愚か者たち 【追記】




 フジ決戦終了から2年近く経とうとしていたある日、かつてルルーシュがラクシャータに依頼していたC.C.のコード解除についての研究が漸く形となった。ルルーシュがギアス嚮団から持ち出していたそれまでの嚮団による研究結果があったとはいえ、随分と時間がかかった気もするが、考えようによっては、それまで長い時間をかけて研究していた嚮団がコードについてはこれといった結論的なものを出すことができずにいたことを考えれば、短かったと言えるのかもしれない。
 ただ問題は、実験をすることができないということだ。
 つまり、計算通りにうまくいけば、C.C.は今後は一人の人間としての生を全うできることになるが、もし失敗すれば、最悪、その場で死んでしまう可能性も否定はできないのだ。
 ラクシャータはその事実を、当事者たるC.C.だけではなく、その研究を命令したルルーシュをも前にして告げ、C.C.にどうするかの選択を任せた。
 ある意味、究極の選択肢だ。うまくいけば、C.C.が長年望んできたように、コードを誰かに継承せずとも、人間として死ぬことができる。しかし失敗すれば、そのまま死ぬかもしれない。残る一つの方法としては、研究の成果である薬を服用することなく、このままコードを抱えたままで、何時死ねるともしれない時間を一人で生きていくことだ。それを選んだ場合、今はルルーシュが、それ以外にもC.C.を知ってくれている者がいるが、いずれ時が経てば彼らは皆いなくなり、これまでと同じように、C.C一人が時に取り残されるということだ。
「……少し、考えさせてくれ……」
 暫く考え込むようにした後、C.C.は小さな声でそう告げた後、自室に戻っていった。
 残されたルルーシュとラクシャータは、ラクシャータの研究室を出て行くC.C.の後ろ姿を見送りながら、そろって溜息を吐いた。
「……まあ、仕方ないわね。すぐに結論を出せ、というのは、酷というものだわ」
「そうだな……」
「彼女がどんな結論を出すにしろ、あなたは何らかのフォローをするつもりなのでしょう? ルルーシュ」
「ああ、もちろんそのつもりだ。C.C.との契約を反故にしたのは、他ならぬ俺自身だから」
「なら、今は黙って彼女が結論を出すのを待ってあげることね。後はそれから、ということで」
「分かっている」
 そう短く答えると、ルルーシュは執務室に戻っていった。



 その日の夜、ルルーシュの私室の寝室に、C.C.がやってきた。ルルーシュは身支度を変えただけでまだベッドには入っておらず、騎士であるフランツもいた。
「ルルーシュ、話があるのだが……」
「では、私はこれで」
 そう告げて退室しようとしたフランツに、C.C.は「おまえもいてくれ、他者の意見も聞きたいことがある」と言って引き止めた。
 ルルーシュとフランツは顔を見合わせたが、その後、ルルーシュは隣の居間に場を移そうと告げて、三人は移動した。
 常の彼女らしからぬ態度で黙ってソファに座っているC.C.と、さすがに主たるルルーシュの前で座るわけにはいかないと、ルルーシュが座るであろう場所の後ろにフランツは立っている。ちなみにルルーシュは、簡易キッチンで茶の支度をしている。そのようなこと、本来なら皇帝たる者のすることではないが、ルルーシュは基本的に自分でできることは自分でする主義だ。そのために、その簡易キッチンを設置させ、自分一人や、親しい者数名でこの居間で過ごす際には、今のように茶やその茶請けの菓子はルルーシュが用意することが多い。
 そうして淹れた茶を、C.C.の前に置く。あえて自分の分は用意しなかった。そしてフランツの分は、多分彼が口にすることはないだろうと、これも用意しなかった。
 自分の前に置かれた紅茶の入ったカップに目を落としていたC.C.は、暫くじっとしていたが、カップを手にすると、ゆっくりと一口、紅茶を飲んだ。
 それからもまだ、C.C.は口にしにくそうにしていたが、やがて決めたかのようにその重い口を開いた。
「……ルルーシュ、おまえは、私に死ぬ時くらいは笑って死ね、とそう言ってくれたな……?」
 過去にルルーシュがC.C.に告げた言葉を思い出すようにして、C.C.はルルーシュに問うた。
「ああ」
 ルルーシュは一言そう答えて頷いた。その思いは今も変わっていない。
「……ラクシャータが研究の上で苦労して作り上げてくれた薬、飲もうと思う」
「……どうなるか分からない、それを承知の上、だな?」
 確認するように問いかけるルルーシュに、C.C.は頷いた。
「ただ……それを服用する時には、ルルーシュ、おまえに傍にいてほしい。もし万一効かずに、その場で死が訪れようとも、その場におまえがいてくれたら、私はきっと笑って死ねる、そう思うから」
「分かった」
 C.C.の決意に、それならそれは当然自分の果たすべき役目だろうと、ルルーシュは考えるまでもなく即座に頷いた。
「それから……もしうまく薬が効いて私がただの人間に戻れたら、その時は、その後も、ずっとおまえの傍にいることを許して欲しい。駄目、だろうか……?」
 C.C.らしくもなく、おそるおそるといった感じで上目遣いにルルーシュに告げるC.C.に、どう答えたものかと一瞬ルルーシュは悩んだが、それでもはっきりと答えた。
「それは構わない。だが、おまえも知っていることだと思うが、俺は誰とも結婚するつもりもないし、子を持つつもりもない。つまり、おまえは自分の子を持つことはできないだろうということだ。それに、そうなれば、今でもそうだが、おまえはこの先もずっと、俺の愛妾と呼ばれる立場でい続けることになるぞ。それでもいいのか?」
 自分の傍にいることになった場合のことを、ルルーシュはC.C.に告げた、確認するように。
「……愛妾という立場は別に気にしないが、もし叶うなら、おまえの子を生み育てたい、とは思うな」
 苦笑ぎみにC.C.はそう答えた。その言葉の中には、C.C.のルルーシュへの想いがはっきりと現されていた。それを、そういった想いには鈍感だと言われることの多いルルーシュだが、さすがに全て理解し、承知した上で応じる。
「しかし俺は、もし民主制ではなく立憲君主制とすることとし、次の皇帝を、となった場合には、異母兄上(あにうえ)の子を選ぶつもりでいる。その考えに変わりはない」
「私はそれでもかまわない。むしろ、たとえ立憲君主制になったとしても、子が皇帝となって色々と苦労するだろうことを思うと、その方が子のためにはいいと思う」
「……しかし、現に皇帝である俺に子がいるのに、異母兄上の子を、というのを、果たして周囲が、国民が納得して受け入れてくれるか……」
 それが心配だ、というようにルルーシュは告げる。
 すると、それまで黙って二人の遣り取りを聞いていたフランツが口を挟んだ。
「それでは陛下、こういうことになさってはいかがですか? 本来なら先帝シャルル陛下の後を継ぐべきは第1皇子だったオデュッセウス殿下だった。ゆえに、帝位を本来の継承者であったオデュッセウス殿下に返すこととし、その子に譲るものとする、という形にするのは。ただ、それだと陛下が帝位に就かれたことに対しての問題を指摘される可能性があることを否定できませんが」
「……そうだな。しかし、名目的には、一応の筋は通る、か……?」
「はい、そう考えます。他にいい方法があればまた別ですが」
 ルルーシュはフランツの言葉を受けて、真っ直ぐにC.C.を見据えると、改めて告げた。
「C.C.、フランツが言ったような形になってもよければ、俺と、結婚してくれるか?」
 実を言えば、C.C.がどう選択するか分からなかったために口にしていなかったが、ルルーシュ自身、叶うならC.C.にはずっと傍にいて欲しいと思っていたのだ。たとえ彼女がコードを保持したままであったとしても。しかしそれは彼女の意思を無視してのことではなく、C.C.がそれを望んでくれるならば、との想いゆえに、自分から口にすることを憚っていたのだ。
「……私は元を正せば奴隷の出だぞ。それでもいいのか、皇帝陛下?」
「ずっと昔の話だろう? 今の世界でおまえのそんな過去を知る者はいないし、皇帝たる俺が決めたことと言えば、誰も文句は言えまい。というか、言わせるつもりもない。とはいえ、結婚となると、おまえの戸籍についてはそれなりのものを用意する必要があるだろうとは思うが」
「おまえがそう言ってくれるなら、私は何も気にしない。おまえの傍にいることができるなら、なんだっていい」
 涙を浮かべながら微笑むC.C.に、ルルーシュは少し困ったような微笑みを浮かべながら、テーブルの上に置かれたC.C.の手に、己の手を差し出して重ねた。



 それから1週間後、C.C.はラクシャータの作り上げた薬を服用した。ラクシャータはもちろんだが、C.C.が望んだようにルルーシュも立会いの元で、である。結果、C.C.に異常は見当たらず、それから更に1ヵ月程して、ラクシャータがC.C.を検診したが、これも異常は見当たらなかった。少しばかりC.C.の髪の毛が伸び始めていること、女性としての身体機能を取り戻していること以外には。
 そうして翌年、ルルーシュからの信頼厚いジェレミアの実家である、ゴットバルト辺境伯家に縁の者として、C.C.はルルーシュが用意した戸籍の名で、ルルーシュの花嫁となった。今や誰もが認める賢帝と名高いルルーシュの結婚となれば、国を挙げての華燭の展となったのは言うまでもない。

── The End




【INDEX】