無限の住人




八百比丘尼(やおびくに)を知っているか?」
 ある日の夜、クラブハウスの自室で、ルルーシュはベッドの上でピザを食べているC.C.に唐突にそう問いかけた。
「八百比丘尼? 一体なんの話だ、いきなり」
「まだここが日本だった頃、全国的に伝わっていた伝説の一つだ。各地方でそれぞれ多少の差異はあるものの、大筋は変わらない。
 ある男の妻だか娘だかが、人魚の肉を食べたために不老長寿を得た。夫や知り合いに次々と先立たれ、一人になって、出家して比丘尼となり、全国を回ったそうだ。800歳まで生きたそうだが、中には、800歳で入定したという説もある」
「それがどうしたと言うんだ?」
 ルルーシュの言いたいことの意味を図りかね、C,C.はピザの最後の一口を口に放り込みながら尋ね返した。
「800歳というのは、本当は、1000年の寿命を得たのを、そのうちの200歳を国主に譲って、自分は800歳まで生きて死んだとするものもあるが、本当に八百比丘尼が存在したとして、彼女は800歳で死んだのか。もしくは、入定して即身仏となったのか。些か興味深くはある。
 以前だったらこんなことに興味は持たなかったし、忘れていたことだが、ギアスとコードのことを考えていてふと思い出した。
 そして考えた。もしかしたら、八百比丘尼とはおまえと同じコード保持者だったのではないか、と」
「私と同じ、コード保持者……?」
 ルルーシュの言葉を受けて、C.C.は眉を顰めた。
「そう。神根島にギアス関係の遺跡が残っていることから考えて、昔の日本にギアス能力者、ひいてはコード保持者がいた可能性は高いだろう?
 そしてもし本当に八百比丘尼がコード保持者だったのだとしたら、いるかどうかも分からない“人魚”の肉を食べたから、というよりも、彼女がずっと若い娘のままの姿だったという話も納得がいく。が、同時に本当に死んだのか、死ねたのか、疑問でもある。入定したとしても、死ぬこともできず、もしかしたら未だにこの地の何処かの土の下で、未だに生き続けているかもしれない。あるいは、死んだというのは、コードを契約者に移譲することができたからかもしれない。
 もう一つ、疑問もある。コード保持者となり、不老不死を得て、周囲の見知った人間が次々と死んでいく中、自分だけが歳をとることもなく、若いままで生き続けるという状態に、精神が耐えられるのか? ということだ。とはいえ、実際にコード保持者であるおまえを見ていると、コードを手放して人間として死にたいという願いはあっても、精神的には安定している。となると、そのあたりは問題ないのか、というより、狂うことすらできないのか、という疑問も出てくる。
 自分だけが不老不死なんてものになって、周囲の人間が次々と死んでいき、取り残されていく中、状況を考えれば同じ場所にずっと居続けることはできないだろう? 歳をとらないことを周囲に知られれば、多分に化け物扱いだ。今の時代なら、実験体扱いされる可能性もある。コードを手放すことができない限り不老不死であるなら、その者の寿命は無限といっていいのだろう? 無限の時を生きるということはどういうことなのか。普通の人間だったら、何時しか精神的にとても耐えられなくなる時がくるのではないかと思う。そうなれば、待っているのは狂気だ。死んでも蘇生する。生き返る。死にたくても死ねない。だが、実際におまえの精神は十分に安定している。そうなると、不老不死となったコード保持者の精神構造というのはどうなっているのかと、まあ、ちょっとばかり気になった、というところだ」
 黙ってルルーシュの話を聞いていたC.C.は、思わず、ふっ、と笑いを零した。
「あいかわらず、随分とあれこれ考えるものだな、おまえという奴は。
 だがそうだな、私自身、よくまあ狂気に身を落とすこともなくあり続けていられるものだと、不思議に思ったことはあったよ。今ではもう考えるのも馬鹿馬鹿しくて思わなくなっていたが」
 C.C.のその言葉に、ルルーシュは少し考えるようにしていたが、再び口を開いた。
「『人はよく、やりたいことをやるには一生は短すぎると不満を言う。ところが、その制限がなかったら何もしやあしない。時間が限られているということは、何よりも強い動機になるのだよ。私もこれまで何度かこの問題を考えてみたことがあるがね、不老不死が実現したら、結局は退屈だけが残るだろうと思っていたよ』── 。ある小説の中における、登場人物の一人である生物学者の台詞だが、そこでは、こうも書かれていた。さっきの言葉は、ある異性人の種族が遺伝子工学の結果として、種族の祖先からの夢であった不老不死を得たことについてのものだが、不老不死が達成されてから暫く、一切の進歩発展が止まってしまった、創造性が失われてしまったのだと。そしてそれは、夢を描くことが無くなった結果であり、悲劇だ、とね。
 多分にこれは種族全体のことだから、それで済む話なのではないかな。大勢の、この地球上の人間の中で自分だけが不老不死という異質な存在なのだとしたら、その小説の中で生物学者が話したことだけでは済まないだろうと思う。先にも言ったが、死にたくても死ねないという状態の中、本当に、狂気に身を委ねるしかないのではないかと。人間の精神が、それ程に強いとはとても思えない。どれ程に強い精神力を持っている人間でも、耐えられることにはやはり限界があるだろうと思う。だからそう考えると、コード保持者になるというのは、コードの力によって、精神的にも普通の人間とは異なる変化が出るのかな、とそういう考えにいきついた」
「ふむ」C.C.はルルーシュの言葉を受けて一つ頷いた。「おまえの説、一理あるかもしれないな。私にコードを押し付けたシスターは、死ぬことを強く望んで、私にギアスを与え、無理矢理コードを押し付けた途端に死んだわけだが、当時の私には分からなかったが、ひたすら己の死を望んでいたことを除けば、おかしなところは見受けられなかった。そしてそれは私自身にも言える。実際、狂うことができて何も分からなくなったら楽だろうに、と思ったこともあったからな」
 C.C.の言葉に、ルルーシュは己の考察は十分に有り得ることか、と思った。そして今現在、コード保持者として、不老不死の無限の時を生きているC.C.に、哀れみを覚えた。死ぬことどころか、狂うことすらできず無限の時間を生きる、その決して他人には言えない苦しみ。だから契約者にコードを移譲して人間として死ぬことだけを望むのかと。そしてそのコードの移譲にしても、ギアスに対する適正が関係するのか、契約者なら誰にでもコードを移譲できるというわけではない。どんなに死を望んでも、コードを移譲することのできる契約者が現れるまで、何時果てるともしれない時を生き続けねばならないのだから。
「まあ、おまえのコードは契約通り、俺がもらってやるよ、それが可能な時が訪れたらな、共犯者殿」
「……おまえの説が正しいとしたら、そうしたら今度はおまえが狂うことすらできない無限の時を生きることになるのだが、本当にそれでいいのか?」
「契約、だからな。反故にはしないさ、俺の望みが叶いさえすれば」
 ルルーシュのその言葉に、C.C.は思う。本当におまえのような奴は初めてだよ、と。
 以前、ルルーシュはC.C.に告げていた。C.C.が魔女なら、自分が魔王になればいいだけだと。そして今また、コードについての考察をし、そこで得た結論── 今の段階ではまだそこまでは言えないかもしれないが── を導き出しながら、それでも、契約を果たし自分の持つコードの移譲を受けるというルルーシュ。そんなルルーシュに、自分と同じ苦しみを与えることになると分かっていながら、その時がきた時、自分の望みとはいえ、自分は本当にルルーシュにコードを移譲することができるだろうかと思いを巡らせる。いざとなったら、きっと悩むのだろうな、と。そしてまた思う。ルルーシュには自分のではなく、あいつのコードを受け取らせて、ルルーシュと二人して、彼がかつて告げたように魔王と魔女として生きていくというのはできないものかと。一人なら辛く苦しいだけの無限の時も、ルルーシュと二人なら、耐えられるのではないかとすら思えてくる。
「もうこんな時間か」机の上に置かれた時計の時間を確認してルルーシュは告げた。「今夜はいきなり変な話をしだして悪かったな。もう寝よう。俺はシャワーを浴びてくる。C.C.、俺がシャワーを浴び終えるまでに、自分の食べたものの後始末くらいはきちんとしろよ」
「分かったよ、相変わらず口うるさい奴だな」
 シャワールームに入っていくルルーシュの後ろ姿にそう声を掛けながら、C.C.は自分が考えたことを思い返した。そうだ、それもいいかもしれない。ただ問題は、どうやってそれをやるか、だなと考えを巡らせ、しかしそう簡単に答えが出せそうもないと思い、今夜はルルーシュが言ったようにもう寝るべく、そのためにベッドの上に散らかしたピザの箱やら何やらを片付け始めた。慌てることはない、考える時間はまだ十分にある、そう思いながら。

── The End




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