昔語り




 天空要塞ダモクレスと大量破壊兵器フレイヤを擁するシュナイゼル陣営、及びそれに組する黒の騎士団、そして対するルルーシュ率いるブリタニア正規軍との戦い── フジ決戦── は、ニーナ・アインシュタインがギリギリまでかかって創り上げたアンチ・フレイヤ・システム、アンチ・フレイヤ・エリミネーターを、テスト無しのぶっつけ本番であるにもかかわらず、自ら出撃したルルーシュの騎乗する彼の専用機たる蜃気楼と、当初は枢木スザク用に開発されていたランスロット・アルビオンを、今はルルーシュのラウンズの一人なっているフランツ・シュレーダー用に調整し直した、同機に騎乗しているフランツとの息の合いにより、見事19秒とコンマ04秒という時間を成し遂げ、フレイヤを無効化させることに成功した。そのまま彼らは他の機と共にフレイヤ発射のためにブレイズ・ルミナスが解除されていたフレイヤ発射口からダモクレス内に侵入した。
 そしてダモクレスをルルーシュの棺とすべくフレイヤの自爆装置をセットして、自らは副官のカノンと共に、ナナリーを見捨て飛行艇でダモクレスを脱しようとしていたシュナイゼルは、その目論見を察したルルーシュによって阻止され、結果、シュナイゼルらは取り押さえられ、空中庭園にいたナナリーもまた、フランツによってその身柄を押さえられた。
 その時のナナリーはそれまで閉じていた目を見開いており、自分の元にやって来たのが兄ルルーシュではなく、彼の友人であり、今では兄のラウンズとなっているフランツであると知って酷く驚いていた。兄を手酷く裏切りながら、それでも尚、自分は兄にとって特別な存在であり、それゆえに自分の元には兄自らがやってくるものとばかり考えていたのだ。それが酷く手前勝手な考えであることにも気付かずに。
 そしてダモクレスとそこに搭載されていたフレイヤがルルーシュの手に落ちたことにより、フジ決戦は急速に終焉を迎えた。もとより黒の騎士団は旗艦の斑鳩をはじめとしてほとんど真面な戦力は残っておらず、唯一最後まで抵抗していた紅蓮を駆るカレンも、エネルギーを使い果たした挙句、ジェレミアのサザーランド・ジークによって落とされていた。



 それから5年──
 神聖ブリタニア帝国は第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの下、かつてのシャルル皇帝下での国是だった弱肉強食を取り下げ、強者は弱者を虐げるのではなく、守る者であり、人は皆平等であるとするルルーシュの施政の下、皇族や貴族たちはそれまで保持してきた特権を、全てではないが奪われ、完全とは言い難いものの、以前のような苛烈な差別は行われないようになっている。僅かにそれらの特権にしがみつこうとしていた者たちは、ルルーシュの命令によって捕えられ、厳罰を受けている。半ば見せしめのように行われたそれらの出来事に、ペンドラゴンへのフレイヤ投下から辛うじて生き延びた皇族や貴族たちも、ルルーシュに従わざるを得なかった。
 新帝都ヴラニクスはフジ決戦後、ほぼ1年余りで完全に帝都機能を構築し終えていた。とはいえ、ペンドラゴンの消滅で失われた多くの優秀な官僚たちを補うには、まだ十分に足りているとは言えないが。
 ちなみにブリタニアのエリアとなっている各地域も順調に復興が進んでいる。いずれ時が経って人材が育てば、それぞれ順次独立させるための手配も着々と進んでいる。
 また、ルルーシュがシャルルとマリアンヌを消滅させた際に、神に、人の集合無意識にかけたギアスのせいだろうか、C.C.のコードもすでにその効力を失い、彼女もまた人としての時を歩み始めている。
 そしてそんなC.C.とルルーシュの華燭の典が行われてから間もなく2年が経とうとしている。
 そんな中、3時のお茶と称して執務に励んでいたルルーシュは、C.C.によって引っ張り出され、その茶会の席には、ルルーシュのラウンズたる、ワンのジェレミア・ゴットバルト、ツーのフランツ・シュレーダー、スリーのアーニャ・アールストレイム、そして神根島で奇跡的に命を取り留め、血の繋がりこそないものの周囲からは完全にルルーシュの弟として認められて、フォーとなったロロがいる。アンチ・フレイヤ・システムを創り上げた科学者たち三人の姿もある。ちなみに給仕役を務めるのは、この宮殿の女官長を務めている篠崎咲世子である。
「なんだかこの顔ぶれが全員揃うのは久しぶりの気がするな」
「そうだろう。だからおまえを引っ張り出してやったんだ」
 皆を見回して告げるルルーシュに、C.C.は喜べ、感謝しろ、とばかりに答えた。
「あれから5年か。長かったような気もするし、あっという間だった気もするな」
 ふと日付を振り返ってみれば、今日という日は丁度フジ決戦が終幕した日でもある。
「それもこれも陛下がそれだけ政務に勤しんでこられたということでしょう」
 そう告げたのはジェレミアである。本来なら騎士であるラウンズが皇帝であるルルーシュと同席することなど、つまり椅子に腰かけていることなど、以前のシャルル治世下では有り得なかったが、ルルーシュはこうした茶会の席くらいは椅子にかけろと、遠慮するジェレミアたちを説得し、彼らは主の意向に沿って椅子にかけるようになり、そうして今に至っている。給仕を務めていた咲世子も仕度を終えると己に与えられた席に腰を降ろした。
「それはそうとフランツ、あれからスザクの行方はまだ分からないままか?」
「もう諦められたら如何です? それにスザクは陛下を裏切った男、今尚お気にかけるような存在では存在ではないでしょう」
 フランツの言うスザクの裏切りとは、彼がルルーシュをシャルルに己のラウンズの地位と引き換えに売りつけたこと、そしてアッシュフォード学園生徒会のメンバーにまでシャルルの記憶改竄のギアスをかける協力をし、そうでありながら後ろめたいとも、申し訳ないとも思うことなく、ミレイをはじめとする皆を騙し続けていたことである。
 ちなみにスザクが姿を消したのは、Cの世界の出来事の後だ。彼はシャルルを暗殺するために神根島にやってきていた。それはルルーシュたちの知るところではないが。
 フランツはワンになることを望んでいたスザクは、シャルルがルルーシュによって消滅させられたことにショックを受け、その上、ワンになる夢を果たすことは叶わないと知り、そしてそこで知らされた様々な出来事から、全てを諦めて世捨て人にでもなったのではないかと考えている。
 そこまで潔い人物かと問われれば、否、と答えるだろうが、他に考えられなかった。
 実を言えば、スザクはシャルルがルルーシュによって弑された── 消された── ことにより、ルルーシュがそれを表に出すことはないだろうと勝手に判断し、シュナイゼルとの約束、すなわち己がシャルルを暗殺したとして、シュナイゼルが皇帝となることで自分をワンに任命して貰うためにシュナイゼルの元を訪れ、そこにいたシャルルのワンであったビスマルクの手によって処断されていたのだ。つまりフジ決戦の時にはすでにスザクはこの世の者ではなかったのである。しかしそれを知る者は最早誰もいない。
「ところでルルーシュ、この子の名前、もう決めたか?」
 C.C.が幾分膨らみを見せ始めた腹部を撫でさすりながらルルーシュに問いかけた。
「随分お気の早いことですね、皇妃殿下」
 C.C.のルルーシュへの問いに答えたのは、彼ではなく、咲世子だった。
「しかしもう女の子だと分かっているしな。これがどんな名前を付けるか気になる」
「……おまえが気にしなければ……」
「まさか! ナナリー、などとは言うまいな!?」
 考え込みながら告げようとしたルルーシュの言葉を遮ってC.C.は叫んだ。
 C.C.にとってみれば、いや、彼女だけではない、この場にいる者全て、その名に忌避を示した。
 身体障害を負ってから、兄であるルルーシュの献身的な看護と慈しみを受けて育てられながら、最後にはその兄を裏切り、異母兄(あに)シュナイゼルの言葉に乗せられてペンドラゴンを消滅させた、恩知らずの大虐殺者、大逆犯である。国内でもその名は忌避され、子供に名付けたりなどはもってのほか、言葉に出されるのも避けられている状態である。
 ちなみにナナリー自身は、ダモクレスで身柄を抑えられた後、シュナイゼルの、ペンドラゴンの民に対して出されていた避難勧告が全くの嘘であったこと、そしてそこに住まう人々は一瞬のうちに消滅させられたことを知って驚愕し、ショックを受けていたが、余りにもそのショックが大き過ぎたのか、無意識に逃げたのか、彼女は自らの精神を崩壊させてしまった。しかし軍事裁判は無情にも、そんなナナリーに対して死刑を言い渡した。処刑されてからすでに4年以上経っている。
 流石に彼らの意図を察したルルーシュは、違う、というように首を横に振った。
「シャーリー、と」
「シャーリーか。懐かしいな」
 フランツが言葉通り懐かしそうに笑みを浮かべた。その脇でロロが申し訳なさそうな顔をしている。
「ロロ、元をただせば全ては俺が原因だ。いつまでもおまえが気に病むことはない」
「兄さん……」
 5年前、シャーリー・フェネットを手にかけたのは他ならぬロロだ。記憶を取り戻した彼女に、兄を、ルルーシュを、彼の傍にいる権利を奪われるのではないかと恐れたロロが、機情に与えられた任務を名目にしながら彼女を撃ったのである。ルルーシュが駆け付けた時にはすでに遅く、シャーリーは虫の息だった。そしてそんな中でも、シャーリーはロロのことは一言も告げず、ただルルーシュのことのみを想っていた。それを知っているから、ロロは未だにシャーリーの件に関してだけは自分を許せないでいる。
 ロロが自分の命を懸けて己を助けてくれたことで、ルルーシュの中ではシャーリーのことはすでに過去の綺麗な思い出と化しているのだが。ただ生まれてくる娘にはシャーリーのような少女に育ってほしいと、そう思って彼女の名前を付けたいと望んだのだ。
「それならいい」
 ルルーシュの内心を察して、C.C.は微笑みを浮かべながら頷いた。
 そうしてその日は全員が揃っていたこともあり、今ではもう己たちの意識の中では昔となってしまっている当時の事柄を振り返りながら、茶会は和やかに進められた。
 もちろん、この茶会の後にはルルーシュにはまた書類の山が待っているのだが。

── The End




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