終焉(おわり)の始まり




 ルルーシュにとって、それはそれまでの世界の在り方の終焉の(とき)であり、彼が真に願う刻の始まりとなるはずだった。
 しかし、世界にとってそれは、終焉の始まりだった。もっとも、その時、それに気付いていた者は誰一人としていなかったが。



 ゼロ・レクイエム──
 それは、独裁者たる“悪逆皇帝”ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの死をもって、力による支配を終わりとし、話し合いによる優しい世界を創るための一つの儀式だった。
 少なくとも、それを計画したルルーシュはそうなると信じ、そしてまた、そうなってほしいと、きっとそうなると願ってやまなかったし、一番の協力者であり共犯者でもある、ルルーシュの死後、ゼロとなる枢木スザクもそう考えていた。スザク以外の協力者たちとて、その胸に秘めた思いは様々ではあったが、ルルーシュの願うようになることを、彼らの誰もが願い、そうなることよう祈っていた。
 しかし、世界は違った。
 ルルーシュが世界の人々から救世主と呼ばれ望まれるゼロによってその生命を散らした時、何も知らぬ民衆は喝采し、これで悪政から解放されると喜びに満ち溢れ、ルルーシュを打ち取ったゼロを称えた。
 だが、ゼロが何者であるのか、その正体を知っている者たち、すなわち超合集国連合最高評議会議長たる皇神楽耶、日本人幹部を主とする黒の騎士団の一部の者たち、ルルーシュの妹たるナナリーをはじめとするブリタニア人の幾許かの人々の反応は違った。
 目の前で繰り広げられた惨劇に、ルルーシュの真意を察し、彼の覚悟に、その最期に涙した者はまだよい。けれど第2次トウキョウ決戦の終わりに際して、敵将だったブリタニア帝国宰相シュナイゼルと会談した日本人幹部を中心とした一部は違った。彼らは何も理解しなかった。しようとしなかった。それが悲劇の始まりだった。
 ルルーシュがゼロによって殺され、その歓喜の嵐が去った後、彼らはゼロに告げた。
「君はゼロじゃない」と。
 彼らは第2次トウキョウ決戦の際、斑鳩を訪れたシュナイゼルからゼロの正体── 神聖ブリタニア帝国第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであること── を知らされ、彼を処刑しようとした。その際には、ルルーシュの偽りの弟として傍にあったロロによって、彼は正に命懸けで救い出され、目的を果たせずルルーシュを見失った黒の騎士団は、公式発表としてゼロはフレイヤでの負傷が元で死亡したと公表した。その結果、ロロを失い、これが最後とブリタニア皇帝シャルルとの決着をつけようとしたルルーシュは、そこで父シャルルと母である皇妃マリアンヌの真実を知り、彼らが神と呼ぶ人間(ひと)の集合無意識にギアスをかけることにより彼らを消滅せしめたが、その場に共にあったスザクからは「ユフィの仇」と責められ、シュナイゼルと彼が所持しているフレイヤのことからゼロ・レクイエムを考案し、ブリタニアに戻って皇位を簒奪して、自ら第99代皇帝となった。
 ルルーシュとシャルルたちとの遣り取りは知り得ぬものの、間違いなくゼロがルルーシュであるということを彼らは知っている。そしてそのルルーシュは、今、彼らの目の前でゼロの姿をし、ゼロと名乗っている人物に殺された。そう、ルルーシュは、ゼロは今度こそ間違いなく殺されたのだ。ゼロであったルルーシュが死んだということは、ゼロは死んだということであり、目の前の男は決してゼロでは有り得ない。
 かつてゼロであったルルーシュは、ゼロとは無、その正体、つまり中身など関係ない、その行動の真贋がゼロか否かを決めるのだと言ってはいたが、所詮それは彼らにしてみれば建前であって、ゼロはルルーシュ以外の何者でもない。そのルルーシュが死んだということはゼロが死んだということであり、元よりゼロであるルルーシュを裏切り、切り捨てていた彼らであれば尚のこと、目の前にいる男は決してゼロではなく、その、ルルーシュではない偽りのゼロに従う義理はないということになる。
 つまり彼ら黒の騎士団は、今、ゼロを名乗り、その姿をしている男の言葉に従う道理、義理、義務は無いと言っているのだ。
 そうなると黒の騎士団の中にゼロの存在する理由、そしてまたその立場は無くなり、それは同時に、超合集国連合の中においても必然的に無くなるということだ。黒の騎士団のCEO── そんな公的な立場の無いゼロは、たとえどのような形をしていようとも、何の肩書もない唯一人の存在に過ぎず、そのような存在に、超合集国連合最高評議会の中に立場を確保し続けることなどできない。
 その結果、ゼロの軸足は超合集国連合から、ゼロのブレーンたることをルルーシュからギアスをかけられることによって定められたシュナイゼルのいるブリタニアに置かれることとなる。
 そしてそのブリタニアにおいて、ゼロとなったスザクは決してしてはならないことをしてしまったのである。
 それは、お兄さまの意思を継ぎたいというナナリーの必死の願いを叶えるために、シュナイゼルに命じてナナリーをブリタニアの代表に、皇帝としてしまったことである。
 ルルーシュは己を“悪逆皇帝”たる独裁者に相応しい存在とするために様々なデータの捏造などを行ったが、一つだけ、行わなかったこと、いや、行えなかったことがある。それはナナリーやシュナイゼルたちによるペンドラゴンへのフレイヤ投下の件である。何故なら、その一件がルルーシュがナナリーたちと対戦する理由の一つだったのだから、当然のことであろう。
 シュナイゼルの手配により第100代皇帝として登極したナナリーを、表面上はともかく、ブリタニア国民は決して認めはしなかった。兄の持つ勢力を削るためとはいえ、自国の、自分の守るべき臣民を何の情けもなく、「優しい方法で世界を変えていける」とかつてのたまった少女が、たった一発の兵器で一国の、自国の帝都を破壊し、億にのぼらんとする臣民を虐殺したのだ。しかもその前には、エリア11において総督という立場にありながら、戦後── 本人にはその気は、そんな考えは無かったのかもしれないが── 、身を隠して死亡を偽り、混乱状態にあった地を見捨てていたのだ。その上、ナナリーは、本来、敗者である。皇帝ルルーシュはゼロによって暗殺されたのであり、ルルーシュとナナリーとの間においては、勝者はあくまでルルーシュであり、ナナリーは敗者でしかない。ナナリーたちの身柄を押さえ、民衆は知らぬとはいえ、結果としてはそれらはすでに廃棄されてはいるが、ダモクレスとフレイヤを手にしたことで世界統一を果たしたのはルルーシュ率いるブリタニアである。本来、ナナリーには何の権利も無かったはずなのだ。その何の権利も、そしてまた意識はともかくとしても能力のない── エリア11の総督として初めて民衆の前に現れた時の所信表明演説で本人自身が口にしている、「自分には何もできない」と── 少女が皇帝だなどと、どうして認めることができるだろうか。
 そして嘘はいつかは露見するものだ。ましてや現代社会においては、疑問を持ち、その能力と技能さえあれば、その疑問を解決するためにいかなる者も情報収集が可能だ。100%隠し、騙しおおせることなど、まず不可能といっていいだろう。ましてや当事者たるルルーシュがいないのならば当然のことといえよう。
 また、人の口に戸は立てられない。様々な機器の発達の結果、誰かが集めた情報は、それこそそれらの様々な機器、機会を通して拡散し伝播する。
 実はルルーシュこそがゼロであったこと、黒の騎士団がそのゼロを裏切り殺そうと図ったこと、トウキョウにあるアッシュフォード学園において開催された超合集国連合臨時最高評議会で、ブリタニア皇帝たるルルーシュに対して行われた無体な行為の数々、ブリタニアの純血派であり、ゼロ捕縛に功ありとして男爵となった人間と黒の騎士団のNo.3である事務総長の扇が通じていたこと、ブラック・リベリオンの後、当時のブリタニアが行ったこと、ひいては、その功績── ゼロであるルルーシュを捕えてシャルル皇帝の前に引っ立てた── によってナイト・オブ・セブンとなった枢木スザクがゼロたるルルーシュに対して行ったこと、母である皇妃マリアンヌを殺され、障害を負ったばかりの妹を抱えたルルーシュに対して行われた皇帝シャルルをはじめとするブリタニア皇族、貴族、そしてルルーシュたちが送られた日本で彼らに対して行われた行為、等々。様々な、本来なら漏れてはならない情報が巷に溢れた。さすがに現在のゼロの正体にまでは辿り着けなかったようだが。そしてそれらの陰には、もしかしたら、ルルーシュの死後、その遺体と共に姿を消したジェレミアや、牢に入れられていたはずなのに何時の間にか姿を消していたロイドたちの暗躍もあったのかもしれないが。
 その結果どうなったかといえば、民衆は超合集国連合に対しても、神聖ブリタニア帝国に対しても、どちらにも属さないそれ以外の第三国を除いて、その自らの自国の政府に、国家元首にそっぽを向いたのである。
 国同士は互いに疑心暗鬼に陥った。超合集国連合は、黒の騎士団の、主たる幹部たる日本人たちが自国の利益のみを考え、超合集国連合にも他国の黒の騎士団員にも内密に行ったゼロ抹殺という行為に嫌悪し、そのような黒の騎士団を超合集国連合の外部機関として認めることなどできない、それを認める超合集国連合など信用に値しないと次々と脱退が相次ぎ、瓦解した。
 ブリタニアの国民は、かつてのシャルルが行って来たこともあったが、ナナリーの言動に、何よりも自国の民を虐殺しておきながら平然として皇帝として存在することに、単に嫌悪する以上の感情を覚えた。そんなナナリーを皇帝として、国家元首として仰ぐことについて、何時しかブリタニアの民衆は蜂起するのではないかというのが、最近のもっぱらの世間の噂だ。そしてそれが何時起きてもおかしくないのがブリタニアの現状でもある。
 互いに信用しきれない国同士が話し合いによって何かを解決するなど、考えるも愚かしいことのように思われた。つまるところ、力を持つ国が弱い国を蹂躙していく道しかとることができないのだろうか。
 民衆はルルーシュが皇帝だった頃を懐かしむ。登極した頃のルルーシュは“正義の皇帝”、“解放王”と呼ばれていた。そして今の世界の民衆は、ルルーシュこそがゼロであったことを考えれば、その当時のルルーシュの在り方こそが本来のルルーシュだったのだと思い至る。
 ルルーシュは国同士の話し合いの場としての超合集国連合を組織し、そして遺したが、それは真実が明らかにされることにより無残に瓦解し、ナナリーを皇帝とするブリタニアは各国から忌避されている。ルルーシュが望んだ、己の死後、ゼロによって叶えられるだろうと考えた、武力ではなく話し合いによって物事を解決していくという優しい世界は、始まる前に終わってしまった。
 これから先、世界が、各国がどう動いていくのかは分からない。分かっているのは唯一つ。誤った認識の元に、本人の計画によるとはいえ、才能溢れる有能な若き為政者を永遠に失ってしまったことだけだ。そして民衆はその死を惜しむ。
 一つに纏まるきっかけを失った世界は、もしかしたら何時か世界全てを巻き込む戦争に突入することになるかもしれない。それは誰にも分からない。しかし今の世界の在り方は、決してルルーシュが望んだ“明日”でないことだけは確かだ。だが民衆はルルーシュと同じようによりよき明日を望む。その意思がある限り、何時か、それこそ何時になるかは分からないが、現在の乱れた世界を破壊し、皆の望む明日が来るかもしれない。ならば、おそらく現在(いま)という時は、その時に至るために必要な、現在の混乱した世界を終焉に導くための、準備のための期間なのかもしれないと思う。少なくとも、ネットワークの中で遣り取りされていることを見れば、そう考える人間がいることは確かだ。

──The End




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