レクイエム




 皇帝直轄領たるトウキョウ租界。そのメインストリートで行われていたパレードにおいて、神聖ブリタニア帝国第99代“悪逆”皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、大勢の民衆の前で、仮面のテロリスト、ゼロによって刺し殺された。
 そのルルーシュに泣き叫びながら縋りつく彼の妹ナナリーを、ルルーシュから無理矢理引きはがして、ジェレミア・ゴットバルトは興奮した民衆が押し寄せる前に、ルルーシュの躰を大切に抱えて全速力で走り去った。
「待って、お兄さまを返して! 連れていかないでっ!!」
「待て、ジェレミア! ルルーシュを何処へ連れていくつもりだ!?」
 そう叫ぶナナリーと、ジェレミアの行動に一瞬呆気にとられていたゼロの声を無視して。
 ジェレミアが真っ直ぐに向かったのは、租界の中心から離れた場所にある、普段は無人の小さな教会。そこでは、C.C.が一人、神── Cの世界の集合無意識ではない、信仰の対象、祈りを捧げる対象としての“主”と呼ばれる“神”である── に祈りを捧げながら待っているはずである。



 バタン、と扉の開く音がして、祭壇に向かって膝を折り祈りを捧げていたC.C.は、振り返り、入ってきたのがルルーシュを腕に抱えたジェレミアと分かると、ゆっくりと立ち上がった。そのC.C.に、ジェレミアはルルーシュの遺体を大切に抱えたままゆっくりと近付いていった。
「予定通り、無事に終わったのだな」
 C.C.の確認するかのように静かに告げられた言葉に、ジェレミアは頷いた。
 祭壇の手前に置かれた何も乗っていない台の上に、ジェレミアはルルーシュの遺体を横たえた。その死に顔は、満足そうに綺麗な微笑みを浮かべている。
 まだ微かに温もりの残るルルーシュの頬に、C.C.は優しげに手をのばして撫で、次いで髪を梳いた。
「これでやっと、おまえの戦いは終わったんだな。母であるマリアンヌを殺され、ブリタニアから追い立てられてから、初めて、もう何の心配もない安らぎを得ることが叶ったんだな。
 もうおまえを縛るものは、枷となるものは何もない。これから先、おまえを謗る者は、罵りの声を上げ続ける者は多いだろうが、もうそんなものを気にすることはない。そんな声に耳を貸すことはない。
 私は、いや、私だけではないな、ジェレミアたちもいる。少なくとも最期までおまえの共犯者、協力者だった私たちは、本当のおまえを知っている。おまえが何を望み、何をしたのか、何をどう考え行動していたのか。おまえの優しさも、強さも、そして弱さも、全てとは言い切れないかもしれないが、それでも確かに私たちはその真実を知っている。
 これから先、おまえの望んだ通りの世界になるかどうかは分からない。だがそれは残された者たちが負うべき、為すべき責任であり、もうおまえの手を離れた。それにおまえは、おまえができる範囲で可能な限りのことをし尽くし、後の者たちに遺した。これ以上、おまえが責任をとる必要などないのだ。おまえはこうして、私から言わせればここまでやらなくてもいいだろうほどに責任を果たし、その責めを過ぎるくらいに負ったのだから。
 だからこれからは、誰に邪魔されることもなくゆっくりと眠れ。私たちがおまえの眠りを守ろう。
 ルルーシュ、最初で最後の私だけの魔王。私はもう誰とも契約を交わすことはない。おまえが最後だ。だからこの生命ある限り、永遠におまえを想い、おまえの眠りを守り続けよう。
 そして何時か、もし再びおまえがこの世界に生れ落ちたなら、その時のおまえはきっと私のことは分からないだろうが、忘れているだろうが、それでも私はおまえに会いにいくよ。
 何時までも愛しているよ、ルルーシュ、私の魔王」
 C.C.は温もりの失われていくルルーシュの唇に、己の唇を寄せた。



 ジェレミアは再びルルーシュの遺体を大切に抱き上げ、C.C.と二人、教会を後にした。
 メインストリートは未だ喧騒の中にあり、人々の意識はそちらにあって、彼らに気が付く者はいない。かねて密かに用意してあった小型艇に乗り込み、本土を離れて式根島に向かう。そこには、ルルーシュの弟であるロロが眠っている。住む者のないそこならば、誰もルルーシュの眠りを邪魔することはないだろう。ロロがいるから、ルルーシュが寂しいと思うこともないだろう。だから誰にも知られぬように、C.C.たちはルルーシュをそこに葬ることを決めていた。ルルーシュのことだ、きっとゼロに殺された後、民衆の手によって己の遺体が嬲られることくらい覚悟し、そしてまた受け入れてもいただろうが、C.C.たちはそんなことは認められなかった。許せることではなかった。だからルルーシュにも内緒で、C.C.とジェレミア、咲世子、ロイドとセシルだけで決めた。ゼロとなるスザクにも諮ることなく。この点においてのみ、ゼロ・レクイエムの協力関係にありながら、スザクは蚊帳の外だった。ゆえにジェレミアがルルーシュの遺体を持ち去った時、ゼロであるスザクは呆気にとられたのだ。
 予定していた通りにC.C.が見守る中、ジェレミアはすでに綺麗に整えられていたロロの墓の隣にルルーシュを葬った。
 そして二つの墓に祈りを捧げた後、ジェレミアはこのままこの式根島に残るというC.C.を置いて、一人、小型艇に乗り込んだ。
 この後、そうちょくちょくこの島を訪れる事は叶わないだろう。しかし自分の心は、忠誠はどこまでも、何処にいてもルルーシュの元にあるのだから、距離は関係ない。そうジェレミアは思い、心だけをこの地に残して、C.C.が見送る中、静かに飛び立った。



 人々の憎しみを一身に集めた“悪逆皇帝”ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは死んだ。ゼロという希望を遺して。
 これから先、世界がどう進むのかは誰にも分からない。果たして、ルルーシュが願い、望んだような優しい世界になるか否か。それは全て後に残された者っちにかかっている。
 C.C.は思う。たとえ短い日々であったとしても、ルルーシュが望んだような日が訪れればいいと。しかしそう思う一方で、おまえらにそれができるのかと、ルルーシュがしたように、人々を、国を導き、責任を取り、それを果たすことができるのかと嘲笑する自分がいることにも気が付いていた。そして彼らが失敗したら、思い切り嘲笑(わら)ってやろうと考えていることに。そう、どこかで彼らが失敗することを、そしてルルーシュを殺してしまったことを後悔すればいいのだと、そう考えている自分の存在を。
 けれどともかくも、今は、やがてほどなく訪れるだろう残りの仲間たちを出迎える準備をしておこうと、C.C.は動き出した。

──The End




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