帰還不能点




「帰還不能点(point of no return)」という言葉がある。「引き返し限界点」とも言う。そこを踏み越えると戻れなくなり、取り返しのつかない結果に陥るという一線のことだ。
 意味は多少異なるが、ルルーシュにとって、帰還不能点と言えるような場面は幾つもあった。だが、その決定打、最終的なものは、神根島にて、両親が果たそうとしていたラグナレクの接続を阻止し、二人を消した後、その場にいたスザクが放った一言、「ユフィの仇だ」だったと言っていいだろう。
 最初は、父であるブリタニア皇帝シャルルからの、「生きていない、死んでいる」との生の否定だった。それが根本にあったのは間違いのない事実だ。そしてブラック・リベリオンの時、神根島でルルーシュはスザクに撃たれた。しかも、かつてのシャルルのように「おまえの存在が間違っていた、存在していてはいけない、世界のノイズだ」と、生きていることそのもの全てを否定され、挙句、スザクは自分の出世と引き換えに、ルルーシュが憎んでやまないシャルルに売り渡された。ルルーシュが母国であるブリタニアを、如何に憎んでいるか、理由も含めてそのほとんどを知っていながら。そう、スザクは、日本がブリタニアに敗戦した後、ルルーシュの「ブリタニアをぶっ壊す」との誓いとも言える言葉も聞いていたのにもかかわらず。
 異母兄(あに)クロヴィスも、異母妹(いもうと)ユーフェミアも、決して殺したくて殺したわけではない。
 クロヴィスは、その行いが許すことができなかった。そしてまた、自分の行動を決断するため、後戻りできないようにするため、一種の決意のためと言えただろう。
 ユーフェミアは、ギアスの暴走により引き起こされた、彼女による日本人虐殺を止めるため。一度かかってしまったギアスを解くことはできない。現在はギアス・キャンセラーの力を持ったジェレミアがいるが、当時はそれはなく、ユーフェミアの行動を止めるためには他に方法がなかった。とはいえ、ルルーシュがユーフェミアを撃ったのは腹部に一発。本当の意味で彼女に止めをさしたのは、他ならぬスザクがその後に取った、考えなしの行動にこそあったのだが、いまさらそれを言ったところでどうにもならないだろうと、すでにルルーシュは諦観している。もともとルルーシュの矜持と言ってもいいだろうか、言い訳をしないという性格も多分に影響していただろうが。
 第一、ルルーシュがゼロとなったきっかけである、優しい世界を望んだ、その願いを叶えてやりたいと思ったナナリーはすでにフレイヤの光の中にその短い人生を消した。もはや優しい世界を残してやる相手はいない。そしてまた、偽りの弟だったロロは、ルルーシュを裏切った黒の騎士団から彼を救い出すために、自分の心臓を止める絶対静止のギアスを酷使し、その短い命を散らせた。
 ルルーシュを一心に想ってくれていたシャーリーももういない。
 そう、もう誰もいない、何も残ってはいないのだ。
 スザクもすでに親友と呼べる存在ではない。スザクは彼を見出し、学園に通わせ、更には己の騎士としたユーフェミアだけが、自分を認めてくれた存在であり、それはつまり、彼の中には、ルルーシュがゼロと分かる前から、すでにルルーシュは存在していなかったのだ。少なくとも内面的には。だからルルーシュがスザクのためにアッシュフォード学園内で、彼が少しでも過ごしやすいようにと心砕いたことなど、彼は何一つ理解していない。しかも己の出世を、そのようなことが叶うはずもないのに、それを理解することもなく、ルルーシュをシャルルに売り渡した。そんな存在を、どうしてルルーシュだけが何時までも親友だ、などと思い続けていられるだろうか。
 それらの積重ねの結果、スザクの放った「ユフィの仇だ」の一言が決定打となった。
 ただ、それでも一つだけ心残りはある。それは行方不明のシュナイゼルが持ち出した大量破壊兵器フレイヤの存在だ。あれは決して存在してはならないもの。あれだけななんとしても処理しなければならない。
 だからルルーシュはスザクと契約を交わしたのだ、己の命と引き換えに。フレイヤを処分することが叶ったら、スザクに自分の命をくれてやること、つまり仇を討たせてやるかわりに。
 ルルーシュは、自分がスザクが言うように世界のノイズだというのなら、生きている意味はないと思った。守るべき者も誰も存在しないのだから。スザクに否定されるまでもなく、ラグナレクの接続を阻止し、シャルルを消し去った今、すでに自分が生きている意味はない、そう思ってしまっていた。
 ナナリーを守るために必死にあがいて生きてきたが、もうその意味はない。ならば、せいぜいこの命を有効活用しようではないか。そう思って、ルルーシュはフレイヤを処理するためのシュナイゼルとの対決から始まって己の死に至るゼロレクイエムを考えた。契約を果たしてやれないことをC.C.に申し訳ないと思いながら。
 スザクから放たれた一言をきっかけにゼロレクイエムを考え、そして彼と契約を結んだ時から、ルルーシュはもはや引き返すことはできなくなった。生きている意味がない以上、引き返すつもりもなかったが。
 だから、スザクの一言が自分にとって本当の“帰還不能点”と言っていいのだろうな、とルルーシュは思った。

── The End




【INDEX】