盲目の騎士




 日本最後の首相枢木ゲンブの嫡子だったスザクは、長じて名誉ブリタニア人となった。
 それは日本人── イレブン── のままでは国を変えていくことはできないと思ったからである。しかし名誉ブリタニア人になったからといってそれは変わらないのだが、スザクはそれに気付かない。
 日本はブリタニアに敗戦してエリア11という名の植民地となり、日本人はナンバーズとなった。
 その中で少しでもよい待遇を、と思えば確かに名誉ブリタニア人になるのは一番てっとり早い方法ではある。
 しかしそれは、イレブンとなった日本人からすれば日本を捨てた奴、ということになり、純ブリタニア人からすれば、所詮は名誉、家畜も同然の、つまるところは所詮ナンバーズであることに変わりはないということになるのだが、スザクはそれにも気付いていない。
 名誉ブリタニア人となり、軍人となり、手柄を立てて出世して認めてもらい、国を中から変えるのだと思い込んでいる。
 専制主義国家であるブリタニアでどうしたらそんなことができるのか、知っている者がいたら教えてほしいものである。
 だがいずれにしろ、スザクは名誉となり軍人となり、その運動神経、反射神経を認められて、そしてその適合率の高さから、現行、世界で唯一の第7世代KMFランスロットのデヴァイサーとなった。
 スザクはこれで一つ認められたと思った。ただ適正率の関係から、適任がスザクの他にいなかった、というだけの話なのに。
 そしてロイドに指摘される。人を殺したくないと言いながら軍に所属する矛盾を。スザクはそれに真面な回答を返すことができない。
 スザクは確かに人を殺したくはない。だが認めてもらうには軍で出世するのが一番だ。だから軍に所属した。しかし認めてもらい出世するには、それだけ人を殺すのだという矛盾には気が付いていない。もしくは分かっていて無意識に意識の中から除外しているのか。
 ふとしたことから副総督である第3皇女ユーフェミアと知り合い、スザクは彼女の口利きで学校に通えるようになった。
 一軍人に、一名誉ブリタニア人に過ぎない自分を皇女に、しかも副総督に気にかけてもらったことに天にも上った気になった。
 そして更にはそこで偶然にも出会った幼馴染のルルーシュ。
 ルルーシュは今はランペルージと名乗り一般人のふりをしているが、元をただせばれっきとした皇族の一人だ。だが彼は今、ブリタニアから、皇室から隠れてアッシュフォードに匿われて過ごしているという。何故、彼がそこまでして隠れなければならないのか、スザクには分からない。副総督はあんなに心優しい人なのだから、隠れる必要などないと思うのだ。だが隠れているというルルーシュの意思を尊重して、誰にも言わないでいた。本当ならユーフェミアに言うべきなのかもしれないと思いながら。
 かようにスザクには何も見えていないし、理解できていない。
 何故ルルーシュが皇室から隠れなければならないのか、皇室の闇を知らないスザクには理解できない。
 チョウフ基地での、かつての師匠である藤堂鏡志朗の処刑者に指名された時、正直言ってスザクにはショックだった。だが藤堂はブリタニアの植民地となったこの地のルールを犯しているのだ。処分されるのは当然だと思う。彼が、彼らが何故そのルールを犯し、日本を奪還しようとしているのかには考えが及んでいない。日本を取り返すには自分のやり方のみが正しいと思い込み、他を否定しているから。スザクの考えている方法では、現在のブリタニアの状況を考えれば決して叶うはずのないことなのに。
 結局、この処刑は失敗に終わった。テロリストである黒の騎士団の支援を受けた藤堂の部下たち── 四聖剣── の手によって藤堂は救い出されてしまったのだ。本来なら処罰ものだったろう。だがスザクを待っていたのは、第3皇女ユーフェミアの選任騎士に任命されたという吉報だった。
 スザクは有頂天になった。
 藤堂の処刑には失敗してしまったが、それでも自分の行動を認めてくれる人がいた。それもこの地の副総督たるユーフェミア第3皇女だ。これで帝国の中枢に一歩近付けたとスザクは思った。それが何の意味もなさないことになど、スザクは気が付いていない。
 ユーフェミアは所詮お飾りの副総督であり、政治のことなど何一つ知らず、姉であり総督であるコーネリアに溺愛され、全てその姉の言うままに、周りの言うままに動いているに過ぎない。そんな中の唯一の自分の権利が選任騎士を自分で決めることであり、それにスザクを指名しただけだ。
 それも自分がお飾りであることを揶揄されて落ち込んでいる時に、同じようにイレブンだということで蔑まれているスザクに対して同情しただけに過ぎないというのに。そう、自分と同じような境遇にあると思い、意思を分かち合えると思ったに過ぎないというのに。
 そしてスザクがユーフェミアの騎士となったことで傷ついている幼馴染の兄妹の存在には、彼はちっとも気付いていない。思い至らない。それどころか、自分が皇族の騎士となったことで、彼ら兄妹を守る力を得ることができたなどと見当違いもいいことを思っている。そしてまた、彼らも自分の出世を喜んでくれると、純粋にそう信じている。彼の出世で彼らの拠り所が、アッシュフォード学園という箱庭が脆くなっているというのに、二人に対する危険性が増しているというのに、彼は全く気付きもせず、思いもしない。
 騎士に任命されてからも、許されているからということで相変わらず学園に通い続けている。本来なら常に主の傍にいて主を守るのが役目であるにもかかわらず、その主が認めているからと何の疑問も抱かない。主と仕える騎士の本来の在り方について、何も思わない。ただ、主である皇女のユーフェミアの言うがまま、イエスマンになり、許されるままに一般の学園に通い続けているのだ。それの一体どこが正しい主従の在り方だというのか、それを認める者がいるなら是非教えてもらいたいものだ。
 所属している生徒会では、騎士になって以降、以前よりも更に如何にユーフェミア様が素晴らしいか、優しいか、慈愛に満ちた方か、そして何時かブリタニアという国を変えてくださる方だと口にしてやまない。更には彼女を愛称のユフィとまで呼ぶ。生徒会室で、生徒会のメンバーしかいないからいいが、他の者に聞かれていたらどのような処分が待っているか気付いていない。いくら本人が望んだからといって、そのようなことは一介の騎士に許されることではないというのに。
 そして同時に、かつて自分を助けてくれたテロリストのゼロを間違っていると批判しまくっている。
 ユーフェミアの件はともかく、ゼロを批判するなら、それは学園の生徒会内ですることではなく、ゼロを支持するイレブン、すなわち日本人に対してすべきことであろうに、そんなことにも考えが及ばない。それとも無意識のうちに危険を感じて避けているのか。いずれにせよスザクがしていることは、ブリタニア人が通う学園の生徒会でしても何の意味もないことだというのに。そんな簡単なことにすら気付いていない。ただ自分の意見が正しいと、彼のご高説をのたまわり続けている。
 そして繰り返される同じ内容に、ユーフェミアに傾倒しているニーナさえもうんざりしてきているというのに、それにも気付かずに同じことをひたすら繰り返す。
 実姉であり総督であるコーネリアの溺愛を受け、その姉から守られているユーフェミアには何の力もない、そしていくらスザクが否定しようと、イレブンはゼロが何時か日本をブリタニアから解放してくれるとの夢を見出しているのに、それに気付こうとしない。
 スザクは自分中心の考え方で、ブリタニアの国是である弱肉強食に染まって、力があれば上に上がって発言権も上がると考えている。
 彼には何も見えていない、分かっていない、気付いていない、ブリタニアという国の根本を。
 選任騎士に任命されたとはいえ、所詮名誉に過ぎない彼が、貴族や皇族どころか、君主たる皇帝でもないただの一介の名誉ブリタニア人が、専制主義国家のブリタニアの何をどう変えていこうというのか。変えられるというのか。
 何も見えていない彼には、皆を納得させられる答えなど何一つ出せないだろう。

── The End




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