葬りたい歴史




 トウキョウ租界にある私立アッシュフォード学園。現在、その構内にある体育館で、超合衆国連合の臨時最高評議会が開催されている。その議題は、神聖ブリタニア帝国第99代皇帝たるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアからの希望による、ブリタニアの連合加盟に関することである。
 そして、この場に至るまでの過程について、大いに儀礼に反したことはあったものの、それはさておき、ルルーシュはそのことについては気にしていないかのように── ちなみにその内容、状況については、参加している議員たる各国代表たちは誰一人として知らない。ただ、案内役がいたにもかかわらず、ルルーシュが一人で議場に入ってきたことをいぶかしんではいたが── 何も思っていないというように鷹揚たる態度で、議長たる皇神楽耶と、今回の議会に集まってくれた代表たちに対し、感謝の意を述べた。
 今回の議会参加にあたり、内心の思惑はともかく、連合への参加を表向きの理由としていることから、要請通り、ルルーシュはアッシュフォードまでの連絡艇はともかく、降り立って以降は、本来ならばあって当然たる護衛を付けることなく、唯一人でやってきた。一国の君主に対して護衛をつけることなく一人のみでという、そこからしてまず異常な事態ではあるのだが、ルルーシュはあえてそれを受け入れた。そして案内役として姿を見せた、かつてルルーシュがゼロとしてあった時には彼の親衛隊長であった紅月カレンは、途中での遣り取りの中、何一つルルーシュから答えを得られなかったことから、己に与えられた役目を放棄して走り去った。外交という点からすれば、まずいことこの上ない。超合衆国連合は批難を浴びても当然としか言えない状態だ。しかしルルーシュはそれをおくびにも出さずにいた。
 しかし、それも議長たる神楽耶のルルーシュに対する最初の一言、そしてそれに続く行動で消し飛んだ。
「あなたの目的は何ですか、悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
 そして次の瞬間には、神楽耶が何かのスイッチらしきものを押したようで、ルルーシュの周囲に壁が下りてきて檻に囲まれた形となった。その様に、参加している議員たちから抗議の言葉が次々と放たれるが、神楽耶は取り合わなかった。ただ、詳しいことは言えないが危険なのだと、その一言だけで。
 檻の中に設置されている幾つかのスクリーンに、神楽耶を中心に、黒の騎士団の幹部たちの姿が映し出される。その黒の騎士団の幹部の中の一人が口を開こうとしたその寸前に、ルルーシュがクククッと嘲笑(わら)い出した。
「な、何がおかしいというのですっ!?」
「……失礼。さすがはあの大和朝廷の血を引かれる方だと思いましたので」
「どういうことですっ!?」
「あなたの遠い先祖の歴史ですよ。お忘れですか? それともご存知ない?」
「一体何を……?」
「昔、まだきっちりした朝廷が成立する前は、敵対する他の地域に住む、その地の先住民の首領を騙し討ちするのは何時だって常套手段だったじゃないですか。そうやってかつての大和を、日本を建国していった。しかもそうして征服した者たちを貶めて。そう、それは先帝シャルル時代の我がブリタニアの比ではない、完全に人間扱いしなかったのだから。たとえば、有名なところでは“土蜘蛛”とか“熊襲”、“蝦夷”などと呼んでいた。中には職業からくる状態から差別されていた人々もいましたね。有名なところでは鍛冶に関わった人々でしたか。今ならば職業病と言える一つ目、片足、などということから。違いますか? 記憶違いでなければ、確か“隼人”も、もともとは良い意味ではなかったと思いますが。そんな先祖の血を引くあなたであれば、敵対するブリタニアの皇帝である私を貶めて“悪逆皇帝”と呼ぶのも頷けますね。とはいえ、まだ人間扱いではあるようですから、まし、と言っていいのでしょうか? 全くご存知ではない、などということはありませんよね。記紀にも記されていることですから。もっとも、常にあなたがたに都合のよいように改竄されていたようですが、ブリタニアが日本を征服する前、大勢の専門家によって調べられ、書籍などで公表されていたはず。戦争前は幼くしていられたことを考えると、そこまでご存知ではない可能性もおありかもしれませんが、あなたには他人をそのように貶める権利はないと思いますよ。実際、私はあなたがおっしゃる“悪逆皇帝”などと呼ばれるようなことは行っていないはずだと思っていますから。まあ、私が特権を剥奪したかつての皇族や貴族、一部の富裕層からすれば、“悪逆”ということになるのかもしれませんが、国全体を考えるなら、私は常に一部の権力や財力を振りかざしていた特権階級だけなどではなく、エリアも含めて国全体、国民全体を考え、国民が皆、個々の差はあるでしょうが、それぞれの力を示すことができるように、必ずしも叶うとは限らずとも、努力をすればそれが認められるように、そういった意味では皆、可能な限り平等であるようにと政策を進めているつもりです」
「あ、あなたは、私を、我が国を侮辱されるのですかっ!?」
 頬を紅潮させて神楽耶が叫ぶ。しかしルルーシュは冷静に対応した。
「私は単に、私自身にされた、いえ、今現在も為されていることに対して、確かに昔のことではありますが、そういった歴史を持ち、その血統が今尚続いている国であれば、あっても致し方ないことなのかと、そう申し上げただけですよ。
 とはいえ、先帝シャルル時代の我がブリタニアも侵略戦争を繰り返し、他国に非常なご迷惑をおかけしたことは事実であり、それを否定するつもりはありません。そのことについては、現在すでにそのための政策を進めていますが、それぞれに見合った援助や指導などを行いながら、いずれは各エリアの状況を見て、それに相応しい、つまり、次代を託すことができる、独立しても問題ないと判断できる状況になれば、順次独立させていく方向で考えています。先帝シャルルの時代は弱肉強食が国是であり、エリアの住民をナンバーズとして差別してきました。しかし今後は決して、あなたの国の過去のように、制圧した人々を人間扱いせずに、非人としたまま取り込む、などということを考えてはおりません。
 それと、あなたの国だけを取り上げるのは大変失礼ですから他の国のことについても言わせていただくなら、やはり、過去においてはほとんどの国が他国、他民族に対して侵略行為を行っておりますね。その被害にあってこられた国や地域もある。奴隷、という存在があったことも何よりの証左でしょう。それに、中にはその征服した地域一帯に塩を巻いて人が住むことができないようにした、古代ローマ帝国のような例もある。また、中華連邦など、この連合ができる以前、インドに対して行ってきたことは、決してほめられることではないでしょう。皆さん、否定はなさりませんよね。それとも、今は違うからと、それだけで私の言葉を否定なさいますか? それであれば、それは現在の我が国も同様ですよ。
 もちろん私は先帝シャルル時代のことを正しいなどとは思っておりません。先帝の時代にはそれが正しい事とされていましたが、私は大いなる過ちだったと思っています。だからこそ、私はブリタニアを新しく、世界に誇れる国にしていきたいと考えています。過去の歴史を教訓とし、決して同じ過ちを犯すことのないように。
 まだ道半ばではありますが、そういった政策を進めつつある現在の我が国を、先帝シャルルの時代がそうであったからといって、今尚否定されるのは納得できかねます。どうしても私を“悪逆”だと仰るなら、世界中に対して、皆が納得するその根拠を示していただきましょう。
 それができないというのであれば、私は連合に加盟させていただき、我が国も連合の憲章に沿って変革を、と思っておりましたが、加盟は諦め、あなたがたにかかわることなく独自路線で国の変革を進めていくだけです。そういう次第ですので、この檻を開けていただきましょう。私は今回の議会、つまり我が国の連合への加盟は認められなかったとして、いえ、加盟する意義は何もないと判断し、連合とかかわりを持つことは諦めますので」
 淀みなく綴られるルルーシュの言葉に、神楽耶は口を挟むことはできなかった。それは他の各国代表も同様であり、中には顔を背けている者もいる。唯一人、中華の天子は今一つ理解できていなかったようだが、補佐としてついてきている周香凛は、ルルーシュの言葉の中にあった、かつて中華がとっていたインドに対することについて否定することはできなかったし、逆にインドの代表は、よく言ってくださったと頷いている。
 星刻や扇をはじめとする黒の騎士団の幹部たちも、スクリーンの向こう側では何も言葉を発することができず、ただ呆然としている。
 そんな中で行動を起こしたのは、中華からの仕打ちを指摘してもらったインド代表だ。彼は議長である神楽耶の席に歩みよる。
「ルルーシュ陛下、今回の一国の君主たるあなたに対する行動、それは決して認められるものではありません。ブリタニアだから、ということではなく、どのような国であれ、その国の代表に対して行ってよいことでは決してない。ですからその点は謝罪致します。ただ、私たちはこのような事態について、何一つ相談も報告も受けておりませんでした。それはご理解いただきたい。そしてまた、我がインドがつい先頃まで中華から受けていたこと、単に例として挙げられただけでしょうが、それでもそれを指摘していただいたことに感謝致します。恥ずかしながら、私自身、我が国の歴史に通じているとは申せませんから、あるいは我が国の過去においても、我が国も決して許されないようなことをしてきたことがあったかもしれません。ですから、陛下が仰られたように、過去の歴史を学び、それを教訓として、今後の指針としていきたいと思います。
 そしてまた、日本や黒の騎士団、あるいは中華も異なるかもしれませんが、我が国は連合を脱退し、貴国と個別に交渉の席を設けていただければと思います」
「な、何を仰るのです、インド代表!」
「ルルーシュ陛下の仰られた内容に対して、議長は否定をなさらなかった。いえ、することができなかった。だから黙っておられた。私はそう受け止めます。仮に全てをご存知ではなかったとしても、それに心当たりがあったからだと。当初から、いえ、ブリタニアの要請を受けてのルルーシュ皇帝の参加を認めておきながら、他の代表たちになんの相談もなく、仮にも一国の君主に護衛をつけることを認めずにたった一人で来るようにとされたところからして、あなたの発言、行動、それらはいずれもこの世界の一部を担い構成する連合の最高評議会議長として認められるものではありません。ですから私は、いえ、我が国はあなたを認めない。ひいてはあなたを議長とするこの連合を認めることはできません。そのような次第から、この場において、我が国は連合から脱退し、先帝時代からの変革を進めていらっしゃるルルーシュ陛下と個別に交渉することにした。それだけです」
 そう告げながら自分の言葉に意識を向けている神楽耶の様子を伺いながら、檻のスイッチと思われる物を押した。神楽耶がそれに気付いた時には遅かった。すでに檻は開いた、ルルーシュを解放するために。そしてルルーシュがその姿を現した。
「ルルーシュ陛下、今回のこと、何も知らされていなかったからとはいえ、このような事態を招きましたこと、脱退を表明は致しましたが、行われた時点ではまだ加盟していた状態であったことから謝罪致します。そして先程申し上げましたように、今後、我が国との交渉の機会をお考え頂きたく存じます」
「インド代表のお言葉、感謝致します。今後の事については、日程を調整の上、ご連絡させたいただきます」
 そう返して、ルルーシュはインド代表に対して一礼をした。先帝シャルルであったならば、到底考えられないことだ。それだけで、ルルーシュはシャルルとは違うのだと、ルルーシュが皇帝として即位後に行ってきた政策を見ても言えることだと思っていたが、インドをはじめとした各国の代表たちは理解した。それを理解せず、取り残されているのは、ギアスのこと、現在は行方を晦ましているブリタニアの元帝国宰相シュナイゼルとの密約、そしてゼロに対する裏切りを公表できない神楽耶と黒の騎士団、そし事態を理解しきれていない中華の天子くらいのものだ。他の全て、ではない、中には暫く様子見を、と思った国もあるのだろうが、幾つもの国が、我が国も、とインドに続いた。ルルーシュはそれらの国々に対しても、インド代表に対して行ったのと同様の態度を示し、議場を後にすべく身を翻した。
 しかし、扉の前で一度立ち止まり、振り返って神楽耶を見据えて口を開いた。
「私の得た情報ですと、黒の騎士団は我が国の元宰相であるシュナイゼルと、ゼロの身と引き換えに日本だけの返還を約束したようですが、本国にその報告はあがっておりませんし、それ以前に、宰相にエリア返還を決定する権限はありません。それがあるのは皇帝のみ、つまり、現在では私だけです。加えて、もともと黒の騎士団は超合衆国連合の外部組織であり、エリア返還のような外交交渉をする権限は無いはずですし、それに関する条約を交わしてもいない。根拠となる物は何も残っていない。つまり、エリア11、日本の返還ということは、外交上、認められたことではなく、この地は今現在も我がブリタニアに属しているということです。ですから、黒の騎士団の方々には一刻も早く、そう、少なくとも3日以内にはこの地を去っていただきましょう。一時停戦については、フレイヤによるトウキョウ租界の状態のこともあり、致し方ないと思っておりますが、このまま何時までも黒の騎士団がこの地に居座られるというなら、それは停戦の取りやめ、新たな宣戦布告と受け止めます。
 それでは、最後に改めて我が国の連合への参加要請を取りやめるとともに、私はこれで失礼させていただきます」
 少し長くなったな、とそう思いながら、ルルーシュは扉を開けて議場を後にした。その後、ルルーシュの告げた言葉を受けて、議場内は荒れた。ルルーシュの告げたことは事実なのかと一斉に神楽耶と黒の騎士団に対する抗議の声があがり、先には脱退を告げていなかった国々からも、脱退を口にする国も出てきた。それらを踏まえれば、いずれそう時をおかずに連合は解体に至るのではなかろうか。



 ルルーシュが告げた通り、どの国にしても、過去の歴史について誇れるものばかりとは言い切れない。たとえそれが現在にまで通じているものではないとしても、明らかに過去にあったことであるのは歴史上変えることのできない事実である。ましてや、それを公表しているのは勝者側であり、敗者側の意見、思いなどは反映されていない。歴史家たちの調査によって明らかにされてきている事柄もあるが、それは紛れもない事実なのだ。それを思えば、自分たちの国に対してを侵略行為を続けていたブリタニアといえど、皇帝が代替わりし、明らかにその政策が良い方向に変わりつつブリタニアの新しい現皇帝たるルルーシュを批難することなどできない。できるとすれば、シャルルによって齎された被害に対する損害賠償や独立を求めることなどだけだろう。しかしそのことに対しても、ルルーシュは責任を持つ旨を告げているのだ。加えて、外交交渉ということを考えれば、どう見ても現在の状況を招いた要因は議長である神楽耶と黒の騎士団にある。
 すでに起きてしまった過去、歴史を変えることはできない。しかし未来は変えることができる。そしてブリタニアはルルーシュの指導の下、その道を歩みつつある。だからこそ、ルルーシュが告げたように、どれほど昔のこと、そしてまた忘れたい、無かったことにしたい、葬りたいと思う歴史があったとしても、決してそれを忘れることなく、教訓として今後に生かしていくことこそが重要なのだろう。

── The End




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