続・枢機卿と騎士




 特派が解散したこと、また、特派の開発した第7世代KMFランスロットのデヴァイサーである枢木スザクがエリア11の副総督である第3皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアの選任騎士となったことで、ランスロットが対黒の騎士団との戦闘においてその姿を現すことはなくなった。
 ブリタニアは数でこそ勝っているものの、ゼロの緻密な作戦の前には、常に敗北状態を舐めさせられている。
 そんな中、ユーフェミアはブリタニア人とイレブンが互いに同等の立場で手を取り合える場所として、姉であるエリア11総督のコーネリア・リ・ブリタニアにも相談することなく、“行政特区日本”の構想を打ち立て、たまたま己の騎士であるスザクと共に訪れたアッシュフォード学園の学園祭において、マスコミを通して発表してしまった。
 ちなみに二人がアッシュフォード学園を訪れたのは、スザクがユーフェミアの選任騎士として任じられるまで、ユーフェミアの口利きによって通っていた学園であり、ユーフェミア自身、エリア11に副総督としてやってくるにあたって退学した高校生活を懐かしんでの隠密行動であった。
 しかしスザクの顔はよく知られており、生徒会長のミレイに早速見つかって、彼女に丁度良いと、アッシュフォードが所有する第3世代KMFガニメデによる巨大ピザ作成要員とされてしまった。
 ユーフェミアの騎士として訪れているスザクは当初これを固辞したが、ユーフェミアはそれを面白がり、また他にもSPが数名付いていることから、喜んでスザクをミレイに差し出した。
 スザクの操縦するガニメデによって、瞬く間に大きく広げられていくピザ生地。それを目にしてユーフェミアは楽しそうにしていたが、それも一陣の風が吹くまで。
 風によって被っていた帽子が吹き飛ばされ、それにより彼女が他ならぬ副総督ユーフェミアであることが周囲に知れてしまったのだ。
 スザクは生徒や学園祭に訪れていた人々に取り囲まれていくユーフェミアを、ピザ生地を放り出してガニメデの手で救い上げた。
「大丈夫?」
「ええ、ありがとう、スザク」
 ガニメデの元に、学園祭の取材に来ていたTV局のクルーが駆けつけてきた。リポーターが是非ともインタビューを取ろうとユーフェミアにマイクを向けてくる。そこで彼女はいい機会と、“行政特区日本”の設立を宣言してしまったのである。しかもエリア11最大のテロリスト組織である黒の騎士団とその指導者たるゼロに協力要請の呼びかけまでして。
 総督室にいてそのことを部下から知らされたコーネリアは仰天した。それはコーネリアの騎士であるギルフォードやユーフェミアの教育係に任ぜられたダールトンも同様である。彼女たちはそのような話を一切聞いていなかったのだから。
 しかし当のユーフェミアはといえば、本国の宰相である異母兄(あに)シュナイゼルに相談を持ちかけ、彼に「いい案だ」と言ってもらえたことで、大丈夫、何の心配もないと考えていた。それがどのような事態を招くことになるか深く考えることもせずに。
 一度公共の電波に乗って流れてしまった政策を、ましてやそれが自分が誰よりも慈しむユーフェミアの為したことであれば、コーネリアにはそれを否定することはできなかった。国是に反したことと承知していても反対できなかった。そこには、「いい案だ」と告げた宰相シュナイゼルの裏の本音と同様、これを利用してテロ組織である黒の騎士団の弱体化、瓦解をを図ることができれば、との思いも多少あったことは否めない。
 だがそれはあくまでもブリタニアの、更に言えばコーネリアとユーフェミアの事情であって、黒の騎士団が、ゼロがその思惑に乗ってやる必要はないのである。
“行政特区日本”開催の式典に、ゼロはもちろん、黒の騎士団の誰一人として姿を現さなかった。もしかしたら騎士団のメンバーの中には普通のイレブン、いや、日本人に紛れて参加している者がいたかもしれないが、それはユーフェミアにもスザクにも、そしてダールトンにも分かることではない。
 そして翌日、本国の枢密院から凶報が届けられた。しかもマスコミを通して。
 齎された内容は、総督である第2皇女コーネリアの更迭、及び皇位継承権の降格、そして副総督である第3皇女ユーフェミアの更迭、及び廃嫡である。そして同時に“行政特区日本”の廃止も告げられた。
 慌てたのはコーネリアだけではない、その騎士たるギルフォード、もちろんユーフェミアとその教育係たるダールトン、ユーフェミアの選任騎士たるスザク。しかしそれ以上に慌てふためいたのは特区に参加した日本人たちである。
 昨日の今日で廃止とは朝令暮改もいいところである。
 そしてまた、特区整備のために税率を引き上げられたエリア11に住むブリタニア人たちも同様であった。
 それでなくとも蔑むべき弱者であるナンバーズのために、何故自分たちが犠牲にならなければならないのかという怒りがあったところへ、それが無駄になったのである。彼らにしてみればたまったものではない。一体何のための犠牲だったのか。
 ユーフェミアは特区設立と引き換えに自分の皇籍返還を申し入れていただけに、その部分に関してのショックは少なかったが、姉のコーネリアまでをも巻き込み、その上、自分の皇籍と引き換えに設立したはずの特区を否定されるにおよんで矢も楯もたまらず、枢密院に対して抗議を申し入れた。
「私は自分の皇籍奉還によってお父さまから特区設立の許可を得ました。それが奉還ではなく廃嫡、その上、そうして設立したはずの特区を廃止とは、一体どういうことです! しかも特区設立に関しては全て私の政策であったにもかかわらず、何故お姉さままで総督から更迭され、継承順位も降格などということになるのです。納得参りません!」
 ユーフェミアの抗議に応対したのは枢密院議長のシュトライトである。シュトライトはスクリーン越しに厳しい顔つきで返した。
『全ては枢機卿猊下のご判断です。弱肉強食は我がブリタニアの国是。それに反する“行政特区日本”などというものは認められないとの仰せです。
 しかもその特区設立にあたって、あなたは副総督という立場にありながら、総督であるコーネリア皇女殿下に一切の相談を為されずに独断で発表されたとか。
 そのような状態であるにもかかわらず、コーネリア皇女殿下は妹君であるあなたの発案ということでその政策を認められてしまった。それでも今回の政策によりテロの、つまりはエリア11で言うなら最大のテロ組織である黒の騎士団の弱体化、うまくいけば瓦解を図ることができたなら設立した意義もあったでしょうが、黒の騎士団は特区を無視した。結果として何の意味も齎さなかったということです。
 更に申し上げるなら、これはエリア11だけの問題ではありません。一度そちらに特区などというものを認めてしまえば、他のエリアでも特区の設立を望む声が上がるでしょう。しかし特区は極一部のものに過ぎない。つまり特区に入ることができるのはナンバーズの中でも限られた者のみ。それでは入ることのできた者とできなかった者との間に軋轢が生じ、紛争の元となります。加えて特区の整備に当てられる財源は、そのエリアに住まうブリタニア人から徴収される税金。これではブリタニア人からも不満や苦情、批判が出るでしょう。果たしてあなたはそれらのことまで考えて、特区という政策を実行に移されたのでしょうか。甚だ疑問に思います』
 ユーフェミアは一瞬答えに詰まった。確かにシュトライトが指摘したようなことまでは考えていなかったからだ。ただブリタニア人とイレブンが互いに手を取り合えるようになる場所として、そのきっかけとして特区を考えたに過ぎない。その特区が設立されるに至る過程や、設立なった後のことを深く考えていたかと問われれば、否と言わざるを得ない。それでもユーフェミアには彼女なりの理想があり、そのために考え出した特区を掌を返すように否定されるのは堪らない。
「枢機卿猊下とお話しさせてください! 私には私なりの考えがあって、皇籍奉還という手段をとっても特区を設立したかったんです。それをお話しさせてください。私の廃嫡はともかく、それ以外の件についてはとても認められません!」
 しかしユーフェミアの渾身の言葉をシュトライトは冷たく切って捨てた。
『廃嫡され一臣民となった方に、猊下がお会いになられることはありません。
 コーネリア皇女殿下にはすでにお伝えしましたが、明日、副議長のマキャフリー子爵が暫定の総督としてエリア11に到着します。それまでに今後のご自身の身の振り方について姉君とよくご相談されることです』
 そう告げると、シュトライトは無情にも通信を切ってしまった。
 唇を噛みしめ、何も映さなくなったスクリーン画面を見つめるユーフェミアをよそに、シュトライトは今度は別の人物とスクリーン越しの通信を行っていた。
『ユーフェミアが何か言ってきたか?』
「はい、猊下。今度の処置に納得がいかないと」
 通信相手は枢密院のトップである枢機卿である。まだ年若い彼は、今まで表に出たことはなく外── 枢密院の者以外── の者には知られてはいないが、母親譲りの漆黒の艶のある黒髪と父親譲りのロイヤル・パープルと呼ばれる紫電の瞳を持つ、ブリタニア帝国第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである。その後ろには、彼の騎士であるロイド・アスプルンド伯爵とその副官であるセシル・クルーミーが控えて立っている。
『そもそもあれにエリアの副総督などというのが間違いの元だ。あれには為政者としての資質も自覚もない。そこにもってきて今回のコーネリアのとった態度は問題だった。いくら溺愛する妹の立てた政策とはいえ、国是に反したものを公共の電波でもって発してしまったことを覆すことはできないなどと簡単に認めてしまっている。姉という立場ではともかく、エリアを預かる総督としては失格もいいところだ。その上、ここ最近は黒の騎士団にしてやられてばかりだしな』
 最後の一言に、ルルーシュは苦笑を漏らした。いや、ルルーシュだけではない、彼の後ろに控えている二人も、そして通信相手のシュトライトもである。
『ところで、私用になるが、ナナリーはどうしている?』
「お変わりなくアリエスでお過ごしです」
『変わりなし、か……。それではユーフェミアと同じだな。育て方を誤ったか』
 シュトライトは流石にその言葉には返す言葉を見つけられなかった。
『身体障害を抱えている分、あるいはユーフェミアよりやっかいか』
 そう独語して、ルルーシュは暫し考え込んだ。
 ルルーシュは皇室に戻った、いや、戻したナナリーに、例え目と足が不自由というハンデを背負っていようとも、皇族として、皇女として、為政者に連なる者としての努力を期待していた。しかしシュトライトは変わりはないという。つまりルルーシュの真意を悟ったシュトライトは、ナナリーにはそのような努力をしている様は見受けられないと言うのだ。
『早々にどこぞに嫁がせた方がよいかもしれんな。私的な事まで頼んで済まないが、どこか良さそうな相手を見繕っておいてくれ』
「畏まりました」
『手間をかけさせてすまんな』
「滅相もございません。
 それでは猊下の一日も早い本国へのご帰還をお待ち申し上げております」
『ああ。それまで頼む』
「はい。それではこれにて失礼致します」
 シュトライトのその言葉を最後に通信は切れた。
 ルルーシュがいるのは、実はいまだエリア11の一角である。
 ルルーシュは黒の騎士団の指令ゼロとして、エリア11内のテロリスト組織を糾合している。それが終われば、一斉にブリタニア軍をもって壊滅させる手筈になっている。散発するテロを、その組織を一々叩いていくのは手間がかかると、一時はブリタニアの不利を招くのを承知の上でやっていることだ。そこには総督としてやってくる皇族たちの追い落としという目的も実はあったりするのだが、そこまで知っているのは彼の騎士たるロイド、その副官のセシル、そして枢密院議長たるシュトライトのみである。
「……スザク君、どうなるんでしょうね」
 ふと気になったようにセシルが呟いた。
「ユーフェミアは皇族ではなくなった。必然的にスザクは騎士ではなくなった。ランスロットのデヴァイサーからも解任されている。今のあいつはただの名誉ブリタニア人の一人でしかない。そんな奴をコーネリアが本国へ連れていくことは認めないだろう、幾らユーフェミアが望んだとしてもな。
 それに、あいつはブリタニアの事を何も分かっていない。知ろうともしていない。なのにブリタニアを内から変えると、ユーフェミアの騎士となったことで浮かれて、それが可能になったなどと愚かにも考えるような奴だ。無情なようだが放っておけ」
 スザクは、七年前に当時の日本にナナリーと共に送られたルルーシュにとっては幼馴染とも言える存在だ。だが再会したスザクは何も理解しないままに日本人であることを捨て名誉ブリタニア人となり、更には軍人となっていた。そしてユーフェミアのお願いという名の命令によってアッシュフォード学園に編入してきたが、彼は何も理解していなかった。当時のルルーシュが告げた「アッシュフォードに匿われている」という言葉を理解せず、ユーフェミアの騎士となった後も学園に、ルルーシュの傍に居続けようとした。それが何を意味するか、どんな事態を招くかを考えようともせずに。
 そんなスザクに、ルルーシュはすでに何の情も感じてはいない。邪魔な存在は切り捨てるだけだ。
「全ては猊下のご意向のままに。我らは黙って従うだけです」
 ロイドのその言葉に、ルルーシュは満足したように頷いた。

── The End




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