ゼロ・レクイエムの最終日を迎えたその日、ルルーシュはいつもより早く目覚め、ベッドに身を起こした。
そのルルーシュの脳裏を過るのは、決して長いとはいえない、いや、むしろ短いこれまでの年月。
これまで生きてきた時間、何一つ後悔が無いといえば嘘になる。心残りもある。けれど全ては自分とスザクとで決めたこと。そのこと自体に後悔はない。 母マリアンヌが殺された後、ナナリーのためを思い父である皇帝シャルルに謁見し、皇位継承権を放棄したこと、そのナナリーと二人して、名目上はともかく、実質的には人質として日本に送られたこと。そこに何の前触れもなく、自分たちがいるにもかかわらず、父シャルルが、母国ブリタニアが侵略戦争を仕掛けてきて植民地化したこと。
その後、敗戦してブリタニアの11番目の植民地としてエリア11となった日本で、母マリアンヌの後見を務めていたアッシュフォード家に庇護され、名を変え、一般市民として皇室から隠れ密かに生きることを決意し、そうして生きてきたこと。
けれどその中で、ブリタニアへの、父シャルルへの憎しみを募らせ、日本の敗戦後、何時かブリタニアを壊すと誓ったことを忘れたことはなかった。
だからC.C.と名乗り、自ら魔女と告げる彼女からギアスという力を貰い、ゼロという名の仮面のテロリストとして母国ブリタニアに反逆をしたことも、後悔はなかった。
その行動の過程においては、計算外のこともあり、悔いたことも確かにあった。それは否定しない。しかし反逆したことそのものを後悔したことはない。
親友と信じ思ってきたスザクに裏切られ、シャルルに売られた挙句、ギアスをかけられ記憶を改竄されて、1年余り、C.C.をおびき出すための餌として、周囲にいたミレイたちをも巻き込んで過ごした時を悔しいと思い、ゼロである己をナナリーに否定されたことに酷いショックを覚えたことも確かだ。そのために一度はゼロの仮面を外そうとすらした。
しかし過程はともかく、対ブリタニアのための超合集国連合を組織することまでできたのだ。
黒の騎士団の、シュナイゼルの諫言にいいように操られた日本人幹部たちに殺されそうになり、そのため、自分を守るために、偽りだった弟のロロは自分の命を懸けてルルーシュを救い出し、そしてルルーシュの「俺の弟だ」との言葉に満足げに笑みを浮かべながら死んでいった。その死を哀しみ、そして憐れに思う心もある。
だがシャルルたちの計画していた人々の意識を一つにするという、個としての人の存在を無視したラグナレクの接続を阻止し、シュナイゼルの所有する大量破壊兵器フレイヤによる恐怖の世界支配も阻止した。
これ以上何を望むことがあるだろう。あとは予定通り、自分がこれまでの人々の、世界の悪意を全て背負って逝くだけだ。そして“悪逆皇帝”と呼ばれるように仕向けた自分が、英雄たるゼロに殺されることによって、世界は新しい日を迎えることができるだろう。これ以上のことがあるだろうか。
計算外のこと、想定外のこと、後悔したことはあれど、最後には自分は自分の目的を果たすことができる。そう、世界に新しい、優しい日々を遺すことが。
だから最終的には全て計画通りなのだ。これでいい、とそう思う。
自分たちが立てた計画に後悔はしない。むしろ自分のために死なせてしまったロロのところへ逝くことができるとすれば、喜ばしいことではないのか。血の繋がりはなかったとはいえ、自分が認めたあの弟を一人きりにせずに済むのだから。
ただ一つ申し訳ないと思うのは、C.C.との約束を果たしてやれないことだ。だがこればかりはいかようにもしようがない。後はC.C.がどうするか、それは彼女自身が決めることだ。 だからこれでいいのだ。自分の死をきっかけにして、世界は優しく一つに纏まってくれるだろうから。だからこの後のことに後悔はしない。死を恐れはしない。ただ後に遺る、自分たちに協力してくれた者たちの幸運を祈るだけだ。そして訪れるだろう優しい世界の今後を。
だから自分は自分の決めた道を逝くだけだ。それで全てが終わり、新しい明日が始まる。あのCの世界で望んだ明日が。
ルルーシュは本当に気付いていなかった。いや、思ってもいなかったというのが正しいだろうか。自分が死んだ後のことを。
彼の死後、世界の指導者となるだろう者たちの能力の無さを。自分から国家の代表となろうとする者たちの、奢り、放漫、我欲に満ちた思いを。自分たちが為したことの重大さを、何一つ理解していないことを。
しかしそれはこれから死に逝こうとしているルルーシュには幸いなのかもしれない。彼は自分の思いを、考えを信じ、自分の決めた道を行こうとしているのだから。
そして世界は、誰よりも優しく、世界を、人間という存在を愛する真の賢帝を失い、闇に包まれるのだ。
── The End
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