ルルーシュは、シンジュクゲットーの中にある、大きく破壊されたかつて倉庫だっただろう場所にいる。そしてその目の前にはこのエリア11の総督である第3皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアの親衛隊の面々。
「さすがはブリタニア人。学生とはいえ、よくここまでと褒めてやろう。だがここまでだ。
気の毒だが、機密事項を見られた以上、君を生かしておくわけにはいかなくてね。だから君はテロリストの仲間として、此処で死ぬんだよ」
親衛隊長がルルーシュを見下した笑みを口の端に浮かべながらそう告げる。そしてその言葉に、部下の親衛隊員たちが、それぞれにルルーシュを銃撃すべく構えていく。
── ……ここまで、なのか……。俺は、何もできないまま此処で死ぬのか……、ナナリーを残して……。ナナリーッ!!──
身動きすらできずただ立ち尽くしたまま、この国が母国ブリタニアに敗戦し植民地たるエリア11となって以来、いや、正確にいえば、母マリアンヌが殺されて以来、ずっと守り続けてきた、母が殺された際に追った負傷が癒えずに身体障害を抱えたままのたった一人の大切な実妹であるナナリーのことだけが、ルルーシュの脳裏を占めていた。
やがて揚げられた親衛隊長の右手が振り下ろされる。
「やめろ! 殺すな!!」
本物のテロリストがブリタニアから得た情報を正しい物、つまり毒ガスと信じて盗み出したポッドの中から、ルルーシュが救い出したその中に封じられていた少女が慌ててルルーシュの前に飛び出す。ルルーシュを救おうと。
しかし、間に合わなかった── 。
何発もの銃弾が一斉にルルーシュの躰を撃ち抜いた。そしてゆっくりと倒れていくルルーシュ。
「ルルーシュ! ルルーシュッ!!」
少女が倒れたルルーシュに取りすがり、その脈や呼吸を確かめようとするが、すでに何の反応もなかった。即死だったのだ。心臓と、頭部、他にも致命傷といっていいだろう傷があり、止めどなく血が流れている。
「あの娘を捕らえろ」
隊長の言葉に、隊員たちが従い、涙を流しながらルルーシュの躰に取りすがり、なんとかできないものかと思考を巡らしている少女を捕らえる。少女には、目の前で殺された、自分が助けることのできなかった、ルルーシュ本人は知らないことだが、かつて幼い頃から見守ってきたルルーシュのことで頭が一杯で、自分を捕らえようとする隊員たちへの抵抗にまで考えが及んでいなかった。結果、少女は再び捕らわれの身となる。
翌日、アッシュフォード学園にルルーシュ死亡の報が、ついでその遺体が届けられた。
さすがに親衛隊長も、いささかまずい、と判断したらしい。一度はルルーシュを殺した現場を後にしたが、少し気になって調べた結果、学生の着ていた制服がアッシュフォード学園のものであること、そしてその学園を創設したのは、今は爵位を剥奪されているとはいえ、かつては第5皇妃マリアンヌの後見をしていた大公爵家であったことを知り、たとえ今は爵位を持たない一庶民に過ぎないとしても、自分にとって少しでも不利になる可能性はつんでおこうと思ったのだ。何故なら、総督のクロヴィスはヴィ家、つまりマリアンヌ皇妃とその子供たちを愛しんでいたことを知っている。クロヴィスが描いた絵画の中にあったヴィ家の三人を描いたものがそれを証明していると言っていいだろう。それを思い出したがゆえだ。そのために、学生を殺す際に、表向きの理由として“テロリストとして”と言ったのだが、アッシュフォードに対しては、軍の物資を盗み出したテロリストと軍との戦いに巻き込まれたらしい、として、親衛隊以外の一般の兵士に命じてルルーシュの遺体をアッシュフォード学園に運ばせたのだ。
前日、リヴァルのみ戻って、一緒に出かけたはずのルルーシュとははぐれたと、そのまま帰ってこなかったことを心配していた生徒会のメンバー、そして何よりもルルーシュが最期まで気にかけていた妹のナナリーとその世話役である篠崎咲世子は、齎された情報と、続いて届けられたルルーシュの幾つもの銃弾の痕を確認できる遺体を前に── ナナリーは見ることはできなかったが、察することのできた周囲の反応からよほど酷い状態なのだということだけは理解した── 悲嘆にくれた。
途中ではぐれたリヴァルは、あの時、なんとしてもルルーシュを見失わずにいなかったかと、共に帰ってくることができていればと後悔に苛まれた。ナナリーは、ただ、どうしてと、そして一人遺されたことを嘆き、これからどうしたらいいのか考えることもできない。
そしてミレイは、悲嘆し、一旦は何も考えられない状態に陥ったが、その状態を脱した後は、それだけではなく、遺された今後のナナリーのことを考えざるをえなかった。それはミレイの祖父である学園理事長ルーベンも同様だった。
アッシュフォード家がルルーシュとナナリーを匿い続けたのは、ルルーシュの存在があればこそなのだ。確かにナナリーもマリアンヌの遺児であり、主家の姫という意識がないわけではない。しかしそれもあくまでルルーシュがいてこそなのである。皇位継承権を放棄したとはいえ、ルルーシュは第11皇子、かつては第17位の皇位継承権者だった。それに対してナナリーはどうか。ナナリーが健常者であったなら、まだ問題は少なかっただろう。しかし実際には、盲目で両足が動かず、車椅子なしには動けないいという身体障害を抱えている。つまり、弱肉強食を謳うブリタニアにおいては弱者でしかないのだ。それでは、アッシュフォードがルルーシュに期待したアッシュフォードの復権を期待することなど全くできない。ルーベンやミレイはそれをさほど重要視してはいなかったが、そのような状態では、一族の者たちを納得させることはできない。つまり、いくら当主とはいえ、一族の者たちを納得、説得することができない以上、これまでのようにルルーシュを失ったナナリーを庇護し続けるのは難しいということだ。そのことに、ルーベンとミレイは他の生徒会のメンバーに知られないところで頭を抱えざるを得なかった。これからナナリーの扱いをどうすべきなのかと。
そして、世界は、人々は知らない。
神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが為そうとしていることを。そしてそれを阻むことができたであろう唯一の存在を失ったことを。
シャルルが求めるC.C.は誰に知られることもなく、内密にクロヴィスの元に捕らわれている状態だが、それが何時までシャルルに知られずに済むかも分からないのだ。その事実を知られた場合、クロヴィスがどうなるかはいわずもがなだが、それ以上にC.C.がどのような手段に出るか分からない。
シャルルが望むラグナレクの接続が為されてしまうのか。そしてそうなった場合、世界は、人々はどうなるのか。
シャルルの計画を、その賛同者とC.C.しか知らない現在、誰もそれを予測することはできない。分かっているのは、それを妨げることが可能であっただろう者を失い、その計画が進められるだけだということだ。もっとも、そのことすら今は誰も知らないのだが。
C.C.の動き次第で、ラグナレクの接続が行われ、この世界は、人々の個は失われることになる可能性がある。それはある意味、世界の終わりであり、ルルーシュの死はその終わりのための始まりなのだ。ただ、ラグナレクの接続が為された場合、すでに今度こそ本当に死んでしまったルルーシュの意識が、精神が、Cの世界においてシャルルに対し、どのような態度に出るか、大いに疑問ではある。おそらく、かつて自分がシャルルから為されたように思い切り否定するだろう。そしてそれを知ったシャルルは、ルルーシュのその思いに対して、何をどうできるのだろうか。相手の考えを理解することと、それを理解しあう、というのは意味が違う。おそらく認めることなどせぬルルーシュの精神を前に、シャルルは何をすることもできないだろう。たとえ死んでしまったとしても、いずれは理解しあうことができると考えているシャルルにしてみれば、ルルーシュからの己の存在の否定など、考えもしていないだろうから。
── The End
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