見たくないもの




 人間の中には見たくないものがたくさんある。打算、保身、高慢、追従、苛め、裏切り……。
 ルルーシュの場合、見たくない以前に、味わわされてきた印象の方が強いだろう。それはブリタニアの宮殿において、他の皇族や貴族たちの態度、そして何よりも、母が貴族ではなく、庶民出であったといことにより。
 そしてそれは、母が死んだ後に妹のナナリーと二人して送り込まれた当時のまだ日本という名であった、後のエリア11においても同様だった。それはすでに国家間の関係が悪化していたことからくる心情、そしてルルーシュたちがまだ幼い子供だったことも影響していたことは否めないだろう。
 ルルーシュ自身が行った事としては、何よりも一番は、自分と妹ナナリーを守るための保身だろう。それは、見たくないもの、という意味とは多少違うかもしれないが。そしてそのために色々と打算していた部分もある。また、自分では意識していなくとも、他者からは色々と思われていた部分もあったかもしれないとは思う。とはいえ、追従や苛めは決してしてきたつもりはないし、その出自ゆえか、卑屈になった覚えはないが、高慢とは無縁だったといっていいだろうとも思う。とはいえ、ブリタニアに破れて被支配民族となった日本人、すなわちイレブンからは、自分自身が、ではなく、ブリタニア人というひとくくりのうちに、そう思われていた可能性はある、とは思う。そこまでは否定できない。
 最初は知らなかったとはいえ、コード保持者であるC.C.から絶対遵守のギアスを得たことにより、考えていた方法、時期とはだいぶ予定が変わってしまったが、ゼロという仮面のテロリストとして黒の騎士団を設立した後、トップに立つ者として、団員たちに対してはそれなりの対応をしてきた。彼らの中には自分に対する不満もあるだろうと思っていた。何よりも、仮面で顔を隠し、素性を一切漏らさなかったことが一番の要因だと理解していたが、それはルルーシュの立場からすれば、どうしてもそうせざるを得なかったし、その代わりというわけではないが、それだけの実績を示し、キョウト六家、特に実態はどうあれ、表面的には売国奴との謗りも受けている桐原の理解を得、その援助を引き出すことにも成功している。ただ、問題は、その後のことも含めて、扇をはじめとした初期の団員、要は扇グループを基本にして立ち上げたこともあってのことだろうが、彼らが、全て自分たちの力、成果だと勘違いし、ゼロの能力を全くといっていいほどに理解していなかったことだ。キョウトからの援助を引き出す前の資金も、計画も、全てゼロが行っていたというのに、そのことを無視して、ゼロは信用できないと、そして少しでも自分たちの側に犠牲が出れば全てゼロの責任だとしていたことだ。自分たちが行っていることがなんであるのか、きちんと理解しないままに。ゼロがいなければ、扇グループなど何時潰されてもおかしくない程度の、組織ともいえない組織に過ぎなかったというのに。
 しかしルルーシュが最初に、そして最も強く裏切られたと思ったのは、幼馴染と、ただ一人の親友といえる枢木スザクが名誉ブリタニア人となり、更には軍に所属していたことだ。敗戦直後、彼の傍らで「ブリタニアをぶっ壊す」と叫び、それをしっかりと聞いていたはずのスザクが。
 その上、スザクがルルーシュの行った総督のクロヴィス暗殺の犯人として冤罪を着せられたのを救い出し、手を差し伸べたにもかかわらず、スザクはその手を取ることはなかった。そしてルールは守らなければならないと、軍に戻っていったのだ。ルールを守らなければならないと言いながら、そのルールを破ってスザクに冤罪を着せた軍に。
 その後、どういった経緯かは分からないものの、副総督としてエリア11にやってきた第3皇女ユーフェミアと既知となり、そのユーフェミアの“お願い”という名の“命令”により、それを拒否することのできないアッシュフォード学園に編入してきたが、スザクはそのあたりのことを理解していないようだった。ただユーフェミアが自分のことを思い、そしてアッシュフォードがそれを受け入れたと、ただ表面上の事しか受け入れていなかった。その裏にあるもの、ある意味、真実といえるものを何も理解していなかったのだ。
 それだけではない。
 ユーフェミアは、皇族として、その言葉で、つまるところ、命令によってスザクをアッシュフォード学園に編入させただけだ。しかも、KMFへの騎乗を別にすれば、スザクと同様の立場にある者は大勢いるにもかかわらず、スザクただ一人を特別扱いしたのだ。しかしユーフェミアはそれを特別扱いだなどとは思ってもいない。考えもしていない。何故ならユーフェミアが知っている名誉ブリタニア人の軍人はスザクだけであり、他の者のことは、口ではどう言おうと、結局は目にも耳にも入っていなかった。要は持っている者の、そしてそれが何によって支えられているのかに全く気付いていない、持てる者の慈善、相手のことを考えていない自分のやりたいことしかやろうとしない、いわば独善でしかない。ゆえにそれにより、あるいは周囲の事を考えない、やりたい事だけをやるという自分本位の行動ゆえに、迷惑をかけ、時には罰を受ける犠牲者を出していることなど、何も理解していない。知ろうともしていない。ユーフェミアの思い、考えに偽りはないだろうが、それが事実だ。所詮ユーフェミアは、自分の何不自由ない贅沢な生活が何によって支えられているものかも理解していない。いや、それ以前に、自分の生活が何不自由のないものであることすら理解していない。ただ自分の意見を、考えを誰も聞いてくれないと嘆くだけで、その理由を考えることもしない、所詮は口だけの理想主義者でしかないのだ。
 そしてもう一方のスザクはといえば、彼もまた何も理解していない。ユーフェミアが自分を学園に通わせるようにしてくれたことだけを取り上げ、彼女の為政者としての実行した事など、何一つ知らぬまま── というより、実際には慰問などだけで為政者としては何もしていないというのが正しいのだが── ただ彼女が自分に対してしてくれたこと、彼女が口にする理想だけを取り上げ、礼賛し、崇拝しているかのようだ。ユーフェミアは何も間違っていない、正しいと、彼女には、エリア11総督たる第2皇女コーネリアの実妹で、副総督という名前だけの、第3皇女という身分以外、為政者として必要な知識、能力を持っていないという事を何も理解していない、見ていない、ただ、彼女が口にする理想に同調し、素晴らしいと褒め称えているだけだ。そしてまた、逆に自分を冤罪をかけられたところから救い出してくれたといっていいゼロに対しては、ただテロリストということで、間違っていると、安易に批判しかしていない。ゼロが行っているそれ以外の部分、イレブンからどうして救世主として支持を受けているのかということを考える事すらしていない。しかもその批判は、彼にとって安全な場所でしか行っていない。つまり、本当にゼロを批判し彼を支持することをやめさせるつもりであるならば、ゲットーに赴き、彼を支持する人々を前に訴えるべきことであるのに、それを一切行っていない。つまるところ、彼は自分に都合のいいように、そして自分の保全しか考えていないのだ。実際の心情はどうあれ、内面を見ることができない以上、表面の言動から判断するしかないのだから、周囲からそう受け取られても極当然のことだろう。
 それだけではない。スザクは、ユーフェミアが自分を学園に通わせてくれたということだけを取り上げ、その学園内で受けていた当初の陰湿な苛めに対しては、自分は今は名誉とはいえ、元はナンバーズ、イレブンだから仕方ないと受け入れていたが、その後、ルルーシュの「自分の幼馴染で大切な友人だ」との言葉によって、完全にではなくとも、少なくとも表面上は受け入れられ、苛めを受けることもなくなったというのに、そのことを全く斟酌していない。ルルーシュがスザクを「友人だ」と告げた言葉がそのきっかけだということを全く理解していないかのように。そういった意味で言えば、ユーフェミアは学園に編入させるという目に見える行動で示したが、ルルーシュはただ「友人だ」と告げただけで、これといった目に見える行動はしていない。とはいえ、実はスザクが少しでも学園内で過ごしやすいようにと心を砕き動いていたのだが、それはスザクにとってははっきりと目に見えるものではなかった。だから、目に見える行動をとってくれたことだけをとりあげて、ユーフェミア一人を、彼女だけが自分を理解してくれたと言い、ルルーシュの行動に対しては何も感じていないのだろう。彼が自分を「友人だ」と告げたことは事実だし、本当に友人なのだから当然のことであって、その言葉の周囲に対して及ぼす影響など、何も考えてはいないのだろう。スザクはルルーシュたち兄妹の出自を知っているし、更には敗戦直後のルルーシュの叫びを聞いている。もちろん、現在は死んだこととして、アッシュフォードに匿われ、ブリタニアの皇室から隠れていることも。それを思えば、自分がルルーシュの傍にいて親しくしていることに何ら危機感を覚えていないのは当然のことか。
 第3皇女ユーフェミアからただ一人特別扱いを受けている名誉ブリタニア人。それがスザクの立場だ。それを考えれば、同じ立場にありながら何の配慮もしてもらえていない他の同じ名誉ブリタニア人はもちろん、特にリ家以外の皇族や貴族たちと何らかの関係を持つ純ブリタニア人から妬みや嫉みを受けるのは当然だし、その素性を洗い出し、ユーフェミアを、更には可能であるならコーネリアを追い落とそうとする者がいるのは不思議なことでもなんでもない。そんな中で真っ先にあがるのはルルーシュの存在だろう。そしてその中でルルーシュの出自が分かったとしたら一体どのようなことになるか。スザクはそんな簡単な事にすら思いも至らない。そしてその危険性はルルーシュやナナリーだけに限らない。名誉ブリタニア人を受け入れたアッシュフォード学園そのものが危険に晒される可能性があるのだ。ルルーシュが皇族だということが知られれば、ルルーシュたち本人はもちろんだが、偽りのIDを作って彼ら兄妹を匿っているアッシュフォード家とて無事では済まないし、事を起こそうとする人物の素性によっては、スザクの編入を受け入れた学園が、そして「友人だ」と言葉にしたルルーシュがテロの対象となる可能性は十分過ぎるほどあるのにだ。
 ましてや、ただ名誉ブリタニア人でありながら、特例的に適合率の関係からKMFに騎乗していることはまだしも、ユーフェミアに騎士として任命を受け、その手を取った。それにより、危険性はいや増したというのに、スザクは主とその選任騎士という主従関係を真に理解していない。それはユーフェミアにも言えることだが、スザクは騎士となったあとも尚、ユーフェミアがいいと言ってくれているから、とそれを免罪符か何かのように、士官学校ならまだしも、一般の学校であるアッシュフォード学園に通学し続けているのだ。
 スザクは自分がしてもらったこと、あるいはされたことだけを意識し、他者に対して己がしていることについて、あまりにも無頓着だ。考えていないと言ってもいいだろう。少しでも考えていたなら、少なくとも騎士にとなった時点で学園を退学しているはずなのだから。
 それらのことを考えれば、ルルーシュにとってスザクは確かに幼馴染の友人ではあるが、もはや裏切り者でしかないのだ。ルルーシュの出自を、憎しみを、決意を知りながら、自分から名誉ブリタニア人となり、更には軍人となった。その時点ですでにルルーシュの思いを裏切っていると言えるだろう。スザクは中に入って内側からブリタニアを変えるなどと口にしているが、彼は元を正せば政治家、それも日本最後の首相の息子でありながら、絶対専制君主制という制度を何一つ理解していない。まだ子供だったから、で済む話ではない。10歳近ければ、確かに年齢的には完全にとまではいかずとも、多少なりとも理解しているべき事だろう。それが全くない。絶対君主制国家であるブリタニアにおいては、皇帝であるシャルルが全てだ。彼が変わらない限り、あるいは彼の次代の者がスザクの意に同意する者、つまりはスザクの主となったユーフェミアでない限り、ブリタニアが変わるなどということはありえないのだ。仮に、スザクがブリタニアでは臣下としては最高位のラウンズ、その中でも唯一所領を持つことを許されているワンになれたとしても、それはスザクがワンでいる間だけのことであり、所詮ブリタニアの所領であることに変わりはない。スザクがワンとしてエリア11を、つまり日本を所領としてもらいうけている間だけ、多少ましな扱いになるだけで、スザクがワンでなくなれば元に戻る。一度甘くなった後に元に戻れば、ヘタをすればそれ以下の状態になる可能性もあることを考えれば、それは、今はイレブンと呼ばれている日本人にとっては何の意味もない、植民地として支配されていることから抜け出し、独立することを望む者たちからすれば、何の意味もない、到底受け入れることなどできないことだ。最もそれ以前に、現状では元はナンバーズであるスザクがラウンズの、しかもワンになどなれようはずがないのだが。
 決定打はユーフェミアの、アッシュフォードの学園祭における、何の根回しもしていない、唐突にマスコミを通してエリア11全土に放映された“行政特区日本”の設立宣言だろう。ユーフェミアは、周囲のことを何も考えず、ただ自分の理想を求め、間違ってはいない── 彼女の意図とは全く別の意味で帝国宰相を務める異母兄(あに)シュナイゼルからの、「いい案だ」との言葉があったとはいえ── という思いだけで、必要な事を何もせず、周囲に与える影響を感がえる事ともせず── 実際、その行動のためにアッシュフォードの学園祭は中止となった── に、実姉とはいえ上司たる総督のコーネリアの許可も受けずに公表したのだ。ルルーシュとナナリーは、かろうじてユーフェミアを捉えるTVカメラから逃れはしたが、それだけだ。特区を設立する、ただそれだけで、ユーフェミアはそれによって生じる事を何一つ考えていない。それに輪をかけたのはスザクだろう。スザクは何も深く考えず、ただ“日本”という名を取り戻せるということだけにひかれるように、ユーフェミアに対し、間違っていない、正しいと賛同し、ユーフェミアの何ら具体策の考えられていない、政策などとは到底言えるレベルではない愚作を礼賛したのだ。その上、ルルーシュとナナリーに対し、特区への参加を促した。ルルーシュたちの出自を知っている以上、本来ならそのようなことできようはずがないのに、そんな簡単な事にすら思い至らない。イレブンのための“行政特区日本”に、一体どうやってブリタニア人であるルルーシュたちが参加できるというのか。“日本”にブリタニア人であるルルーシュたちが参加する意味などないし、もし参加しようものなら、日本人となったイレブンからすれば、彼らを被支配民族としてきたブリタニア人であるルルーシュたち、特に身体障害を抱えるナナリーなど格好の標的だろう、どのような目にあうかも分からないというのに、ユーフェミアならきっと大丈夫だと、何の証拠も確信も、具体策もなく、ただ参加を促してくる。また、ユーフェミアも同様だが、参加しなかったイレブンがどうなるのか、特区の外にいる者たちのことも全く考えていない。第一、日本人とブリタニア人が平等に、とユーフェミアは言うが、支配者として過ごしてきたブリタニア人が、租界では優遇されているブリタニア人が、何故わざわざ特区に入ろうなどと考えると思うのだろうか。
 結局のところ、スザクは表面に現れた甘い事実だけにひかれて、何一つとして現実を見ていない、聞いていない。だからルルーシュがスザクのために陰ながらしてきた様々なことを何も理解(わか)っていない。
 そうしてルルーシュは、遂にはスザクにテロリストのゼロとして、ルルーシュが憎んでやまないシャルルに、ユーフェミアを殺した仇、テロリストとなった裏切り者として彼の出世と引き換えに売られるわけだが、先に裏切ったのはスザクだ。そこまで至った、スザクいわく、大切だという過程を何も考える事なく、与えられた偏った情報だけを全ての真実として、ルーシュは、国に、実父に捨てられた後、誰よりも信じていた大切な親友と思い続け接してきたスザクに、人であるならば、見たくない事、されたくない事をされたのだ。それも周囲の者たちをも巻き込んで。

── The End




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