密 約




“行政特区日本”の開設記念式典のその日、空はどこまでも青く晴れ渡っていた。
 会場に集まった多くのイレブン、否、日本人たち。式典に参加するために集ったブリタニア人官僚や軍人たち。そして誰よりもこの特区の開設を心待ちにしていた、特区設立提唱者であるユーフェミア・リ・ブリタニア。
 ユーフェミアが待つのは、協力を呼びかけたテロリスト組織“黒の騎士団”の指令であるゼロ。
 しかしゼロの訪れぬまま、時は過ぎ、係官が無情にもユーフェミアに時間を告げる。
 ただ一つ空いた席を見つめながらユーフェミアは立ち上がった。
 その時、会場内がざわめきだす。そのざわめきにユーフェミアが空を見上げれば、そこには以前神根島でゼロによって奪われたブリタニアのKMFガウェインの姿があり、更にその肩にはゼロが立っていた。
「ゼロ!」
 ユーフェミアは周囲の静止も聞かず、ガウェインに向かって駆け出した。
「ゼロ、来てくださったのですね」
 ユーフェミアの声は喜びに満ちていた。それはゼロの参加を疑ってもいないものだった。
 会場に設置されたステージに降り立ったガウェインの肩から降りたゼロは、駆け寄ってくるユーフェミアを黙って見つめていた。
「ゼロ」
 ユーフェミアの顔は喜びの笑みに満ち溢れている。しかしゼロはそれを無情に切り捨てるために訪れたのだ。
「この度はお招きをいただきありがとうございます」
「ゼロ」
 ゼロの冷めた声音にユーフェミアは戸惑いを含めて彼の名を呼んだ。
「さる筋から、あなたはこの特区開設のために皇位継承権を返上したとの情報を得ました」
 ゼロの言葉に、ユーフェミアのすぐ後ろに来ていた彼女の選任騎士である枢木スザクが驚きの表情を見せる。
 会場内やブリタニアの官僚や軍人たちの間からも驚きの声が響いた。それは酷く温度差のあるものだったが。
「何故ご存じなのですか?」
 ユーフェミアも驚きながら、けれどゼロの言葉を否定することなく問い返した。
「どうやら事実のようですね」
「この特区の開設を認めてもらうために必要な事と考えました。私が如何にこの特区の開設に真剣か、それでお分かりいただけると思います」
 ゼロの言葉に頷きながら、ユーフェミアは自分は当然のことをしたまでと胸を張って答えた。
 ユーフェミアの答えに、会場内からはそこまで自分たち日本人のことを、との声がそちこちで聞こえたが、それもゼロが答えを返すまでのことだった。
「ならば我々はこの特区に参加することはありません」
「どうしてです!?」
 ゼロの無情な答えにユーフェミアは驚きを隠せない。
「皇位継承権を放棄した、つまりは皇籍奉還したあなたが、どうやってエリアに存在するこの特区を纏めていくと仰るのです? どんな権利で? 皇籍を、皇族としての責任を放棄したあなたが?」
「え?」
 ユーフェミアにはゼロの言葉が理解できなかった。
 ユーフェミアは自分が放棄したのは皇位継承権、つまりブリタニアの名だけで、特区開設における責任を放棄した覚えはなかったから。
「お分かりになっていらっしゃらないようですね。ブリタニアの名を返上し皇族でなくなったあなたには、エリアを、たとえ一部とはいえ治める資格は無いということが。つまりこの特区の責任者はいないということであり、特区は存続し得ないということです」
「えっ!?」
 ユーフェミアの顔が戸惑いに満ちる。それはユーフェミアの後ろにいるスザクも同じだった。
 自分たちが真剣に取り組んできた特区の開設が、ユーフェミアの皇籍奉還と引き換えであり、それにより特区の責任を取るべき者が存在しなくなるなどということは、ユーフェミアは考えもしなかった。スザクに至ってはユーフェミアが皇籍奉還したなどということも初耳であり、その驚きはユーフェミア以上だった。
「我々黒の騎士団は未来のない特区に参加するつもりはありません。本日はそれを申し上げるために参上したまで」
「あ……、ま、待って、待ってください、ゼロ!」
 マントを靡かせ踵を返すゼロを、ユーフェミアは引き留めようと声を張り上げた。
「これ以上、あなたと話をするようなことは何もないと思いますが」
 顔だけを向けて非情に告げるゼロに、ユーフェミアは両手を伸ばしたまま凍りついたように動けなくなった。
 会場内のあちこちから、二人の遣り取りによりざわめきを増していく。
「ゼロの言う通りだよ、ユーフェミア」
 そこへ突然別の声が割り込んできた。
 ユーフェミアとスザクがゆっくりと声のした方を振り向く。そこに立っていたのは帝国宰相であり、第2皇子でもあるシュナイゼルだった。
「お、お異母兄(にい)さま……」
「君の皇籍奉還と引き換えに皇帝陛下はこの特区の開設をお認めになったが、同時に、皇族ではなくなった君の治める特区は認められないとの仰せだ。つまりこの特区は今日が開設の日であり、同時に廃止の日でもあるのだよ」
「そんなっ!?」
 なら自分は一体何をしたというのだとユーフェミアは思った。特区を創り出せればそれで上手くいくと、ブリタニア人と日本人が互いに手を携えていくきっかけを創り出せると思って実行したというのに、それは自分の浅墓な思い違いだったというのかと。
「そんな馬鹿な話、あるはずがない! 一方でユフィの皇籍奉還と引き換えに認めておきながらその一方で廃止するなんて!!」
 スザクは自分の立場も考えず、シュナイゼルに向かって怒鳴っていた。そんなスザクにシュナイゼルの後ろに控えていた騎士たちが向かっていく。
「スザク!」
「何をっ!!」
 スザクを取り押さえようとする騎士たちに、ユーフェミアが、スザクが叫ぶ。
「身の程を弁えよ! ユーフェミア・リ・ブリタニアが名を返上しただの一臣民となった以上、貴様は皇族の選任騎士ではなくただの名誉ブリタニア人であるに過ぎない」
 その言葉に愕然となったスザクは、抵抗することも忘れたかのように騎士たちに身柄を押さえられた。
「スザク! お異母兄さま、止めてください、スザクを放してください、彼が何をしたというのです!?」
「彼は帝国宰相であり第2皇子である私に食ってかかった。それだけで皇族侮辱罪に当たる。皇族だった君は、皇族であることを辞めたと同時にそんなことも忘れたのかい? ちなみに今の君の言葉も、もう皇族でなくなった以上は認められないが、それでも半分は血の繋がった妹ということで特別に見逃してあげよう」
 冷笑を浮かべながらシュナイゼルは異母妹(いもうと)に告げた。
 そんな彼らの遣り取りを見ていた会場の日本人たちは、ゼロが先に告げたようにこの特区に未来は無いのだと、自分たちの期待は裏切られたのだとの思いから、次々と席を立ち、会場を去り始めていた。
 ガウェインの前に立ってそんな様子を見ていたゼロに、シュナイゼルがその顔を向けた。
「ゼロ、君とは是非とも一度話をしてみたいと思っていた。この機会にどうだろう?」
 ぬけぬけとよく言う、と思いながら、ゼロであるルルーシュは鷹揚に返した。
「そしてテロリストである私を捕まえるというわけですか、宰相閣下?」
「そんな事はしないよ。あくまで話し合いを希望するだけだ。宰相としての名にかけて、今回は君を捕まえたりはしないと約束しよう。どうだろう、私と話し合う気はないかい?」
 先日、黒の騎士団の本部で会ったことなどおくびにも出さずに二人は会話を続ける。
「私たち二人だけで余人を交えないというならいいでしょう。でなければ話し合いに応じる気はありません。生憎と私はブリタニアの宰相であるあなたをそう容易に信用できない」
「それは仕方ないね、本来君と私は敵同士なのだから」
 シュナイゼルは頷き、未だ会場内にいる日本人たちやブリタニアの官僚や軍人たちが見守る中、二人はステージ脇に停められているG1ベースの中に入っていった。
 後に残されたユーフェミアは、己の騎士であるスザクを捕えられ、皇族ではなくなったとのシュナイゼルの言葉に他のブリタニア人からも、そして特区に参加するために集まった日本人からも顧みられることなく、ステージの上に唯一人、途方にくれたように立ち尽くしていることしかできない。



「全てあなたの仰った通りでしたね、シュナイゼル宰相閣下」
 G1ベースの中に入って、ゼロはそう切り出した。
「君に嘘はつかないよ、ルルーシュ」
「今の私はあなたの異母弟(おとうと)のルルーシュではなく、黒の騎士団のゼロです。間違えないでいただきましょう」
 ゼロは自分がルルーシュであることは否定せず、けれど仮面越しにシュナイゼルを真っ直ぐに見つめ返しながら告げた。
「仕方ないね。それにしても、一体どうしたら私は君に信用してもらえるのかな?」
「それは今後のあなたの行動で判断させていただきます。言葉ではなく行動で」
 言葉だけでは信用できないと、そう告げるルルーシュに、彼がそう言うのは当然のことと受け止めたようにシュナイゼルは頷いた。
「近いうちに本国で主義者たちによるクーデターが起きることになっている。宰相たる私としては、それを取り締まる側になるわけだが、その騒ぎの最中に帝国にとって最も重要な人物が息をひきとる」
「!」
 仮面の中でルルーシュは目を見張った。
「今の段階ではあくまで、予定、だがね」
「……本気、なんですか?」
「今のままではブリタニアは膿んでいくだけだ。陛下はそれを“進化”と呼んでいるがね。そんな状態を見過ごすにはいささか遅きに失した感が否めないが、それでも何もしないよりはましだろう。そしてそれによってブリタニアは変わる。いや、変わらざるを得ない。
 その本国の騒ぎに紛れて君はこのエリア11を、日本を独立させるよう動きなさい。コーネリアについてもユーフェミアの件に絡んで更迭の手配を進めている。コーネリアがいなくなれば君も、君の率いる黒の騎士団も動きやすくなるはずだ」
 シュナイゼルの言葉にmルルーシュは半信半疑ながらも頷いた。
「分かりました。あなたがそう言うのなら、本国の動きを睨みながら私たちも動きます。ですが、私はまだあなたを全面的に信用したわけではない。それだけは覚えておいていただきましょう」
「強情だね、ルルーシュ。しかしそれも今までの君の苦労を考えれば致し方ないのかな。とにかく私の今後の動きを見て、何時か君に信用してもらえるように努力するとしよう」
 その言葉を最後に、シュナイゼルはG1ベースを後にした。
 残されたルルーシュは緊張の糸を解き、大きく息を吐き出した。
 これがブリタニア帝国宰相シュナイゼルと、黒の騎士団の指令ゼロことルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとの密約が成った時である。

── The End




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