孤 独




 シャルル皇帝を弑するべく神根島に向かったスザクだったが、ナイト・オブ・ワンのビスマルクの前に敗れ、意識を取り戻した時には全て終わっていた。
 皇帝がいるだろうと思われる遺跡の入り口は破壊され、中に入ることはできず、シュナイゼルとも連絡が取れない。かろうじて連絡の取れたキャメロットのロイドとセシルは本国に向かっているところだという。他に取る道のなかったスザクは、ロイドたちと合流すべく、本国ブリタニアへと向かった。
 どうにか本国に辿り着きロイドたちと合流できたスザクであったが、彼を待っていたのは、皇帝が崩御したという公式発表と、その後継として皇位継承権第1位を持つ、第1皇子オデュッセウスがその後を継いで第99代の皇帝となるということだった。
 皇位継承順位に従えばそれは穏当なことであり、第2皇子であり、公務を俗事と言ってのけていたシャルルに代わり、実質的にブリタニアを治めていたシュナイゼルが行方不明の今、それに口を挟める者はいなかった。
 オデュッセウスの皇帝即位宣言の中、シャルル亡き今、一介の騎士候に過ぎないスザクは大広間の最後尾で、シャルル皇帝のラウンズのワンであるビスマルクの殉死と、その他の自分も含めたラウンズの解任を聞かされた。これからはオデュッセウスの選任騎士をラウンズのワンとして、改めてラウンズを選任するという。騎士とはただ一人の主に仕える者。それはラウンズも変わらない。つまり、先帝が亡くなり新しい皇帝がたてば、必然的に先帝のラウンズは皆解任となり、次にラウンズとなるのは、全く別の者たちになるのだが、ユーフェミアから簡単に皇帝であるシャルルのラウンズに乗り換えたスザクにはそれが理解できていない。
 そんな、ラウンズを解任されたことに、次にまた再任してもらうことができるのか不安になっているスザクに、オデュッセウスの次の言葉が更なる衝撃を齎した。
「宰相であるシュナイゼルとの連絡が取れないことから、この度エリア11で見つかった、死んだと思われていた我が異母弟(おとうと)ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを私の補佐官とし、シュナイゼルの宰相職を、本人が見つかるまで、あるいは連絡が取れるまで凍結するものとする」
 全てが終わった後、生きる気力も無くしたルルーシュだったが、ジェレミアの言葉を受けて国に戻り、異母兄(あに)である第1皇子のオデュッセウスに全ての真実を話した。今日のことはその結果だ。ルルーシュ自身にとっても思ってもみない結果になり、驚いている。実際、オデュッセウスはギアスのことを薄々承知していた節が見受けられた。
 そして今日のこの場。
 そのオデュッセウスの言葉の後半はともかく、前半には大広間にいた他の皇族や貴族たちの間からざわめきが伝わった。見つかったばかりの、しかも皇室から長いこと離れていた皇子を、いきなり皇帝補佐官に任ずるというのだ。驚くなというほうが無理だろう。
 そのざわめきの中、姿を見せたルルーシュがオデュッセウスの左側に立って挨拶の言葉を述べる。
「若輩の身ではありますが、皇帝陛下となられたオデュッセウス異母兄上(あにうえ)を支え、この神聖ブリタニア帝国の尚一層の発展のために鋭意努力するつもりです。皆さま、よろしくお願い致します」
 ブリタニアは厳格な身分社会である。庶民出の母親を持つ皇子如きが、と思っても、皇帝が決めたことに逆らうことはできない。その場にいた者たちはルルーシュの言葉にしぶしぶと頭を下げた。
 しかしそうして頭を下げながらも、もっとも納得がいかないのはスザクだ。
 スザクはルルーシュがテロリストの黒の騎士団のリーダー、ゼロであることを知っている。
 今の黒の騎士団は超合集国連合の外部組織であり、つまりれっきとした軍隊である。よってテロリストとして告発することはできないが、ブリタニアにとってその壊滅を目論んでいる敵であることに違いはない。そのルルーシュが皇帝補佐官!? これは何かの間違いだ。さもなければルルーシュがオデュッセウスにギアスをかけて操っているに違いない。
 全体を見ることをせず、偏った自分本位の見方しかできず、しかもそれが正しいと信じこんでいるスザクには、オデュッセウスが皇帝となることとシュナイゼルが出てくるまでその宰相職を凍結することはともかく、ルルーシュの皇帝補佐官の地位だけは何としても許し難かった。



 オデュッセウスの皇帝即位から1週間後、漸くスザクはオデュッセウスへの謁見が叶った。
 本来なら一騎士候に過ぎないスザクが謁見など早々叶うものではない。それでもそれが叶ったのは、先の皇帝のラウンズだったという肩書きがあったればこそである。しかしスザク自身はそれには気付いていない。ただ、補佐官の件に付き重大な要件がある、と告げたことが通じたものと思い込み、そしてそう信じている。
 その日の謁見の順番としては最後、3時間近くも待たされて漸くスザクの番がきた。
 侍従に呼ばれて謁見の間に入ると、オデュッセウスの右側に彼のラウンズ・ワンとなった、以前の第1皇子時代の選任騎士、左側に皇帝補佐官のルルーシュとその選任騎士であるジェレミア・ゴットバルトがいた。
「陛下、恐れながらお人払いを願います」
 膝を付き、皇帝に対する礼を取りながら、スザクは自分の身分も顧みずにそう述べた。
「人払い? 皇帝たるこの私に、一人になれと?」
「補佐官殿とその騎士に席を外していただきたいのみでございます。私が謁見を願い出ましたのは、その補佐官殿に関する重大な件があっての事でございますゆえ」
「その必要はない。補佐官には私の政務を文字通り補佐してもらっている。その補佐官を外さねば話せない話というなら聞く必要はない。謁見は終わりだ」
「お待ちください!」
 スザクはオデュッセウスの言葉に慌てて待ったをかけた。そして、これは確実にオデュッセウスはギアスにかかっている、という信念を強くする。
「ではこのまま申し上げます。ルルーシュは」
「枢木卿、ルルーシュ殿下は皇族でいらっしゃいます。しかも皇帝補佐官の任にある方。それを自分の身分や立場も弁えずに呼び捨ては無礼というもの。補佐官殿か、もしくは殿下とお呼びするように」
 ラウンズ・ワンから注意を促される。
「……」
 スザクは身分というものに囚われて動けない。しかし右の拳を握りしめ、それを屈辱に震わせながらも言うべきことは言わねば、と言葉を綴る。
「ルルーシュ補佐官殿は、黒の騎士団のゼロです! しかもギアスという人の意思を操る異能の力の持ち主でもあります。おそれながら、陛下もその力によって操られているとしか思えません。どうぞ正気に返ってお考え直しください」
 どうすればギアスを解くことができるのかなど、スザクにはもちろん分かってはいない。だが促すだけでも何らかの効果は得られるのではないかと、知っているものからすれば笑えるほどに些か簡単に考えている。
「ルルーシュがゼロ? ギアスの持ち主? 面白い事を言う」
 オデュッセウスは笑ってスザクの言葉を避けた。
「ゼロは先のエリア11における第2次トウキョウ決戦で死亡したと黒の騎士団から発表されている。それにギアス? それにこの私が操られていると言うか。戯言も程々にして欲しいものだね」
「そう簡単にお信じになれないのも無理はないかもしれませんが、本当のことです。シュナイゼル殿下と連絡さえ取れれば、殿下もご存じのことです」
 尚も言い募るスザクに、オデュッセウスは深い溜息を吐いた。
「シュナイゼルなら、昨日、本国に帰還してきたよ。シュナイゼルを呼んでおくれ」
 前半はスザクに、そして後半は部屋の隅に控える侍従に伝えた。
「シュナイゼル殿下が帰還された?」
 半信半疑でスザクが問い返す。
「そう。私が皇帝に即位したと知って、昨日漸く帰還してきてね、謹慎処分にしてある」
「何故、謹慎処分などと……」
 疑問を挟むスザクにオデュッセウスは眉を寄せる。
「私の下した処分に不服があるというわけかね、枢木卿」
「い、いえ、そのようなことは。失礼致しました。ただ純粋に疑問に思っただけです」
「いきなり宰相という職を投げ打って行方不明となっていたのだから、そのくらいの処分は当然だろう」
「はっ」
 それからシュナイゼルが姿を現すまで、謁見の間に、特にスザクにとって重く厭な沈黙が降りる。
 やがて10分程してからシュナイゼルが姿を現した。
「お呼びと伺い至急参上致しました、陛下」
 シュナイゼルが礼をとって、部屋の中央に進む。
「済まないね、シュナイゼル。君に聞きたいことがあって来てもらった」
「はい、何でしょうか?」
「そこにいる枢木卿が、私たちの大切な異母弟(おとうと)を、私の大切な補佐官を黒の騎士団のゼロだと言うのだよ、そして君もそれを知っていると」
「それはおかしいですね」
 シュナイゼルは首を傾げながら続ける。
「第2次トウキョウ決戦の折、フレイヤ弾頭投下の後、私自ら停戦合意のために黒の騎士団の旗艦である斑鳩を訪れ、ゼロ本人を抜かした幹部たちと会談を行いました。その際、私は試しにゼロの身柄引き渡しを申し出てみたのですが、相手はいきなり、代わりに日本を返せと言い出して、結果、ゼロは黒の騎士団員らによって殺されています。私はこの目でそれを確かめました」
「という事だが、どうなのかな、枢木卿? これでもルルーシュがゼロだと言うのかね?
 ちなみに、日本返還については亡き父上、先の陛下は了承されているのかな?」
 スザクに確かめるように聞き、次いでシュナイゼルに問いかける。
「いいえ、誰がどう見てもあれは向こうが勝手に言ってきただけのことです。先の陛下の許可もありません。第一、エリアの返還ともなれば、宰相としての私の権限を逸脱した事柄です。もし仮に私にその権限があったとしても、何の条文も取り交わしておらず、ただ口から出されただけで、私はそれに了承してはおりません」
「つまり返還する法的根拠は無いわけだね」
「はい」
 なら結構、とオデュッセウスは鷹揚に頷いた。
 スザクはシュナイゼルの言葉に驚いていた。そして、そうか、と思う。シュナイゼルもギアスにかかっているのだと。
 そしてオデュッセウスとの日本返還に関しての遣り取りについても驚きを隠せない。ブリタニア人には信義はないのかと思う。
 だが法的根拠の無い口約束で植民地の返還が成り立つと考える方がおかしいのだ。ましてや宰相権限を超えた事であり、皇帝の許可がなければエリア解放することなど有り得ないのに。
「卑怯だ、ルルーシュ! そうやって次々とギアスをかけて人を操って……!!」
「枢木卿! 控えたまえ」
「枢木卿、私はルルーシュがゼロだということは否定したが、ギアスのことは否定していないよ」
 オデュッセウスが笑みを浮かべながら告げる。
「陛下……?」
「ギアスはこの神聖ブリタニア帝国建国に関わった不老不死の魔女殿が、それを持つに相応しいと判断した器に与える力だ。そしてルルーシュはそれに相応しいと判断され、ギアスの力を与えられた。それだけのことだよ。そして私もシュナイゼルもギアスにはかかってなどいない。全て君の自分勝手な判断だ」
 スザクはオデュッセウスの言葉に息を呑んだ。言葉が出ない。
「近衛を呼んでおくれ」
 オデュッセウスのその言葉に、侍従が隣室に控えていた近衛兵たちを呼び入れる。
「枢木卿を皇帝批判、ならびに皇族侮辱罪で連行したまえ。処分は追って沙汰する」
「はっ」
「陛下! 目を覚ましてください! 自分は間違ったことは……!」
「枢木卿、この神聖ブリタニア帝国は専制主義国家であり、皇帝の言葉が全てだ。君はそれに逆らった。相応の咎を受けることを覚悟したまえ」
 近衛兵に連れられて出ていくスザクに、シュナイゼルがそう言葉を投げかける。



 その翌日の昼過ぎ、スザクが入れられた独房にジェレミアを連れたルルーシュが訪れた。
「ルルーシュ!!」
 そう彼の名を呼ぶスザクの顔は怒りと憎しみに満ちている。
「君の処分が決まった。早いが、明日、銃殺刑だ」
「なっ!?」
 何故真実を告げている自分が処分されて、帝国に反逆していたルルーシュが処分されず、それどころか皇帝補佐官などという高位の地位に就いているのだ!? スザクには納得などできなかった。
「この国を中から変える。気持ちは立派だったが、おまえにはこの国の事がまるで分かっていなかったということだ」
 それだけ告げると、ルルーシュはジェレミアと共にスザクの前から去っていった。
 本当は『生きろ』のギアスを解こうかとも思って来てみたのだが、あまりにもスザクに裏切られ続けたことに、その顔を見た途端、その意思は無くなった。
 思い返してみれば、再会し、スザクがアッシュフォード学園に編入してきてからこちら、確かにはっきりと口に出してのことは少なかったかもしれないが、ルルーシュは随分とスザクに対して気を遣ってやっていた。にもかかわらず、スザクはユーフェミアだけが初めて自分を認めてくれたと言い、自分やナナリーもずっとスザクを認め、行動で示してきたのに、それはスザクにとってはごく当然の当たり前のことで、自分たち兄妹がスザクに対してしてきたことは何の意味も無かったのだと思い知らされた。ただただスザクの出世のために利用されただけだったのだ、兄妹揃って。だからルルーシュは、特にシャルルに対して売られて以降、スザクがミレイたちに対してした事に対しても何の呵責も覚えていなかったこともあわせて、心の中で切り捨てていた。多少の情が残っていたのは否定しないし、総督としてエリア11へやってきたナナリーのことを考えた時、ナナリーの安全を考えればスザクに頼るしかないかとの思いもあったが、ことごとく裏切られたのだ。そして結果、現在のスザクは誰に頼ることもできず、一人で獄に囚われている。全てはスザク自身が招いた自業自得といえば言えることなのだ。
 そして処刑の時、『生きろ』のギアスのために、スザクは最後までみっともなく足掻き喚き続け、息絶えるのに通常の銃殺刑の時よりも時間がかかったようで苦しみを長引かせたらしかったが、ルルーシュはそのことにはいまさら何の感慨も抱かなかった。



 ところで、オデュッセウスの皇帝即位を受けて本国に戻ってきたシュナイゼルたちであったが、第2次トウキョウ決戦で3,500万余もの被害者を出し、その後、混乱するエリアを放置して行方を晦ましていたエリア11の総督だった第6皇女ナナリー、同じくその前にブラック・リベリオン以後、行方を晦ませていた第2皇女コーネリアには謹慎処分が下されており、また、シュナイゼルも公職を放棄して行方を晦ませていたことを責められてこちらも謹慎処分が下されていたが、シュナイゼルだけはその能力から1年余りで謹慎処分を解かれて、以前と同じ宰相職ではないが公職に復帰した。ちなみにコーネリアとナナリーについては、謹慎処分というよりも幽閉に近く、解放される予定はないと言っていい。
 神聖ブリタニア帝国は、シャルル・ジ・ブリタニア亡き後、オデュッセウス皇帝の元、以前の苛烈さを潜め、穏健融和路線を執りつつも、いまだ世界一の大国として世界をリードしている。

── The End




【INDEX】