決 意




 ある日、ブリタニア皇室に1本の凶報が入った。
 エリア11に総督として着任していた第3皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアが何者かによって殺されたというのだ。
 皇室内では、皇帝シャルル自らが子供たちが相争うことを良しとし、皇位継承争いなどによる追い落としなどが日常茶飯事化している面があったが、それでも、本国を離れて、皇位継承争いとは関係のないところで皇族が殺されるということは滅多にない。これまでの例では、七年前の、今はエリア11となっている日本侵攻の折りに、かの地にいた二人の幼い兄妹が殺されたくらいだ。それゆえに皇室を襲ったショックは大きかった。
 しかしそれと同時に、これで上位の皇位継承権者が一人減ったと、内心で喜んでいる者も存在したのは事実である。
 ラ家のガブリエッラ皇妃は、たった一人の息子を失い、それも殺されたという事態に半狂乱だった。
 ガブリエッラ皇妃は日々一日中、殺されてしまった息子を思って泣き暮らし、そんなラ家に対して、第3皇子という立場にあったクロヴィスを持つラ家の後見をしていた貴族たちは、クロヴィスが死んだことで、一家、また一家とラ家から身を離し、新たな後見先を探して散っていく。
 皇室の中で、ラ家の存在はだんだんと希薄になっていった。後見すべき皇子のいないラ家が貴族たちから見切りをつけられるのは致し方のないことだったのかもしれない。そしてそれはラ家だけではなく、その親族に対しても言えることだった。担ぐべき神輿たるクロヴィスを失ったことで、皇室内における影響力が低下したのであるから当然のことだろう。
 そんなふうにラ家から貴族たちが離れていく中、ガブリエッラ皇妃と比較的交流のあったレ家の皇妃ルクレツィアは、足しげくラ家に通い、ガブリエッラ皇妃を慰めた。
 互いに牽制しあい、対立することの多い皇妃同士にしては珍しいことである。それは、元々互いに皇妃として宮殿に上がる前から二人の間に交流があったことに起因している。つまり、互いに皇妃としてシャルルによって召し上げられる以前に、二人は友人同士だったのである。
 一人息子を失った友人に、ルクレツィアは手を差し伸べた。
 息子の死に憔悴しきっていたガブリエッラ皇妃も、日々なにくれとなく自分の元を訪れ声をかけてくれる友人のルクレツィアの存在に、少しずつ慰められていったのか、ラ家の没落を防ぐことはできなかったが、彼女自身の心は本当に僅かずつではあったが確かに浮上しつつあった。
 そんな母皇妃とラ家の様子を観て、レ家の一人娘であるカリーヌは思う。
 生き馬の目を抜くこの皇室で、自分の身に何かあるということ、例えば今回のクロヴィスのように殺されたりするようなことがあれば、いや、そこまでのことがなくても、自分に何か一つでも落ち度があれば、レ家もまた、今回のラ家のように追い落とされていくのだろうと。
 レ家の一人娘である自分の存在に、レ家とその親族の運命がかかっているのだと、カリーヌは改めて思い知らされた気がした。
 それはかつてのヴィ家の幼い兄妹を思い出しても言えることだ。ヴィ家の兄妹が皇室を放逐されて日本に、現在のエリア11に送られ、その存在を見捨てられて死んでいったのは、カリーヌがまだ幼い頃のことであまりよく覚えてはいないが、それでも何かの折に話題になることがあって、それなりにその時の状況は把握しているつもりだ。
 皇帝シャルルの寵愛篤かった母皇妃を亡くした途端に、弱者となって放逐されたまだ幼かった兄妹。つまりは年齢など関係ないということだ。
 自分を守ってくれる者がいなくなれば、そしてまた、自分が一人立ちした時に母を、周囲にいる親族や貴族たちを守るだけの気概、それだけの実力がなければ、自分もまた、そして自分だけではなく、レ家も、その親族もかつてのヴィ家や今回のラ家のように没落し、後見の貴族たちから見放されるだけなのだ。
 そんなことのないように、未だ公務に就くような年齢ではないが、公務に就くようになったなら、決して人に侮られるようなことがあってはならないという思いを強くする。
 そんなことを考えていてふとカリーヌの脳裏を(よぎ)ったのは、リ家の次女であるユーフェミアのことだった。
 リ家の姉妹は今回のクロヴィスの死を受けて、エリア11の総督と副総督としてかの地に向かった。
 リ家とはたいして交流があったわけではないが、あの異母姉(あね)は、実姉のコーネリアからの溺愛で守られて、この皇室の闇の事など何一つ知らぬ気に、カリーヌからすればあまりに無邪気に育っていたと思う。
 そんなユーフェミアが、果たしてエリア11の副総督など満足に務めることができるのだろうかと疑問に思った。そこは姉のコーネリアが守るのだろうが、それで果たして真に皇族に相応しいと言えるのだろうか。
 皇族たる者、その躰は騎士に守られるが、その身で背負うもの、守るべきものもまたあるのだ。あのユーフェミアにはその覚悟があるのだろうか。その上での副総督就任なのだろうか。それとも単に、コーネリアがユーフェミアを一人この皇室に残していくのを不安に思って連れていったのではないか。そこには自分が平定したエリアをユーフェミアに任せ、彼女の立場を確固としたものとしたいという思いもあったのかもしれないが、果たしてあのユーフェミアにそれだけの気概があるのだろうかと、カリーヌは甚だ疑問に思う。もともと副総督などという地位は存在していなかった。それをコーネリアが無理を通したのだ。あながちうがち過ぎの考えとも思えない。
 そんなユーフェミアと比較して自分はどうだろうかと考える。そして少なくとも、カリーヌはコーネリアに守られているユーフェミアよりはこのブリタニア皇室の闇を知っていると思うし、彼女がリ家を思うよりも、自分がレ家を守らねばならないという気概も大きいと信じている。
 異母兄姉には優秀な存在が多い。そんな中で、カリーヌにエリアの総督などという地位が回ってくるか大いに疑問だ。それほどまでの大役が回ってくる可能性は今のところ低いのではないかと思う。
 しかしたとえそれがどのような役目であろうと、それを恙なく勤めあげ、認められ、さらに上の公務に就くことが、レ家の、母皇妃のためであり、ひいてはレ家の親族のためであり、それがあればこそ、レ家を後見してくれる貴族たちも変わらずにいてくれるのだろう。
 レ家には男子はいない、娘の自分一人だけなのだ。何よりも自分がしっかりしなければならないとの思いを強くするカリーヌだった。

── The End




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