問題点




 その日もまた、オデュッセウスは第1皇女ギネヴィアの離宮を訪れた。
 最早恒例となっているといっていい、二人だけの茶会である。そこでは互いに外では言えないようなことを言い合っている。
「それにしてもエリア11にはほとほと困ったものだね」
 ギネヴィアの用意したお茶を一口飲むなり、オデュッセウスは口にした。これで今日の話題はエリア11の事に決まったようなものだ。
「本当に。クロヴィスがあの地のテロを鎮圧できないままに暗殺されたのが始まりとはいえ、それも元をただせば、あの国が余力を残したまま降伏したせいでございましょう」
「それも徹底抗戦を唱えていたはずの首相だった枢木ゲンブの自殺をもってね。だが、聞くところによると枢木は自殺ではなく、実は殺されたらしいよ」
「それはつまり、あの国の民は敗戦を本当には受け入れていないということになりましょうか。ならばあの地でのテロが無くならないのも道理ですわ」
 ギネヴィアも紅茶を飲みながらオデュッセウスに応える。
「せめてクロヴィスがもう少しテロを抑え込めていたらどうにかなっていたんだろうが、あの子は力押しばかりで、逆にテロを煽っていたようなものだったからね」
「その通りですわ。その挙句に暗殺されたのは運が無いと申しましょうか。結局クロヴィスには総督の任は重過ぎたのかもしれませんわね。ですがその後任のコーネリアも問題でしたわ」
「そうだね。しかもテロの活発な地へわざわざ妹のユーフェミアを副総督として連れていくなんていう馬鹿なことをしたからねぇ」
「本当にそうですわ。妹可愛さのあまり、考えが足りなくなっていたのでしょうか。高校中退で為政者としての教育も努力も何一つ真面にしていない娘を自分の後任用に連れていくなんて」
「妹可愛さで目が曇っていたとしか思えないね。実際あの娘がやっていたことは、慰問やコンクールの授与式や何の益もないスピーチばかり。あれではお飾りと揶揄されても仕方ないよ。マスコミの質問にさえ碌に答えることもできず、確かにお飾り以外の何物でもなかった」
「しかもお飾りならお飾りらしく大人しくしていればいいものを、こともあろうにナンバーズ上がりの名誉を自分の騎士に任命するなんて馬鹿な真似をして。しかもその上、国是に反した行政特区など提唱したり」
「あれはまさか父上が認めるとは思わなかったが、聞いたところでは、あの娘の皇位継承権と引き換えだったそうだから、いずれにしろ、特区は成立と同時に崩壊する羽目になっていただろうね」
「本当に。その点ではゼロがあの娘を殺してくれたのはイレブンにとっては御の字でしたわね」
「そうだね。でもそれが原因でゼロはあの娘の騎士に捕まって父上の前に引き出されてしまった」
 憐れそうに、気の毒そうにオデュッセウスが告げる。
「しかもあの騎士はそれを手柄にラウンズの地位を要求するなど、与えた父君も父君ですけれど、あの名誉は自分を何様だと思っているのか。名誉とはいえ所詮はナンバーズに過ぎないというのに」
「EU戦では“白き死神”などと通り名を付けられていい気になっていたようだけどね」
「でもそれももうじき終わりですわ。エリア11での第2次トウキョウ決戦では、シュナイゼルの許可もなく大量破壊兵器フレイヤ弾頭とやらを投下して、兵士どころか、我が国の民間人を大量に殺害し、しかも漏れ聞いたところによりますと、シュナイゼルに父君の暗殺を唆したとか。
 本国に戻ってくれば軍法会議ものの上に、厳罰に処せられることが決まったようなものですもの」
 ふふふ、と笑いながらギネヴィアは口にして、その後残りの紅茶を口に含んだ。
「これであの子の肩の荷が少しでも楽になればいいのだけどね」
「本当にそうですわね」
 ふとオデュッセウスのカップも空になっているのに気付いて、ギネヴィアはポットを手にした。
異母兄君(あにぎみ)、おかわりは如何ですか?」
「ああ、いただこう」
 オデュッセウスのカップに、次いで自分のカップにおかわりの紅茶を注いで、なおも二人はエリア11とそこにいる愚かな騎士の話に花を咲かせていた。





 神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが行方不明になってから暫く後、帝都ペンドラゴンにいる皇族や貴族たち、文武百官に、皇帝から大広間への招集がかかった。
「皇帝陛下御入来」
 近衛の先触れの声を合図に玉座に進み出たのは、学生服のようなものを身に纏った少年だった。
「私が第99代ブリタニア皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです」
 入ってきたのがシャルルではなく、8年余り前の日本侵攻の折りにかの地で亡くなったとされていた第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであることに、その場にいた者のほとんどが驚愕した。
「どういうことだ!?」
「シャルル陛下は一体どうなされた!?」
「皇帝を僭称するこ奴を捕えろ!」
 その声に控えていた近衛兵が向かってくると、何処から現れたのか、ナイト・オブ・セブンこと枢木スザクが現れてルルーシュを捕えようと近寄ってきた兵士たちを悉くなぎ倒した。
「シャルル皇帝は私が弑逆しました。ですから弱肉強食の国是に従って私が次の皇帝ということになります。そして此処にいる枢木スザクはラウンズを超えたラウンズ、ナイト・オブ・ゼロ、ということです」
「馬鹿なことを言うな!」
「そんなこと認められるものですか」
 スザクが力を示しても尚、反対する声が上がる。
「そうですね、それではもっと分かりやすくお話しましょうか」
 そうルルーシュが告げた時、オデュッセウスから声がかかった。
「待ってくれないか、ルルーシュ」
「何ですか、オデュッセウス異母兄上(あにうえ)?」
 大広間にいる者たちにギアスをかけようとしたルルーシュだったが、オデュッセウスの声に見下ろすようにして耳を傾けた。
「君が父上を弑したと言うのならそれは本当のことだろう。ならばその君が次の皇帝になることを認めるのは吝かではない」
「異母兄上!」
「殿下、なんということを!」
「しかし、枢木スザクは認められない」
「どういうことです?」
 自分のことは認めるがスザクは認めないというオデュッセウスの言葉に、ルルーシュは眉を顰めた。
「枢木はエリア11の第2次トウキョウ決戦において上司の許可もなく大量破壊兵器であるフレイヤを使用し、軍民あわせて3,500万余もの死傷者を出した。しかもその大半は非戦闘員である我が国の民だ。その上、皇族である君なら皇族殺しは資格があるが、枢木はラウンズとはいえナンバーズ上がりの騎士の分際でシュナイゼルに皇帝陛下の暗殺を唆した。これは立派に軍法会議ものであり、厳罰、いや、銃殺刑ものだ。そのような者を君の騎士としては認められない」
 以前、ギネヴィアと語り合った以上のことをオデュッセウスはルルーシュを前に告げた。
 ルルーシュにしてみれば、第1皇子のオデュッセウスは凡庸を絵に描いたような人物、という評価があっただけに、これらの言葉を告げたのがそのオデュッセウスだということが信じられなかった。しかし明らかに今目の前でオデュッセウスが口にしているのだ。
「皇帝の騎士ともならば相応しい者はいくらでもいる。だがその枢木だけは認められない、君自身のためにも止めておきなさい」
「皆、何をしておる。オデュッセウス殿下のお言葉を聞いたであろう。さっさと枢木を捕えて軍法会議まで牢に入れておおき!」
 オデュッセウスに続くギネヴィアの言葉に、その場にいた近衛兵たちはスザクの身柄を取り押さえようとした。もちろんスザクはそれに抵抗する。
「何をする! 僕はルルーシュ陛下の騎士だぞ!」
「その前に大量殺戮者であり、未遂に終わったとはいえ大逆犯じゃ。さあ、連れておいき」
 再びスザクを拘束しようとする近衛兵に、スザクは今度は身動きしなかった。できなかった。
 ギネヴィアの「大量殺戮者」との言葉の前に呆然としてしまったのだ。
 そのままスザクが近衛兵に連れて行かれるのを呆然と見ていたルルーシュに、オデュッセウスが声をかける。
「さあ、これで君が間違いなく我が神聖ブリタニア帝国の第99代の皇帝だ。君の騎士は後で改めて決めなさい。私も協力は惜しまないから」
 そのオデュッセウスの言葉に、スザクと計画したゼロ・レクイエムが最初から頓挫したことを悟ったルルーシュだった。
「皆、分かったね、今日これよりはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがこの神聖ブリタニア帝国の第99代皇帝陛下だ」
 現在、この場の纏め役は明らかにオデュッセウスであり、そのオデュッセウスの言葉が大広間に響き渡る。そしてその常ならぬオデュッセウスの有り様に、皆平伏したかのように頭を下げる。
 この長兄の一体どこが凡庸なんだ、とルルーシュは思った。

── The End




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