C.C.は一人、トウキョウ租界の外れに近い処にある、小さな教会の祭壇に向かって祈りを捧げていた。
祈り── それは、彼女の契約者である彼が、少しでも安らかに逝けるように、だろうか。
── 時間だ。
C.C.はそう思い、そして程なく、コード保持者である自分と、その契約者である彼との絆が途切れたことに直ぐに気付いた。
── 逝ったか……。
そう思い、C.C.の頬を一筋の涙が伝った。
その途端、C.C.の目の前の世界が暗転した。
「なんだ、一体何が……」
── 何が起こったというんだ!?
C.C.のその問いに答える者は、誰もいない。
意識を取り戻したCC.の目の前に広がるのは、彼女にとっては馴染みの深い世界だった。
「どうして……?」
どうしていきなりこんな所に、とC.C.は思う。Cの世界に来ることなど考えてもいなかったのに、と。
ゆっくりと躰を巡らして周囲を見る。すると、少し離れた所に一人の男性の後ろ姿が見えた。
後ろ姿だから、当然、顔は見えない。それでも、それが誰かは直ぐに分かる。分からないはずがない。
見慣れた姿かたち、死に装束として誂えられた白の衣装。それは誰でもない、自分が今まで永い間生きてきた中で、唯一自分の真名を知り、最も愛した共犯者。おまえが魔女なら自分が魔王になればいい、とまで言ってくれた男。 その男との繋がりの深さが、彼の死をきっかけにC.C.をCの世界へと誘ったのだろうか。
C.C.はゆっくりと、男の方へ向かって歩を進めた。
その気配に気付いたのか、男がゆっくりとC.C.の方へと躰を向けた。
それは間違いなく、C.C.の共犯者だった男。誰よりも愛した男の、美しい微笑んだ貌があった。
「C.C.」
そう一声呼んで、男── ルルーシュ── は、C.C.に向けて両腕を広げた。C.C.を迎え入れるために。そうと察して、C.C.は駆け出し、ルルーシュの腕の中に飛び込んだ。
「ルルーシュ! ルルーシュ、ルルーシュッ!!」
C.C.はルルーシュの胸に顔を埋め、背に腕を回して、男性としては細身なその躰を思い切り抱き締めた。 ひたすらルルーシュの名を呼びながら、知らず、C.C.は涙を流していた。
胸元が濡れるのに、そうと気付いたのだろう、ルルーシュが苦笑する。
「C.C.、何をそんなに泣いてるんだ? おまえらしくもない」
「だって、こんなふうにおまえにまた会えるなんて思ってもいなかった」
涙声で答えるC.C.に、ルルーシュは微笑みを深くした。
そう、ここはCの世界で、現実世界ではない。ここは人の魂の集まるところ。人が生まれ出て、そして還ってくる所。だが、だからといって会いたいと思う相手に会えるとは限らない。その可能性は限りなく低いといっていい。ゆえにC.C.はもう二度とルルーシュと見えることができるなどとは考えていなかった。できればいいと、そう望みはしたが。
「C.C.、俺の最後の心残りはおまえとの約束を契約を果たしてやれないことだった。その思いが、おまえを俺のもとに連れてきてくれたのだろうな」
C.C.は涙に濡れた顔を挙げ、ルルーシュを見つめた。
「それはもういい。おまえがこうしていてくれるなら」
「そうはいかない」ルルーシュはC.C.の言葉に首を横に振った。「いずれ俺はこの世界を出て現実世界で生まれ変わることになる」
「ルルーシュ……」
「だから、俺が生まれ変わったら、俺を見つけてくれないか? そして約束を果たそう」
ルルーシュの言葉に、C.C.は俯き、首を振った。
「C.C.?」
「生まれ変わったら、確かに魂は同じだが、それはおまえであっておまえでない。別の者だ。私はおまえがいいんだ、おまえでなければ駄目なんだ」
「なら、俺は生まれ変わっても俺のままであることを強く祈ろう。此処はCの世界。思いの強さが何よりも勝るのだろう? 此処にいる間はずっとおまえといよう。そして生まれ変わって現実世界に戻る時は、また今の俺として生まれよう。そう強く願う。そしてその生が終わってこのCの世界に戻ってきたら、また次に生まれ変わるまでおまえと此処で過ごす。それを繰り返そう、おまえが死ぬことができるまで。そうしたら、ずっとおまえと一緒にいられる。そうじゃないか、C.C.?」
「な、何を馬鹿なことを言っている。そんなこと、できるはずないだろうがっ! そんなうまくいきっこないっ!」
「そう簡単に決めつけるものじゃないだろうに。さっきも言ったが、此処では思いの強さが一番なのだろう? なら俺が、そしておまえも一緒にそう強く望めば、きっと叶うさ。それに、忘れたか? 俺は不可能を可能にする男、ゼロ、だぞ?」
ルルーシュの言葉に、C.C.は呆れたような表情を見せた。
「馬鹿だ、おまえ。こんな私なんかのために……」
そう告げて、C.C.は顔を歪める。
「馬鹿はないだろう。俺がそれがいいと言ってるんだ。それとも、おまえは嫌か?」
「嫌なはずない! おまえが、おまえだけがいいんだ、私は!」
「なら、俺のこの魂が同じである限り、このCの世界でも、現実世界でも、ずっと共に、二人で一緒にいこう、何時までも、何処までも。C.C.、俺だけの魔女」
「や、約束を違えたら、許さないからな、私の魔王!」
まだ涙の痕の残った顔で、それでもC.C.はルルーシュに、思い切りの笑顔を見せた。
神聖ブリタニア帝国第99代皇帝、悪逆皇帝と呼ばれたルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが、仮面の救世主ゼロの手にかかって死んでから、どれくらいの時が経ったろうか。
結局、ゼロ・レクイエムで世界を破壊はしたが、ルルーシュの望んだ再生は為されなかった。
世界は、人々は間違えたのだ。代表たるに相応しからざる存在を代表とした幾つかの国。そしてその者の無知、見識の無さ、理想主義だけでそれを果たすための手段も持たず、また、他の国はその者たちの国をあなどり、エゴを剥き出しにして世界は再び乱世を迎えた。救世主たるはずのゼロは頼りにならなかった。どういった経緯でそうなったのか人々が知る由もなかったが、ゼロはブリタニアの元宰相であるシュナイゼルを己のブレーンとした。そしてそれが人々に不信感を与え、また、彼が創設したはずの黒の騎士団はゼロから距離をとり、要は離反した。結果、ゼロは世界に対して何の力にもならなくなった。
ゼロ・レクイエムは失敗したのだ。何一つとして、ルルーシュが望んだようにはならなかった。
失意の中、ゼロは世界から、人々の前から姿を消した。彼が何処に向かったのか、知る者はいない。ゼロに仕えよ、とルルーシュからギアスをかけられているシュナイゼルは、そのゼロが消えたことで、虚無の世界に身を委ねるだけになった。結果、それでなくても代表たるに相応しいといえる力量を全く持たぬナナリーを、そうとは気付かず、ただ悪逆皇帝と戦った聖女として代表としたブリタニアは、抑えがなくなり、国内のいたるところで争い事が絶えなくなった。かつてのエリアにしても、ナナリーの執った誤った政策のために、かつてのシャルルが皇帝としてあった時よりも酷い状態に陥っているし、そのエリアから、ブリタニアは、ナナリーは賠償金をむしり取られているだけで、それがブリタニアをより一層混乱と貧困に落とし込んだ。かつての大国の面影など全く見られないほどに。見識のある者からは、ほどなく国内は幾つもの国に分裂することになるのではないかと見られている。
世界は、シャルルや、悪逆皇帝と呼ばれたルルーシュの時代よりも悪くなっている。そしてそれを抑え、纏めることのできる者は何処にも存在しない。
EU圏は、乱世にあるといえる世界の中で、それでもまだ比較的平穏が保たれている方だ。争い事が全く無いというわけではないが。
イタリアの南部にある、とある小さな町中の公園で、一人のライトグリーンの髪をした少女が人待ち顔でベンチに座っている。
「C.C.!」
若い男性の声に、少女はその声のした方に顔を向けると、笑みを浮かべて立ち上がった。
漆黒の髪、アメジストを思わせる紫電の瞳をした若い男性が、少女に向かって駆け寄ってくる。
「ルルーシュ!」
「待たせて済まない」
「いや、ちゃんと来てくれたから、それでいい」
二人はどちらからともなく伸ばした手を繋いで、歩き出した。向かう先は、明日── 。
── The End
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