愚か者の騎士



 囚人の処刑のための役目を命ぜられていたのに、少年はその囚人に逃げられてしまいました。
 本来なら懲罰ものですが、そんな少年を待っていたのは、副総督で“慈愛の姫”と呼ばれているお姫さまの騎士に任命されたという吉報でした。
 少年は有頂天になりました。自分は認められたのだと。
 これで国の中枢に少し近付けた。もっと認められるように働いて、そしてテロなんて間違った方法じゃなく、ルールに則った正しい方法で中から国を変えていくのだと希望に燃えていました。
 そんなこと、できるはずもないのに。
 そして少年がお姫さまの騎士に任命されたことに傷付いている幼馴染がいることにも全く気付かずに。
 少年を騎士に任命してくれたのは、以前、街で偶然出会い、その後、学校に通えるように口利きをしてくれたお姫さまでした。
 少年はそのお姫さまの選任騎士になったのに、相変わらず学校に通い、お姫さまの異母兄上(あにうえ)であるシュナイゼル殿下直轄の特派に居続けました。



「なんでスザク君は未だに此処にいるの?」
 主任のロイドが副官のセシルに尋ねた。
「さあ、何も聞いてませんから。それに、本国のシュナイゼル殿下も何も言ってらっしゃらないでしょう?」
「そうだねぇ、あのお姫さまも何も言わずに、この特派どころか、学校までまだ通わせてらっしゃるそうだしぃ」
「選任騎士なのにそれでいいんでしょうか。常にお傍にいて主をお守りするのが騎士の役目なのに」
「当のお姫さまがいいって言ってるんだからいいんじゃないのぉ。聞いた話じゃ、スザク君に自分のこと、愛称で呼ばせてるってことだしぃ」
 ロイドの言葉に、セシルは深い溜息を吐いた。
「そんなことが本国に知れたら一体どうなるか。それでなくても、このエリア11でもナンバーズを騎士にしたということで相当風当たりが強いのに」
「本人たちが気付いてないみたいだからいいんじゃない?」



 少年は特派のトレーラーで、自分がいない時に二人がそんな話をしているとも知らず、相変わらず変わりのない生活を続けていました。
 人を殺したくないと言いながら、認められて出世するためにと、国を中から変えていくんだとの思いで、特派で白い騎士に乗り続け、軍務で人を殺し続けていました。
 少年が今属している国は、神聖ブリタニア帝国といって、皇帝陛下が治める専制主義国家です。国を変えることができるのはその君主たる皇帝陛下だけなのです。
 なのに少年はそれを知らず、知ろうともせず、何ら理解することなく、自分の主張を学校でも言い続けます。その度に幼馴染の少年が傷付いていることにも気付かずに。



 少年が騎士を務めるお姫さまが、少年の通う学園で、とても大きな、少年にとってもとてもいいことを発表しました。
「“行政特区日本”を設立します」と。
 その発表に、幼馴染の少年とその妹が絶望を味わっているとも気付かずに。



「なんだってイレブンなんかのために」
「恋人がイレブンだからでしょ」
「聞いた話じゃ、あくまで噂だけど、あの皇女殿下、あのナンバーズの騎士に自分のこと、愛称で呼ばせてるって」
「なんだよ、それ。それの一体どこが選任騎士だよ」
「だから騎士っていうのは一緒にいるための名目で、ホントは恋人なんでしょ」
「だいたいこの学園に通い続けてるってこと自体、不自然だろ、有り得ないだろ」



 お姫さまの発案を好意的に受け止める者ばかりではなく、そんなことを言い合っている者たちがいることを、お姫さまも少年も知りませんでしたし、そんなふうに受け止められているなんて考えもしていませんでした。



 特区設立の日、お姫さまは現れた魔王に誤って呪文をかけられて、大勢の日本人を殺しました。
 そのため、優しい魔王は苦しみながらもお姫さまをその手にかけました。
 お姫さまを殺された憎しみに駆られた少年は、イレブンの一斉蜂起の際、魔王と対峙して彼を捕えました。そしてより出世を、より高い地位をと望んで、皇帝に魔王と化した幼馴染を売り渡しました。
 少年は見事に出世しました。臣下としては帝国最高位の騎士の一人となったのです。
 そしてこれで国を中から変えられる、変えることができる、との思いを強くしました。
 そんなこと、できるはずがないのに、相変わらず何も理解せぬままに。



「全く、陛下は何をお考えになっていらっしゃるのか」
「本当に。こともあろうにナンバーズをラウンズにするなどと」
「ブリタニア始まって以来の恥辱ですわ」
「なに、たとえラウンズといえど所詮はたかがナンバーズ一人、どう騒いだところで何もできはせんさ」
「何も理解(わか)っていないナンバーズのことなど、深く考える必要はありませんよ」



 少年は、ブリタニア最高の騎士たるラウンズの一員になった自分が、他の者たちからそんなふうに言われていることを知らず、考えもせず、未だ愚かに国を中から変えるのだと、できもしない思いを抱き続けるのです。

── The End




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