身代わり




 第二次トウキョウ決戦の終盤といっていいだろう、ランスロットから、“フレイヤ”という女神の名が冠された大量殺戮平気が投下された、政庁を中心として。その結果、直径10キロメートルにもおよぶクレーターができ、多大なる犠牲者を出した。しかも、その犠牲者の多くは、政庁中心であったことから、本来ならばランスロットを操縦するナイト・オブ・ラウンズのセブンである枢木スザクが守るべきブリタニア人である。戦っていた軍人だけではなく、大量の民衆も巻き込んで、全てが綺麗に消え失せたのだ。その中には、政庁に留まっていたという、このエリア11の総督たる第6皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニアの名もあった。



 混乱の最中、黒の騎士団のCEOたるゼロは、彼に忠誠を誓ってブリタニアを裏切った、ジェレミア・ゴットバルトによって救われ、旗艦たる“斑鳩”に戻されていた。
 そして両軍共にフレイヤの被害による混乱の只中、ブリタニア帝国の宰相たる第2皇子シュナイゼルが斑鳩を訪れ、ゼロを抜かした幹部たちと会談を行った。
 そこでシュナイゼルから齎された情報は、ゼロの正体── シュナイゼルの異母弟(おとうと)である第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであること── と、ゼロが持つギアスという力のことであり、ギアスについては、その証拠というべき資料も配布された。
 当初は、ディートハルトの、系譜ではなく奇跡によるもの、との言葉もあったが、途中から入ってきた事務総長の扇と、彼が“千草”と呼ぶ、元純血派のブリタニア軍人たるヴィレッタ・ヌウが、シュナイゼルの言、すなわちギアスのことは事実であり、ゼロはペテン師、自分たちを騙して遊んでいたのだと告げ、幕僚長たる藤堂は、フレイヤ投下によって死亡する直前の朝比奈からの言葉、すなわち、中華連邦内における女子供を含めての、ゼロの行った虐殺行為のこともあり、その場は、ゼロの否定、排除の方向へ向かっていた。
 その時、再び扉が開いて、そこには話の当事者たるゼロが立っていた。
「もっとも愛した異母弟、などとは、随分とまたいい加減なことを仰いますね、宰相閣下」
 ゼロは中に入ってくることはなく、その場に立ったまま言葉を発した。
「いい加減なことなどではないよ、本当のことだ、ルルーシュ」
 微笑みを浮かべながら、さも真実のようにシュナイゼルは告げるが、ゼロは、仮面のために見ることはできないが鼻で笑った。
「母親を殺されたばかりで、身体障害を負った妹と二人、10歳になるかならぬかという年齢で、開戦することが決定していた当時の日本に、表向きはどうあれ人質として送られようとしている兄妹に対して何の手段もとらず、更にはそうして送り出された二人が滞在していた枢木神社に、何度も刺客を放ったあなたがよく言う。まあ、刺客を放ったのはあなただけではなかったようですが」
「刺客が放たれたかもしれないことは否定しないが、私自身はそんなことはしていないよ、ルルーシュ。日本に送り出されることになった君たちに対して何もしなかったのは、しなかったのではなく、皇帝命令のためにできなかったからだ。当時の私はまだ若く、今ほどの権力を持ってはいなかったからね」
「……人質……?」
「10歳の子供に、刺客……?」
 幹部の一部は、ゼロから放たれた言葉に呆然とする者もいたが、ブリタニア側では、第2皇女のコーネリアが顔を背けているだけだ。しかし、それがゼロの告げたことが真実だと認めているようなものだった。刺客を放った者の中にシュナイゼルがいたかどうかは別にして。
「さて藤堂、おまえはそんな当時の兄妹の状況、そして兄であるルルーシュの母国たるブリタニア、父親である皇帝シャルルに対する思い── 憎しみを知っていたはずだと私は記憶しているが、おまえはどうなのだ? そのようなこと、当の昔に記憶の彼方に忘れ去ったか? 覚えていれば、少なくとも、遊び、などという言葉に納得はしないと思うのだが」
 突然名を呼ばれ、問いかけられた藤堂は、昔の記憶を思い返し、“厳島の奇跡”と言われたブリタニアに土をつけることができたのも、ルルーシュの助言があってのことであったことを思い出し、目を見開いてゼロを見つめた。
「き、君は……」
「まあ、今はそんなことはどうでもいい」何かを言いかけた藤堂を無視して、ゼロはその顔をコーネリアに向けた。「コーネリア皇女殿下、マリアンヌ皇妃は、最初の懐妊は双子だったこと、シュナイゼルはどうか知らないが、少なくとも、マリアンヌ皇妃を尊敬し、よくアリエス離宮に顔を出していたあなたは知っていたと思いましたが?」
 これまた唐突に名を呼ばれ、確かめるように問われたコーネリアは、過去を思い出しながらゆっくりと頷いた。
「……そうだ、確かに、双子だと、そう聞いた覚えはある。しかし、出産の際、二人のうち一人は死産だったとも……」
「覚えていてくださって何より。ですが、一人は死産、というのは間違いです。二人とも無事に生まれました。しかし皇室では双子は忌み子として否定されている。実際、現在の皇帝シャルルの母親が殺された原因の一つも、確かに皇位継承権絡みではありましたが、彼女が双子を生み、そのまま育てていたこともその一因。
 そしてマリアンヌ皇妃の後見を務めていたアッシュフォード大公爵家の当主ルーベンは、マリアンヌ皇妃にすらも一人は死産だったと告げて、無事に生まれた二人のうちの一人を密かに自分の手元に引き取った。出産に立ち会った者たちは全て金で口を封じて」
「では、マリアンヌ様のもう一人のお子は生きていると!?」
「ええ、今現在はまだ、無事に生きていますよ、ここにこうして」
 ゼロの言葉の最後の一言に、その場にいた全員の視線がゼロに集中する。
「……どういう、ことだ……?」
 かろうじて、シュナイゼルが最初にそうゼロに問いかけた。
「本当のルルーシュは、戦後ほどなく、アッシュフォードによって庇護されるほんの少し前に、妹のナナリーを庇って死亡しました。たった一人の兄の死に動揺し混乱して、その遺体に取りすがって泣き喚き続けていたナナリーを鎮め癒すために、アッシュフォードに引き取られていたもう一人が、自分がルルーシュだと、無事に生きてずっとおまえの傍にいると、そう告げて抱きしめたのですよ。自分自身にも、自分こそがルルーシュだと言い聞かせて。それが私です」
「そ、それではおまえは……!?」
 驚愕に顔色を変えてコーネリアが問いかける。
「そう、私はルルーシュではありません。血筋的には、確かにブリタニアの皇族で、ヴィ家に連なるものですが、死産とされたために皇籍にも載っていない存在です。つまり、その意味では皇族ではない。
 そして私は、死んだルルーシュよりもブリタニアを、シャルルを憎んでいる。母を殺したブリタニア、ナナリーを身障者にしたブリタニア、幼い二人を人質として、行って死んでこいと日本に送り出したブリタニア。しかもそのために幾度も刺客を送り込んだブリタニア。そして、ルルーシュは致し方ないと諦観していたようですが、枢木神社に滞在していた当時、彼がブリタニア人だというだけで、まだ10歳足らずの子供であったルルーシュを苛めて、時には暴力をも振るった日本人。大人も子供も関係なく。更には戦後、やはり、自分たちの国を奪ったブリタニア人というだけで、まだ幼い子供の二人を襲い、ついにはルルーシュを殺した日本人。そんなブリタニアや日本のために、私はどうしたらいいんでしょうね。今はもう、憎しみと、滅ぼしてやりたいという思いしかない。
 それでも、ナナリーのことを考え、ルルーシュがしていたように振舞っていたことに加え、そのために自分こそがルルーシュだと言い聞かせていたことが暗示のようなものになっていたのか、私は本当に自分がルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだと思い込み、ルルーシュが初めての友人を得たこの日本を、それはまず先に、ナナリーが安心して暮らせる場所を作るためという目的があってのことでしたが、ブリタニアから解放しようと本気で思っていましたよ。とはいえ、ナナリーが死んだことで自分がルルーシュではなく、彼は私の双子の弟であり、日本人によって殺されたことを思い出して、他の国はともかく、日本解放などという思いは、繰り返しになりますが、日本人に対する恨み、憎しみだけを残して消えうせましたがね。
 ちなみに、ルルーシュが双子だったこと、アッシュフォードが庇護して以後、ルルーシュとなっていたのが死産とされた私だったことはルーベンしか知らないことですし、そのルーベンも、シャルルから記憶改竄のギアスを掛けられたために忘れさせられていますがね。もっとも、これはシャルルは双子の一人は死産だったと思い込んでいたので、ある意味、副産物だったと言えるかもしれませんが」
 何気にシャルルにもギアスという力があるのだと暴露しながら、事もなげにゼロは告げた。
「しょ、証拠は? 君がルルーシュではないという……」
「……アッシュフォード学園を掘り返してみてはいかがですか。ルルーシュの遺体が、そうとは知られぬように丁寧に葬られていますから。骨だけとなっていても、DNA鑑定で確認できるでしょう?」
 シュナイゼルの確認するような問いかけに、あっさりとゼロは答えた。そして続ける。
「そんなわけで、私は宰相閣下、あなたが言うところのあなたの異母弟でもありませんし、日本を解放してやろうというような気も、今では全くないので、これで失礼しますよ。
 それから黒の騎士団の幹部諸君、君たちが敵国の大将であるシュナイゼル宰相の言葉に唆され、CEOたる私を超合集国連合の評議会に諮ることなく勝手に処分しようと決めるところだったことは、きちんと評議会に報告させていただく。評議会はそんな諸君に対してどんな対応をとるか、見物ですね。
 では本当にこれにて失礼を。
 ああ、一つ忘れていた。ジェレミア・ゴットバルトですが、先刻、私から話したので彼は私がルルーシュではないことをすでに知っていますが、同時にマリアンヌ皇妃の子であることも知って改めて私に忠誠を誓ってくれましたので、彼は連れて行かせてもらいます。それでは」
 一度去りかけてから、振り返ってそう告げたルルーシュは今度こそその場を後にして、扉は閉じられた。
 ゼロの告白に呆然としていた一同だったが、扉が閉じた後、数瞬のうちに我に返って慌てて扉を開いたが、その時にはゼロの姿は見当たらず、やがてオペレーターからゼロの蜃気楼とジェレミアのサザーランド・ジークが発進していったと報告がなされた。
 その後、シュナイゼルは目的だったゼロを手中にすることなく、ただ捕らわれていたコーネリアを、フレイヤの存在を盾として彼女を伴って斑鳩を後にした。
 残された黒の騎士団の幹部たちは、今一つ、ゼロが最後に告げた言葉の意味、その結果に思い至ることもできず、これからどうしようかと途方にくれていた。それは全て、これまで全てをゼロに任せきりでいたツケだろう。所詮は小さなテロリスト集団の頭に過ぎなかった扇をはじめとする古参幹部はもちろん、藤堂にもこれから先のことを考える心の余裕はなかった。そう、ゼロが超合集国連合の評議会で、この場で行われたシュナイゼルらとの会談の全てを告げることで自分たちがどうなるか、頭を働かせて創造することも誰もできなかった。彼ら古参幹部が評議会によって黒の騎士団から追いやられるまで、そう時間はかからないだろう。
 そうしてゼロは、ジェレミアだけではなく、ロロとC.C.も伴って、斑鳩から、黒の騎士団東京方面軍から去り、九州の本隊に連絡を入れると、星刻たちと合流して超合集国連合の本部がある蓬莱島へと向かうべく、機体をそちらに向けて速度を上げた。

── The End




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