糾 弾




 神聖ブリタニア帝国の、“悪逆皇帝”と呼ばれた第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがゼロの手にかかって死亡してからおよそ一ヵ月。
 それ以前にフレイヤによって消滅させられていたかつての帝都ペンドラゴンに代わって、当時のルルーシュ皇帝によって新帝都として整備されることとなった、ペンドラゴンに近く、それでも比較的被害の少なかった都市── 古都ヴラニクス── は、今尚突貫工事で開発が進められている。
 一番最初に手を付けられたのは、もちろん皇宮であり、次いで行政を直接司る諸官庁であるが、まだまだ全てを整えるには至らず、幾つかのホテルが借り上げあれ、仮の庁舎となっている部分が多い。実際、皇宮すら未だ完全ではなく、未着手の部分も多い。とはいえ、皇族のほとんど、行政官僚のほとんどがフレイヤによって消滅させられているために、仮の状態で十分間に合っているといえば言える。だがそれは対応する人数にとって、であって、逆に仕事量は人数に対して見事に反比例している。
 ゼロによって当時の皇帝ルルーシュが殺された後、その後を継いで第100代皇帝となったのは、ルルーシュの実妹のナナリー・ヴィ・ブリタニアであった。
 現存する他の皇族は、元宰相シュナイゼル・エル・ブリタニア第2皇子と、コーネリア・リ・ブリタニア第2皇女のみであり、そのため、皇宮の表と回廊で繋がった皇族のプライベート空間は、現時点では最小限のスペースで賄われている。いずれ時が経っていけば、政務を司る表も、プライベート空間である奥も、もっと整備され広くなっていくであろうが、現在の状態ではそこまで手が回っていないのが実情であった。
 そんなある夜のこと、ナナリーが部屋で一人これからのことを思い悩んでいる時、風の流れを感じた。窓はすでに全部閉めてあったはずで、風が入ってくることなど有り得ないのに。そう思いながら風の流れてきた方を見ると、テラスに面した窓に、一人の少女が立っていた。
「久し振りだな、ナナリー」
 新緑のストレートの髪を流した、外見的には歳の頃は16、7に見える少女。
「その声、C.C.さん、ですか? 一体どうやって此処へ……?」
「おまえの目が見えるようになってから会うのは初めてなのに、声だけでよく分かったな。そう、私がC.C.。何故私が此処にいるのかといえば、私は魔女だから。魔王となったおまえの兄、ルルーシュのただ一人の共犯者だよ。どうだ、皇帝の椅子の座り心地は? 実の兄の血の上にある現在(いま)はどんな気持ちだ?」
 C.C.の言葉にナナリーの瞳が見開かれる。
「では、では、あなたがお兄さまを変えてしまったのですね。平気でクロヴィスお異母兄(にい)さまやユフィお異母姉(ねえ)さまや、皇帝であるお父さまを殺し、ギアスで人を操って意思を捻じ曲げ、大勢の人たちを殺すような人にっ!!」
「それは違うぞ、ナナリー。私はクロヴィスの親衛隊に殺されそうになっていた奴に(ギアス)を与えただけだ。あの頃はまだおまえのことを考えれば決して死ぬわけにはいかなかったからな。
 奴が変わったのはおまえのためだ。おまえを守るため、おまえの夢を叶えるため、そのために奴は変わらざるを得なかったのさ。おまえを守り、その望みを叶えるには何よりもブリタニアが邪魔だったからな。
 確かに「ブリタニアをぶっ壊す」ことを奴自身が誓ったのは僅か10歳の日本敗戦の時だったし、母の死の真相を知る、ということもあった。だがそれよりも何よりも、おまえを守り、逃げ隠れせずに済むような、そしておまえの望んだ“優しい世界”を創るため。これがおまえのためでなかったら何だったんだ?」
「……私が望んだのは、お兄さまと過ごせる優しい世界だったんです。そしてそこで他の皆もそうであれば尚良かったと、それだけで……」
 知らず、ナナリーの頬を涙の跡が伝う。
「なあ、ナナリー。僅か10歳の子供が、盲目の上に身体障害を抱えている妹を抱えて敵地で生きるのにどれだけ苦労したか、痛い目に遭ったか、想像もできないか? 住まいとして与えられたのは薄暗い土蔵、買い物に出かければ、ブリタニア人の子供という、ただそれだけで物を売ってもらうこともできず、運良く手に入れられても、子供たちからブリキのガキと苛められる。
 戦後、かつての後見だったアッシュフォードに救われても、何時追い出されるか、何時皇室に売り飛ばされるか分からずに、不安の日々を送っていたあいつの苦悩がどこまでのものだったか」
 C.C.の糾弾は尚も尽きない。そしてそれに対する反論をナナリーは持たなかった。
「行政特区の式典では、ギアスの暴走からユーフェミアを救うために彼女の命を自ら奪うしかなく、そこから始まったブラック・リベリオンでは、V.V.に誘拐されたおまえを救うために戦場を離脱し、枢木に存在すらも否定された挙句、あれほど憎んでいた皇帝に売られ、記憶を改竄され、私をおびき寄せるために24時間体制の監視付きの餌としての生活を送らされた。
 記憶を取り戻し再び黒の騎士団の指令たるゼロに戻ってみれば、エリア11の総督となった妹のおまえにゼロとしての自分を否定され、第2次トウキョウ決戦において、フレイヤでおまえを失ったと思い込まされ、そんな中、シュナイゼルの諫言に乗せられた騎士団の連中に裏切られ殺されそうになり、元は監視役だったとはいえ、その頃には実の弟のように思っていた、そして黒の騎士団に殺されそうになった自分を命懸けで救い出してくれたロロを失った。
 そして目の前に晒された父と母の真実に絶望し、後に残されたのは、ただブリタニアへの憎しみのみ。
 死んだと思っていたおまえは、シュナイゼルに騙されてペンドラゴンにフレイヤを落として億に近い自国民を殺して敵対してきた。
 これ以上の絶望が一体どこにあるっ!? どこに救いがあるっ!? 兄の苦労も悩みも何も知ろうとせずに、そんなふうにして得た皇帝の椅子は、さぞかし座り心地も良いのだろうなっ!?」
 ナナリーは口元を両手で押さえ、せめて鳴き声は出すまいと思いながら、C.C.の言葉の中にあった「億に近い自国民を殺し」という言葉に一瞬呆然とした。
 ── ……億……?
 確かに、フジの戦いでフレイヤを撃ったのは自分だが、戦場で億もの人間を殺してはいない。
 それに気付いたのか、C.C.が補足のように教えてやる。
「知らなかったのか? ペンドラゴンは何の勧告もなくフレイヤを落とされた。誰一人として逃げ延びた者はいない。リミッターを外されていたために、ペンドラゴンだけではなく近隣の街も多少の違いはあれ被害を受けている。皇帝を名乗りながら自国に起こったことを、いや、自分たちがしたことをそこまで知らなかったのか? これは正しくお飾り以外の何物のでもないな。いや、ただのお飾りの方が、何もしない分まだましか?」
「……そんな、私はあの時ただお兄さまを止めたい一心で……。それにペンドラゴンには避難勧告が出て人はいないと……」
「世の中は、人間(ひと)は、おまえが考えているほど良いものでも、甘いものでもないよ」
 C.C.がもう告げるべきことは告げ終えたとでもいうように、窓際から離れていこうとしている。
「C.C.さん……?」
「もう二度と会うこともあるまい。せいぜい元気にお飾りでいることだ。行政に関してはゼロに逆らえないシュナイゼルがいることだしな」
 そう告げて、C.C.は闇の中に姿を消してしまった。
「お兄さま、お兄さま、お兄、さま……」
 いまさらながらに自分の知らなかった事柄ばかりを知らされて、けれどナナリーには兄を想ってただ嘆くことしかできなかった。

── The End




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