明日(みらい)の夢を見る



 ダモクレスとの戦闘も終え、ゼロ・レクイエムは最終段階を迎えている。
 玉座に座したルルーシュの隊列は、沿道を進む。その沿道には、ダモクレス戦の結果、敗者となった者たち── 旧皇族派、超合衆国連合の代表たち、黒の騎士団の者たち── が、処刑されるのを待って磔にされている。そしてその一方で、民衆が影ではルルーシュを“悪逆皇帝”と罵りながらも、表向きは「オール・ハイル・ルルーシュ」との歓声を上げている。そしてそれは、それを煽っているマスコミにも言えることだった。
 そんな中、磔になっている者たちを目の端に掠めながら、ルルーシュの頭の中には、好きで何度も読み返しているある本の中の一節が頭を(よぎ)っている。それはその本の中に出てくるある人物が記載したとされている日記の一部である。



【この禍いの後、果たして我々の子孫はより恵まれた場所で生き延びるだろうか。もし生き延びたとしたら、彼らは我々が何をしたか、いくらかでも理解するだろうか。
 かつてこんなことは考えたこともない。工場や鉱山や軍隊で暮らすばかりではない。もっと意味のある生き方はきっとあるはずだ。それがどんなことか、自分にはわからない。我々はそれ以外の生き方を知らずに過ごしたのだ。しかし、この宇宙のどこかに、温かく、色と光に満ちた世界があるならば、我々がして来たことから、何か意味のある結果が生まれるはずなのだ。
 一日としてはあまりにも考えることが多すぎる。しばらく静かに眠りたい。】



 ルルーシュが生まれた時には、世界はすでに彼の母国である神聖ブリタニア帝国による世界征服のための戦いの最中にあった。しかし第11皇子として生まれ、帝都ペンドラゴンにある広大な宮殿の中、その一角にある離宮で育った彼には、多少は話が耳に入ってはいたものの、関係のないことであった。少なくとも、母がその離宮で暗殺され、その際に被害を受けて身障者となった妹のナナリーと共に、親善のための留学という名目の人質として、ブリタニアの次の侵略先として予定されている日本に送り出されるまでは。
 ブリタニアは、日本にいる皇族── しかも子供── のことなど知らぬげに、ルルーシュたちに何も知らせることなく、ましてや迎えなどあろうはずもなく、宣戦布告と同時に攻撃を開始した。
 その戦争の中、ブリタニアが初めて実戦投入した人型二足歩行兵器KMFの機動力の前に、日本は僅か一ヵ月程で敗戦し、ブリタニアの11番目の植民地としてエリア11となり、そこに住む日本人はナンバーズとしてイレブンと呼ばれるようになった。
 その終戦の際、ルルーシュは誓った。「ブリタニアをぶっ壊す」と。
 戦後程なく、ルルーシュたち兄妹はかつてKMF研究開発の関係からマリアンヌの、つまりはヴィ家の後見を務めならがら、マリアンヌの暗殺を防ぐことができなかったことから大公爵の爵位を剥奪されながらも、ルルーシュたち兄妹を思い、たとえ爵位を奪われようともヴィ家に仕える者としての矜持を保ち続けているアッシュフォード家の当主ルーベンによって庇護された。
 その後、二人はアッシュフォードが用意した偽りのIDの下で皇族であることを秘匿し、アッシュフォードが創建した学園の中で一般人として生きていた。そしてルルーシュが17歳になった時、彼はテロリストの行動に巻き込まれ、その際、ある少女から、彼女の望みを叶えるとの契約の下、異能の(ギアス)を手に入れた。ちなみに、人によって現われる力は異なるものだと後で知らされたのだが、彼が得た力は“絶対遵守”と呼ばれるものであった。ただ、あまりにも強力であり、レアな能力であることから、その力の行使には幾つもの制限があった。もっともそれはルルーシュが自分で把握していったものであり、当初は分からぬままに使用してしまった部分もなきにしもあらずではあったが。
 しかし無闇にその力を使うことなく、ルルーシュはブリタニアに対抗する仮面のテロリストとして、黒の騎士団という組織を()ち上げた。
 その黒の騎士団はただのテロリスト組織とは異なる。自ら正義の味方と称し、「悪を為しても巨悪を討つ」として、時に、イレブンと呼ばれるようになった日本人だけではなく、ブリタニア人を救うこともあったし、警察組織にかわって犯罪組織を暴き立てることもあった。黒の騎士団のデビューともいえる作戦も、エリア11最大のテロ組織である日本解放戦線による、カワグチ湖のホテルジャックから人質とされた人々を救い出したことであった。その中には、同じ学園にいる生徒会のメンバーや、副総督としてエリアにやってきていた、ルルーシュにとっては異母妹(いもうと)のユーフェミアの姿もあった。ゆえに、ブリタニア人の中にも、さすがに口に出されることはなかったものの、一部ではあったが、必ずしも黒の騎士団を否定する者ばかりではなかった。もちろん、日本解放のためのブリタニア軍との戦いもあったが。
 そして、戦中、唯一ブリタニア軍に土をつけ、“厳島の奇跡”の二つ名で呼ばれている藤堂鏡志郎をブリタニアによる処刑から救い出す際、幼馴染の親友であり、一度はクロヴィス暗殺容疑者として捕縛されていた── ルルーシュがゼロとして自分が犯人だと名乗り出、その際に力を使って救い出していたのだが── 枢木スザクが名誉ブリタニア人の軍人となっていたことはすでに承知していたことだが、ルルーシュたち兄妹には、技術班に移動して前線に出ることはない、と告げていた彼こそが、黒の騎士団が“白兜”と読んでいる現行唯一の第7世代KMFのデヴァイサーであると知れ、更にはそれを機に、副総督である第3皇女ユーフェミアが彼を選任騎士指名するに至った。スザクは、何度も差し伸べた、ゼロことルルーシュの手を取ることなく、ルールを守って中から変えるのが正しい、ゼロは間違っているとかねてから口にし、否定していたが、何も知らぬ、周囲からは“お飾り”と呼ばれているユーフェミアの手を取り、彼女の選任騎士となった。
 ルルーシュは悟らざるを得なかった。彼の幼馴染の親友であったスザクは、知ってはいても何も理解(わか)っていないのだと。だから平然と皇女の選任騎士となりながらも、元皇族たるルルーシュたち兄妹のいる学園を退学することなく、ユーフェミアがいいと言っているからと、ただそれだけで学園に通い続けている。それだけではない。彼が所属していた特別派遣嚮導技術部── 通称、“特派”── は、本来帝国宰相たる第2皇子シュナイゼル・エル・ブリタニア直轄の組織である。にもかかわらず、彼はその特派に籍を置き続けたまま、何も不思議に思うことなく、リ家の皇女の選任騎士となりながら、常に主であるユーフェミアの傍にいることもなく、時間が取れれば学園に顔を出している。主も主なら騎士も騎士、似た者同士、互いに何も知らぬ愚か者同士、二人がしているのはただの「騎士ごっこ」だというのが周囲のもっぱらの意見である。当人たちはそのように思われているとは全く知りもしないが。
 やがてユーフェミアは、お忍びで訪れたアッシュフォード学園の学園祭において、己の正体が知れると、取材にやってきていたマスコミを前に、上司であり姉でもある総督の第2皇女コーネリアはもちろん、教育係としてつけられたダールトン将軍にも、政庁内の誰にも諮らず、己の夢を、夢だけを宣言した。そう、“行政特区日本”の設立を。何も深く考えることなく、己の夢、望みは正しいと、それを叶えることだけしか考えず、そのことによって起きるデメリットも何も理解しないままに。だが、それはユーフェミアの宣言につられた日本人にも言えることだった。とはいえ、副総督の言ったことだから対策はとられていると考えてのことと思えば、参加することを選んだ人々を愚かと否定だけすることはできない。
“行政特区日本”の設立記念式典において、当初、特区への参加を要請されていたゼロ、つまりルルーシュは、ユーフェミアに自分を撃たせることで特区は罠だったと思わせるつもりでいた。しかし、ユーフェミアの、「その名は捨てました」の一言、つまり皇籍奉還をしたとの言葉に絆され、その手を取ろうとした。しかし、想定外の破局は突然訪れる。ギアスの暴走に気付かぬままに発した言葉が、ユーフェミアに対するギアス── 絶対遵守── の命令となり、彼女は自ら日本人を殺し、ブリタニア兵に対しても、日本人を殺すように命じたのである。
 一度かかってしまったギアスを解くすべはなく、彼女を止めるためにルルーシュはユーフェミアを殺すしかなかった。それしか、ユーフェミアを止めるすべはなかったのだ。
 しかし、結局ルルーシュがユーフェミアに対して撃ったのは行動を止めることを第一の目的とした腹部への一撃のみ。実際にユーフェミアを死に至らしめたのは、本人にはそんな意識は全くなかったのであろうが、応急処置をとることもせずにKMFで空にある浮遊艦アヴァロンにユーフェミアを運ぶという暴挙を行ったスザクが何よりも最大の原因であった。また、運び込んだ先がシュナイゼルのアヴァロンであったことも影響していただろう。シュナイゼルにしてみれば、ユーフェミアはすでに皇籍奉還をした、皇族ではない一般庶民であり、それを別にしても、自分になんの断りもなく、己の部下であるスザクを勝手に己の騎士に任命し、その後も何も言ってこなかったのだから。そしてユーフェミアの生家であるリ家は、シュナイゼルにしてみれば政敵たるコーネリアの溺愛する妹、それだけの存在であり、シュナイゼルにとってユーフェミアを助ける理由は何一つとしてないのだ。
 しかしスザクにとってはユーフェミアを殺したのはゼロであり、なんとしてもゼロをユーフェミアの仇として討つことしか頭になかった。
 そんなスザクにゼロの正体と、彼の持つ力を教えたのは、突然スザクの前に姿を現した、名前も分からぬ正体不明の子供であった。そしてひたすらユーフェミアを殺した相手、仇として狙うスザクにとっては、そんな子供の正体も、更には目的すらも何の関係もなかった。ただユーフェミアの仇を討つ、それしかなかったのだ。ゆえに深く考えることもなく、ただ子供の言葉を信じて、突如謎の戦線離脱を行ったゼロを追った。
 そこでルルーシュとスザクは対決し、後からやってきたゼロの親衛隊長である紅月カレンは、スザクによってゼロの正体がルルーシュだと知らされるや、その場を逃げ出した。己の立場を忘れ、守るべき存在であるゼロことルルーシュを見捨てたのだ。スザクが口にした“ギアス”という不思議な力と、何よりもゼロがブリタニア人だったことで。
 結果、スザクはルルーシュを殺すのではなく、捕らえ、そしてルルーシュが誰よりも憎んでやまない父親であるブリタニア皇帝シャルルに、己の地位と引き換えに売ったのだ。
 それから一年、ルルーシュはシャルルによって記憶を改竄され── それはルルーシュ以外のアッシュフォード学園生徒会のメンバーも同様であった── 学園の教職員や生徒はその多くが入れ替えられた。そして偽りの弟を与えられて、皇族であったことも、母のことも、誰よりも大切だった妹のナナリーのことも、自分がゼロであったこと、ゼロとなるきっかけとなったギアスという力を彼にを与えたC.C.というコード保持者のことも、ギアスともども忘れさせられ、24時間の監視体制の中で生かされていた、シャルルが欲するC.C.を釣るための餌として。
 しかしC.C.と黒の騎士団の残党の手によって、ルルーシュは己の記憶を取り戻し、再びゼロとして起ち上がり、捉えられていた黒の騎士団員たちを救い出した。
 そんなルルーシュの、ゼロの前に立ちはだかるのは、ルルーシュの身柄と引き換えに、帝国最強の騎士たるナイト・オブ・ラウンズのセブンとなったスザクであり、皇族として復帰し、エリア11に総督としてやってきた、実妹のナナリーだった。しかもナナリーは、ユーフェミアの提唱した“行政特区日本”の再建を公約として就任演説の際に口にしたのだ。何一つ検証することなく、ただ慕っていた異母姉(あね)の理想を、そして自分の理想を実現したいというただそれだけで、何らその内容を検証することなく、特区の持つデメリット、負の側面に何一つ気付くことなく、いや、考えることなく。更には誰にも相談することないままに、唐突に。
 ルルーシュはナナリーとの争いを避け、姦計をもってエリア11を賛同者たち100万人あまりと共に出国し、中華連邦からの借地である蓬莱島に“合衆国日本”を打ちたて、更には超合集国連合という、ブリタニアと二極をなす組織を起ち上げた。
 そしてその最初の超合集国連合の決議である日本奪還を前に、ナナリーの安全のためにスザクに単独で接触したが、結局は裏切られ、その時の遣り取りを利用され、第2次トウキョウ決戦で、ブリタニアの持つ大量破壊兵器フレイヤが投下された後、ナナリーを失ったと思って荒れていたルルーシュは、ブリタニアの特使としてやってきた帝国宰相シュナイゼルの口車に乗せられた黒の騎士団の日本人幹部を中心とする団員たちにより銃を向けられた。それを救ったのは、ナナリーを失ったことで、利用していた、殺してやるつもりだったと罵った、この一年近く、ルルーシュの弟として傍にあったロロだった。ロロは、それを使用している間は自分の心臓をも止めてしまうギアス── 絶対静止── を、ルルーシュの制止の言葉を無視して幾度となく使い続け、そして無事にルルーシュを救い出したのだ。ルルーシュを何一つ責めることなく、「兄さんは嘘つきだから」との言葉に対する、ルルーシュからの「さすがは俺の弟だ」との返答に、それは嬉しそうに、満足そうな笑みを浮かべながら、ルルーシュの腕の中で逝った。
 全てを失ったルルーシュは、だからこそ片をつけねばならないと、皇帝シャルルがいるCの世界へと足を踏み入れた。しかし、それはルルーシュに更なる絶望を齎すものだった。そこで明らかにされた母マリアンヌの死の真相、そして父シャルルだけではなく母までも仲間であり、彼らが行おうとしている“ラグナレクの接続”。
 神殺し? 人の意識を一つにする? 嘘のない世界? 誰よりも嘘をつき続けてきた存在が一体どの口でほざくのだ!
 怒りに、そして何よりも妹たちが望んだ世界のために、ルルーシュは彼らが“神”と呼ぶ人の集合無意識を“人間”と認識し、自分の持つギアスをかけた。それは、何よりも強い願いだった。ただ、“明日が欲しい”という。
 神たる人の集合無意識は、ルルーシュのその願いという名のギアスを受け入れ、そのため、シャルルとマリアンヌの精神体はCの世界に飲み込まれて消えていった。
 その後、そこにやってきていたスザクの「ルルーシュはユフィの仇だ」との言葉に、ああ、やはりこいつは何も分かっていない、だが、あくまでそう言い続けるなら、その仇を討たせてやろう、自分にはもう何もないのだから。ただ一つ、片付けねばならぬことを抜かして。
 そうしてルルーシュとスザクは契約を結び、協力関係を築いた。その代償は、最後に彼に「ユフィの仇」をとらせてやること。そのために“ゼロ・レクイエム”という計画を立て、ブリタニアの宮廷を支配し、ルルーシュが皇帝となり、残っていたシャルルのラウンズたちを葬り、ペンドラゴンにフレイヤを投下して一国の帝都たる大都市を、億にのぼらんとする人々を殺したシュナイゼル── 皇帝として担がれていたのは、死亡したと思われていたルルーシュの実妹ナナリーだった── ら、そしてそれに組した黒の騎士団を相手に、アンチ・フレイヤ・エリミネーターを用いてフレイヤを無効化し、シュナイゼルが擁する天空要塞ダモクレスを落として、ルルーシュは世界を統一した。
 登極直後は、“賢帝”、“開放王”などと呼ばれていたルルーシュだったが、一転、“悪逆皇帝”と呼ばれるようになった。それはゼロ・レクイエムの計画の一端ではあったのだが、ありもしない悪弊をルルーシュがしたこととし、彼が世界の悪の、負の連鎖を全て持って逝くためだった。そしてそれを実行するのは、ルルーシュからゼロの仮面を受け取ったスザク。
 とはいえ、ルルーシュはスザクにゼロが務まるなどとは思っていなかった。だからシュナイゼルにかけた「ゼロに仕えよ」のギアスを、彼の忠臣たるジェレミアの持つギアス・キャンセラーで一度解き、改めてかけなおしたのだ。ルルーシュが望むのは、ユーフェミアやナナリーが望んだ優しい世界。力ではなく、争うことなく、話し合いで物事を解決していく体制。そのために力を尽くせと。そのために必要であれば、悪逆皇帝たる自分を殺したゼロは英雄として世界から祭り上げられるだろうし、従う者も多かろうが、必ずしもゼロに従う必要はないと。最優先事項は、あくまで世界の在り方なのだから、力押ししか知らぬようなスザクが扮するゼロにそれができるとは思えない、信じられない。自分に対してだけならまだしも、嘘をついていた、そしてシャルルがギアスをかけるのを手伝った、いわば加害者の立場にありながら、アッシュフォードの生徒会のメンバーに対して自分がしたことを何も分かっていないかのような態度を平然ととり続けていたスザクという男を、ルルーシュはすでに信じられなかったし、もはや友人とも思っていなかった。ただその行動を第三者的に判断した時、結局は何一つ本質を理解していない彼に、自分亡き後の世界を任せられるなどとは到底思えなかったのだ。
 そして今、パレードの前にはゼロに扮したスザクが立ち塞がった。
 ゼロがまっすぐに自分に向かってくるのを見ながら思う。
 自分のしたことを理解などしてくれなくていい、悪逆皇帝としてどこまでも罵ってくれて構わない。ただ、後に残る者たちには、より恵まれた場所で生きてほしい、温かく、色と光に満ちた世界で、意味のある生き方をしてほしい。そのための悪逆皇帝であり、ゼロ・レクイエムなのだから。
 ゼロの剣に胸を貫かれ、痛みと熱さに襲われながら、そう思い、そんな日々が訪れることを夢見て、ルルーシュは最期に綺麗な微笑みを浮かべた。

── The End




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