決 起




 トウキョウ租界にあるアッシュフォード学園において、ラウンズとなった枢木スザクの復学記念祝賀会が開かれていた。その途中、会を抜け出したスザクはルルーシュを伴って会場の屋上にいた。
「僕はナイト・オブ・ワンになって日本を取り戻す」
 スザクはルルーシュに向かってそう告げた。それがどういう意味を持っているのかを理解せぬままに。
 そしてその屋上の片隅で、スザクの発言を聞いている一人の女がいた。彼女は雑務のためにアッシュフォード学園に勤めている名誉ブリタニア人の一人だった。
 その女は好んで名誉になったわけではなかった。ゲットーで暮らす家族のため、少しでも収入の良い仕事を見つけるために、あえて苦汁を飲んで名誉となったのだ。彼女はスザクの言葉に気をとられて、その後の二人の遣り取りは耳に入っていなかった。ただ、何を言っているのだ、あの男は。自分たちの希望を奪った存在でありながら、しかもワンとなってということは、あくまでもブリタニアの統治下であって、日本が返ってくるわけではないではないかと思い、スザクに対して憎しみと怒りを募らせた。



 女は休日を利用してゲットーに住む家族の元を訪れると、学園で耳にした枢木スザクの言葉を怒りの心境のままに告げた。
 その言葉はたまたまその女の家に他の人間がいたこともあって、瞬く間にゲットー内に広まっていった。
 ゲットー内に住むイレブン── 日本人── の心の中は一様に怒り心頭だった。
 一年前のブラック・リベリオンにおいて、日本独立の希望の存在であったゼロをブリタニアに売って出世した男。そしてその前から、仮にも日本最後の首相の息子でありながらさっさと名誉となり軍人となり、果ては唯一の第7世代KMFのデヴァイサーとなって黒の騎士団と戦い、更には副総督だった第3皇女の選任騎士となり、多くの日本人を殺し続けてきた男。
 枢木スザクさえいなければ、ブラック・リベリオンは成功していたかもしれない、今頃日本は独立を勝ち得ていたかもしれない。
 しかしその男によって希望は失われ、残された日本人に待っていたのは、それまで以上に過酷な日々だった。男も女もブリタニア人から家畜のように扱われ、特に若い女は商品のように弄ばれた。それらを齎した男が何を言っているのだ。
 ましてやラウンズという地位は永劫のものではないし、ラウンズということはあくまでブリタニア人ということ、つまり日本が本当に返ってくることなど意味していない。そんな簡単なことすらあの若造は気付いていないのか。
 自分の出世だけを望み、自分の方法だけが正しいと信じ込む身勝手な男。しかもブラック・リベリオンの後の一年ほどの間、EU戦線において“白の死神”と異名を取るほどに多くの人の命を奪って来た男が。
 ゲットー内に枢木スザクに対する不満と怒りが充満していく。そのことに、当のスザクはこれっぽっちも気付いていなかった。



 そうして溜まりに溜まった不満と怒りは、ついに火の手を上げた。しかしそれはテロという行為ではなく、ゲットー内の住民が挙って集まっての抗議デモだった。
「枢木をこのエリアから追い出せ!」
「ワンになって日本を取り戻すなんて自分勝手なことを言わせるな!」
「身勝手な枢木を許すな! 枢木はブリタニアにとっても獅子身中の虫だ!」
「ここは日本だ! ワンの治めるブリタニアなんて認めない!」
「枢木をラウンズから引き摺り落とせ!」
 人々の口から次々と発せられるスザクに対する怒りの言葉。
 これがテロ行為であったなら、ブリタニアは武力をもって封じるのに何の躊躇いも持たなかっただろう。しかし今行われているのはテロではなく、あくまでもデモだ。しかもその対象相手はラウンズという皇帝直属の騎士、臣下としては最高の地位にあるとはいえ、名誉ブリタニア人にすぎない枢木スザク個人に対してのもの。
 ブリタニア軍人の中にも、ゲットーの住民の意見に同意する者が多くいた。
 ナンバーズ上がりの名誉、しかも主であったユーフェミア皇女が死ぬとゼロ捕縛と引き換えにラウンズの地位を得て皇帝の騎士となった尻軽の騎士。ブリタニアの、皇族の騎士たるものを何一つ理解していない、自分の出世を、栄達だけを望んでいる男。そんな男が現在のセブンで満足せず、ワンとなることを望んでいるなど、どうして許せるだろうか。
 スザクに対する抗議の声はゲットーの住民だけではなく、ブリタニア軍内部からも上がり始めた。
「枢木を許すな!」
「所詮名誉の分際でワンの地位を望む出世欲の塊を認めるな!」
「本当の騎士の意味を理解していない枢木に騎士たる資格はない!」
 ゲットーの住民だけではなく、軍からもまるで同調するかのように上がり始めた声に、総督であるナナリーは戸惑った。
 ナナリーの監督官を務めるローマイヤは、ラウンズとはいえ所詮ナンバーズ上がりの名誉に過ぎない、ブリタニアの騎士の精神を理解していない男と、スザクに対しては当初から軽蔑の意識が強かった。ゆえに総督に上申する。
「ナナリー総督。このままでは民も軍もおさまりません。枢木スザクを総督補佐から解任し、このエリアに置かずに本国に戻すべきです。このこと、皇帝陛下はもちろん、宰相閣下にもご報告申し上げ、思い上がった枢木の処罰をしていただくべきです」
「何を言っているのです。スザクさんのどこが思い上がっていると……」
「思い上がっているではないですか。ワンになって所領としてこのエリアを得るなどと言っているのですよ。それのどこが思い上がりでないというのです」
「それは……」
 ローマイヤの言葉に、ナナリーは返す言葉を見つけられなかった。
 ワンになりたい、だったなら、希望として、目標として持っているのだと解釈してやることもできただろう。だがスザクは、なりたい、ではなく、なる、と、そして所領としてこのエリア11を得ると明言したというのだ。客観的に見ればローマイヤの言っているように思い上がっているとしか受け取れない。
「本国にはありのままを報告致します。よろしいですね、ナナリー総督」
「……」
 ナナリーの答えを持たず、ローマイヤはそれを諾と判断して通信室に赴いた。
 一方、スザクはゲットーの住民に何故自分の考えが漏れたのかを不思議に思いながらも、同時にまた、何故理解してくれないのかとの思いを強くした。
 自分がワンとなってこのエリアを得ることが、一番確実な、正しい方法なのにと、あくまで自分の考えだけが正しいとそれに固執する。それがスザクだけの、他を顧みない独善的な、身勝手な思いよがりに過ぎないとは思いもしない。
 デモ鎮圧に向かわせた軍までもがイレブンのデモに同調している実態に、スザクは己のどこが間違っているというのかと、純粋なブリタニア人が自分に対して抱く思いに気付かない。



 一向に治まらないデモ開始から数日後、本国の宰相である第2皇子シュナイゼルから1本の通信が入った。
 それは、皇帝の名代として、皇帝の名の下に、スザクの総督補佐解任、並びにラウンズからの解任をも告げるものだった。

── The End




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