えることとしたのだ。
あの優秀な頭脳を敵にくれてやるのは惜しい。自分の傍にあって、ブリタニアの版図を広げるために有効に活用すべきだ。ブリタニアを憎んでいるであろうルルーシュには剛腹だろうが、そこはナナリーのためだといえば、妹思いの彼が頷かないはずはない。
そうして全てを計算した上で、シュナイゼルはルルーシュとナナリーを迎えに来たのだ。
カレンがルルーシュ・ランペルージとその妹の不在を知らされたのはその翌日のこと。
帝国宰相のシュナイゼルが、ルルーシュとナナリーの二人を自分の弟妹だとして連れていってしまったのだと、クラスメイトのリヴァルから知らされた。
リヴァルも、二人が“悲劇の皇族”と呼ばれていた当人たちだったとは知らなかったよと、肩を落としながら告げるのをカレンはただ黙って聞いているだけだった。
扇の作戦は、扇と同じように未来の記憶を持つシュナイゼルの動きによって、始まる前に終わっていたのだ。
しかし、シュナイゼルが自分と同じように未来の記憶を持っているなどと知らなかった扇は、仲間たちからは夢を見ていたんだろうと言われ、そんなはずはないと言い返すも、その言葉に力はなかった。そして肩を落としながら思うのだ。本当にあれは夢に過ぎなかったのかと。
── The End
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